9 / 48
9.ノンナの推理
しおりを挟むそれからというものの、私はロレンシオの元に身を寄せることとなった。
「そういえばお前、いつもどこで寝ているんだ? いや、幽霊に睡眠が必要かどうかなんて知らないが……」
「この身体でも一応眠くなるみたいです! えーっとここにきてからは芝生の上とか、あとは馬小屋とかで寝てます!」
「……いったいどういう神経してるんだ………」
という会話があり、ロレンシオもさすがに私が不憫だと思ったのか自宅の一室を貸してくれたのだ。
実はロレンシオは城下町の貴族街というところに自分の屋敷を所持しており、現在はそこで暮らしている。
貴族街というのは名前通り貴族ばかりが住む住宅街で、遠くから王都へ来たときのための屋敷として持つものも多いという。
もちろん本宅に比べればかなり小さめな屋敷ではあるが、それでも庶民に比べれば大層な広さだ。
ベルティーニ男爵家の本宅と同じくらいの大きさである。
「まあ騎士団の隊長クラスなら皆所持している」
「さすがですね……たくさんお給料いただいてることがよくわかります」
屋敷には管理をする執事と、メイドが3人ほどいた。
それぞれメイドたちは料理担当、掃除担当、洗濯担当と決められており、細かいことは分担して行っているらしい。
私は幽霊で使用人たちから見えないため、ロレンシオ直々にゲストルームへ連れられてきた。
掃除もきちんとされており、ここならば気持ちよく過ごせそうだと思い、顔を綻ばせた。
ここへ来る途中、執事がなぜわざわざ一人でゲストルームになんか行くのかと疑問を浮かべた顔をしていたが、「ついてくるな」という厳命に忠実に従っているところを見るといい使用人なのだろう。
「それじゃあ今日からここを使え。間違っても俺の部屋に来るんじゃないぞ?」
「はい、分かりました。寝顔を見に行くことはしません!……たぶん」
「小さいけど多分って聞こえたぞ! ハァ……もう知らん。俺は風呂に入ってさっさと寝る」
そう言ってロレンシオはゲストルームを出ようと身を翻す。
だが、その前に私はロレンシオの服の裾を掴んだ。
「私もお風呂入りたいです!」
◆
ちゃぽちゃぽと水音がする。
その中で響く声がひとつ。
「どうしてこうなった……」
ここはバスルーム。
大きなバスタブが一つに入浴するのは男と女。
ただひとつ違和感を覚えるのは女が衣服を着用したまま湯船に浸かっている点だ。
「だってずっとお風呂入れなかったんですよ。年頃の娘なのに!」
「いや、幽霊には風呂は必要ないだろ……」
「たしかに汚れませんし臭くないですけど、気持ち的な問題です。ロレンシオ様は乙女心を分かってませんね」
そう言って私は肩すくめたあと、頭まで湯船に浸かる。そして勢いよく頭を出した。
「うーん、水は揺れませんね。でもお湯に浸かってる感覚はあります。でもお洋服着たままなので違和感が……」
「仕方ないだろ。裸の女と一緒に入浴するなんて破廉恥だ。……お前が俺の風呂に押しかけてきたせいでこうなったのだから少しくらい我慢しろ」
「はい……」
先程ロレンシオに入浴したい意思を伝えた私だったが、すげなく却下。
むくれた私は入浴中だったロレンシオのところへ押しかけたというわけだ。
着ているワンピースは着脱可能だったので、当初裸で入ろうとしたのだが──。
「お、お、お、お、おいっ! な、何で格好だ! は、早く服を着ろっ!」
と、顔を真っ赤にして怒られてしまったために渋々衣服を見に纏った。
それでも入浴自体を諦めきれなかった私は無理矢理湯船に浸かり、混浴となった次第だ。
すでに身体を洗い終えていたロレンシオだったが、その裸体はまるで彫刻のように美しかった。
きめ細やかな肌ではあるが、所々に剣でできた傷があるのが騎士らしく、正直に言うと心臓が跳ね上がっていた。
なにせ私は処女のまま死んだくらいだ。男性の裸体に対する耐性など持ち合わせていない。
ノリの気分で風呂場へと押しかけてしまったが、照れがないといえば嘘になった。
「あ、あのロレンシオ様、そこの肩の傷大きいですね。一体どうやってついたものなんですか?」
「ああこれか。この傷は騎士団に入団したての頃、森で人を襲っていた狼の軍勢を相手にした時についたんだ。当時はまだ剣の腕も未熟で、油断してたのもある」
おそらくロレンシオは20代半ばくらいの年齢だろう。それなのにすでに騎士団の隊長グラスにまで上り詰めているということは、相当腕が立つか頭がいいかの突出したものがあるに違いない。
そんな彼でも入団したての頃は油断するのかと少し親近感を抱いた。
それにしても。
「お、お前そろそろ出たほうがいいんじゃないか?」
どこかロレンシオはおかしい気がする。湯船に浸かったままずっと動こうとしないし、先ほどから一切視線が合わない。
「ロレンシオ様こそ、そろそろ出ないとのぼせちゃいますよ?」
「お、俺はまだ大丈夫だ……長風呂は好きだからな」
そう言い張るロレンシオ様の頬は上気しており、言葉もどこか嘘くさい。
私はロレンシオを観察する。
私が裸で入ってきたあとから腰に布を巻きつけたロレンシオ。
視線が全く合わないこの状況。
「……これはこれは。ロレンシオ様、もしかして…………勃ってます?」
この名探偵ノンナにかかれば推理はお手の物なのだ。
くっ、と息を飲んだロレンシオの様子を見てこれは当たりだと勘が告げる。
ふと、私の中に悪戯心が湧き上がったきた。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない
かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」
婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。
もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。
ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。
想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。
記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…?
不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。
12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる