【完結】好きな人に会いたくて幽霊になった令嬢ですが恋を叶えてもいいですか?

雪井しい

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12.晴れわたる心

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 ロレンシオは苦笑いを浮かべる。
 私はそのままそばにあった紅茶を口に含ませた。
 
 耳を澄ませると遠くからは街の賑わう喧騒が聞こえてくる。
 私はゆっくりと流れるこの時間を感じていた。ロレンシオもぼんやりと青く澄み渡った空を眺めていた。落ち着いた時間だった。

 けれど突如、その時間を遮る声が耳に届く。
 

「あれっ、ロレンシオじゃないか! こんなところで何してるんだ?」

 男の声でロレンシオの名前を呼ぶ声に、私はその声の主へと視線を向けた。
 見たことのある茶髪のイケメン──ヨーゼフと呼ばれていた第三部隊の人間だった。

「……ヨーゼフ。お前こそなんでこんなところに」

「ああ、俺はここの菓子が好物なんだよ。結構いま王都でも流行ってんだぜ? ……てかお前こそ、甘いもの好きじゃなかったんじゃないか?」

「…………たまに食いたくなるときもあるんだ」

 目線を逸らし、ロレンシオは小声で呟いた。
 明らかに不自然な様子でも、ヨーゼフは気にした素振りもなく「そういうときもあるよな!」と力強く頷く。
 どうやらこのヨーゼフという人間は細かいことをあまり気にしないたちらしいと思った。

「それよりもせっかくの休みにお一人様か? 女の一人や二人くらい捕まえて遊べばいいのに、その顔がもったいないぜ」

「余計なお世話だ。お前みたいに取っ替え引っ替えするなんて俺には無理だ」

「ま、確かにロレンシオには無理だな。お前の潔癖さは王都一だ!」

 ヨーゼフは豪快に笑い、ばしばしとロレンシオの肩を叩く。
 叩かれた側のロレンシオは眉を顰めながらも呆れたような面持ちで彼を見ていた。

「んじゃ、俺は帰るぜ。自宅にマイハニーが待ってるからな! また明日!」

 ヨーゼフは後ろ姿で手を振り、嵐のようにやってきて去っていった。

「仲、いいんですね」

 私は机に両肘をつき、フェイスラインを手のひらに乗せて顔を綻ばせた。

「ふんっ、別に仲がいいんじゃない。ただの腐れ縁だ」

「付き合い長そうですよね。お互い信頼している感じが伝わってきました。ロレンシオ様にもそういう相手がいるなんて……私、安心しました。友達出来なさそうな性格ですし」

「どういう意味だ!」

 眉間の皺を深くし、私を睨みつけるロレンシオはやっぱり面白いしからかいがいがある。あって数日の年上の男性であるはずなのに、自然と気持ちが緩んでいくのは不思議なことだった。

「そういえば、ロレンシオ様って潔癖症なんですか? さっきヨーゼフ様がおっしゃってましたけど……」

「まあな。知らない女にべたべたと触れられると吐き気を催すんだ。特にキツい香水の匂いは好かん」

「へえ。でも、私、はじめて話したその日にロレンシオ様にえっちなイタズラしちゃいましたけど、それ大丈夫でしたか?」

 浮かんだ疑問を真顔でぶつける私に対し、ロレンシオは飲んでいた水を吹き出しかけた。
 気管に入ったのか、ごほごほと咳き込んでいる。

「お、お前……よく真顔でそんなこと言えるな」

「だってやっちゃったことは仕方ないですし。それにあれって無理矢理襲ったことにもなるじゃないですか……吐き気を催すほど嫌だったんなら申し訳なくて」

 あの時は今までにない特殊な状況下のせいで私もどこかおかしくなっていた。
 まるでお酒に酔っぱらったように、ロレンシオの裸体に酔ってしまったというのが正しい気がする。

 ロレンシオは目線を逸らし、頭を掻く。
 碧色の瞳を逸らしながら、ぽつりと呟いた。

「……別に嫌じゃなかった」

「……へ?」

「嫌じゃなかった。ただ気分が乗ってたから平気だっただけだ。それにお前は生身の人間じゃないし、普通の女に比べればマシだった。ただそれだけだ」 

 ロレンシオはなんでもないように言葉を紡ぐ。だが、よく観察してみれば金の髪の隙間から見える耳が紅潮しているのがわかった。

 彼は照れているのだ。

 私は思わず吹き出す。

 おかしかった。
 王都一とも言われる美貌の持ち主であるロレンシオが私のような元田舎令嬢の幽霊に振り回されているなんて。

 同時に嬉しかった。
 潔癖症なロレンシオが私のことをある意味特別だと思っていることが伝わってきて。

「何笑ってるんだ」

「いいえ、笑ってないですよ」

 そう言いながらも自然と浮かんでしまう笑顔を両手で隠しながら、私の心はどこか舞い上がるような気持ちを覚えていた。

「はぁ、もういい。食べ終わったんなら次行くぞ!」

「はあい」

 席から立ち上がったロレンシオの後ろ姿を追う。
 雲ひとつない青空のように私の心は晴れ渡っていた。
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