12 / 48
12.晴れわたる心
しおりを挟むロレンシオは苦笑いを浮かべる。
私はそのままそばにあった紅茶を口に含ませた。
耳を澄ませると遠くからは街の賑わう喧騒が聞こえてくる。
私はゆっくりと流れるこの時間を感じていた。ロレンシオもぼんやりと青く澄み渡った空を眺めていた。落ち着いた時間だった。
けれど突如、その時間を遮る声が耳に届く。
「あれっ、ロレンシオじゃないか! こんなところで何してるんだ?」
男の声でロレンシオの名前を呼ぶ声に、私はその声の主へと視線を向けた。
見たことのある茶髪のイケメン──ヨーゼフと呼ばれていた第三部隊の人間だった。
「……ヨーゼフ。お前こそなんでこんなところに」
「ああ、俺はここの菓子が好物なんだよ。結構いま王都でも流行ってんだぜ? ……てかお前こそ、甘いもの好きじゃなかったんじゃないか?」
「…………たまに食いたくなるときもあるんだ」
目線を逸らし、ロレンシオは小声で呟いた。
明らかに不自然な様子でも、ヨーゼフは気にした素振りもなく「そういうときもあるよな!」と力強く頷く。
どうやらこのヨーゼフという人間は細かいことをあまり気にしないたちらしいと思った。
「それよりもせっかくの休みにお一人様か? 女の一人や二人くらい捕まえて遊べばいいのに、その顔がもったいないぜ」
「余計なお世話だ。お前みたいに取っ替え引っ替えするなんて俺には無理だ」
「ま、確かにロレンシオには無理だな。お前の潔癖さは王都一だ!」
ヨーゼフは豪快に笑い、ばしばしとロレンシオの肩を叩く。
叩かれた側のロレンシオは眉を顰めながらも呆れたような面持ちで彼を見ていた。
「んじゃ、俺は帰るぜ。自宅にマイハニーが待ってるからな! また明日!」
ヨーゼフは後ろ姿で手を振り、嵐のようにやってきて去っていった。
「仲、いいんですね」
私は机に両肘をつき、フェイスラインを手のひらに乗せて顔を綻ばせた。
「ふんっ、別に仲がいいんじゃない。ただの腐れ縁だ」
「付き合い長そうですよね。お互い信頼している感じが伝わってきました。ロレンシオ様にもそういう相手がいるなんて……私、安心しました。友達出来なさそうな性格ですし」
「どういう意味だ!」
眉間の皺を深くし、私を睨みつけるロレンシオはやっぱり面白いしからかいがいがある。あって数日の年上の男性であるはずなのに、自然と気持ちが緩んでいくのは不思議なことだった。
「そういえば、ロレンシオ様って潔癖症なんですか? さっきヨーゼフ様がおっしゃってましたけど……」
「まあな。知らない女にべたべたと触れられると吐き気を催すんだ。特にキツい香水の匂いは好かん」
「へえ。でも、私、はじめて話したその日にロレンシオ様にえっちなイタズラしちゃいましたけど、それ大丈夫でしたか?」
浮かんだ疑問を真顔でぶつける私に対し、ロレンシオは飲んでいた水を吹き出しかけた。
気管に入ったのか、ごほごほと咳き込んでいる。
「お、お前……よく真顔でそんなこと言えるな」
「だってやっちゃったことは仕方ないですし。それにあれって無理矢理襲ったことにもなるじゃないですか……吐き気を催すほど嫌だったんなら申し訳なくて」
あの時は今までにない特殊な状況下のせいで私もどこかおかしくなっていた。
まるでお酒に酔っぱらったように、ロレンシオの裸体に酔ってしまったというのが正しい気がする。
ロレンシオは目線を逸らし、頭を掻く。
碧色の瞳を逸らしながら、ぽつりと呟いた。
「……別に嫌じゃなかった」
「……へ?」
「嫌じゃなかった。ただ気分が乗ってたから平気だっただけだ。それにお前は生身の人間じゃないし、普通の女に比べればマシだった。ただそれだけだ」
ロレンシオはなんでもないように言葉を紡ぐ。だが、よく観察してみれば金の髪の隙間から見える耳が紅潮しているのがわかった。
彼は照れているのだ。
私は思わず吹き出す。
おかしかった。
王都一とも言われる美貌の持ち主であるロレンシオが私のような元田舎令嬢の幽霊に振り回されているなんて。
同時に嬉しかった。
潔癖症なロレンシオが私のことをある意味特別だと思っていることが伝わってきて。
「何笑ってるんだ」
「いいえ、笑ってないですよ」
そう言いながらも自然と浮かんでしまう笑顔を両手で隠しながら、私の心はどこか舞い上がるような気持ちを覚えていた。
「はぁ、もういい。食べ終わったんなら次行くぞ!」
「はあい」
席から立ち上がったロレンシオの後ろ姿を追う。
雲ひとつない青空のように私の心は晴れ渡っていた。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
風のまにまに ~小国の姫は専属近衛にお熱です~
にわ冬莉
恋愛
デュラは小国フラテスで、10歳の姫、グランティーヌの専属近衛をしていた。
ある日、グランティーヌの我儘に付き合わされ、家出の片棒を担ぐことになる。
しかしそれはただの家出ではなく、勝手に隣国の問題児との婚約を決めた国王との親子喧嘩によるものだった。
駆け落ちだと張り切るグランティーヌだったが、馬車を走らせた先は隣国カナチス。
最近悪い噂が後を絶たないカナチスの双子こそ、グランティーヌの婚約者候補なのである。
せっかくここまで来たのなら、直接婚約破棄を突き付けに行こうと言い出す。
小国の我儘で奔放な姫に告白されたデュラは、これから先を思い、深い溜息をつくのであった。
妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
双子として生まれたエレナとエレン。
かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。
だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。
エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。
両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。
そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。
療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。
エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。
だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。
自分がニセモノだと知っている。
だから、この1年限りの恋をしよう。
そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。
※※※※※※※※※※※※※
異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。
現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦)
ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない
かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」
婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。
もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。
ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。
想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。
記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…?
不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。
12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる