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9.ノンナの推理
しおりを挟むそれからというものの、私はロレンシオの元に身を寄せることとなった。
「そういえばお前、いつもどこで寝ているんだ? いや、幽霊に睡眠が必要かどうかなんて知らないが……」
「この身体でも一応眠くなるみたいです! えーっとここにきてからは芝生の上とか、あとは馬小屋とかで寝てます!」
「……いったいどういう神経してるんだ………」
という会話があり、ロレンシオもさすがに私が不憫だと思ったのか自宅の一室を貸してくれたのだ。
実はロレンシオは城下町の貴族街というところに自分の屋敷を所持しており、現在はそこで暮らしている。
貴族街というのは名前通り貴族ばかりが住む住宅街で、遠くから王都へ来たときのための屋敷として持つものも多いという。
もちろん本宅に比べればかなり小さめな屋敷ではあるが、それでも庶民に比べれば大層な広さだ。
ベルティーニ男爵家の本宅と同じくらいの大きさである。
「まあ騎士団の隊長クラスなら皆所持している」
「さすがですね……たくさんお給料いただいてることがよくわかります」
屋敷には管理をする執事と、メイドが3人ほどいた。
それぞれメイドたちは料理担当、掃除担当、洗濯担当と決められており、細かいことは分担して行っているらしい。
私は幽霊で使用人たちから見えないため、ロレンシオ直々にゲストルームへ連れられてきた。
掃除もきちんとされており、ここならば気持ちよく過ごせそうだと思い、顔を綻ばせた。
ここへ来る途中、執事がなぜわざわざ一人でゲストルームになんか行くのかと疑問を浮かべた顔をしていたが、「ついてくるな」という厳命に忠実に従っているところを見るといい使用人なのだろう。
「それじゃあ今日からここを使え。間違っても俺の部屋に来るんじゃないぞ?」
「はい、分かりました。寝顔を見に行くことはしません!……たぶん」
「小さいけど多分って聞こえたぞ! ハァ……もう知らん。俺は風呂に入ってさっさと寝る」
そう言ってロレンシオはゲストルームを出ようと身を翻す。
だが、その前に私はロレンシオの服の裾を掴んだ。
「私もお風呂入りたいです!」
◆
ちゃぽちゃぽと水音がする。
その中で響く声がひとつ。
「どうしてこうなった……」
ここはバスルーム。
大きなバスタブが一つに入浴するのは男と女。
ただひとつ違和感を覚えるのは女が衣服を着用したまま湯船に浸かっている点だ。
「だってずっとお風呂入れなかったんですよ。年頃の娘なのに!」
「いや、幽霊には風呂は必要ないだろ……」
「たしかに汚れませんし臭くないですけど、気持ち的な問題です。ロレンシオ様は乙女心を分かってませんね」
そう言って私は肩すくめたあと、頭まで湯船に浸かる。そして勢いよく頭を出した。
「うーん、水は揺れませんね。でもお湯に浸かってる感覚はあります。でもお洋服着たままなので違和感が……」
「仕方ないだろ。裸の女と一緒に入浴するなんて破廉恥だ。……お前が俺の風呂に押しかけてきたせいでこうなったのだから少しくらい我慢しろ」
「はい……」
先程ロレンシオに入浴したい意思を伝えた私だったが、すげなく却下。
むくれた私は入浴中だったロレンシオのところへ押しかけたというわけだ。
着ているワンピースは着脱可能だったので、当初裸で入ろうとしたのだが──。
「お、お、お、お、おいっ! な、何で格好だ! は、早く服を着ろっ!」
と、顔を真っ赤にして怒られてしまったために渋々衣服を見に纏った。
それでも入浴自体を諦めきれなかった私は無理矢理湯船に浸かり、混浴となった次第だ。
すでに身体を洗い終えていたロレンシオだったが、その裸体はまるで彫刻のように美しかった。
きめ細やかな肌ではあるが、所々に剣でできた傷があるのが騎士らしく、正直に言うと心臓が跳ね上がっていた。
なにせ私は処女のまま死んだくらいだ。男性の裸体に対する耐性など持ち合わせていない。
ノリの気分で風呂場へと押しかけてしまったが、照れがないといえば嘘になった。
「あ、あのロレンシオ様、そこの肩の傷大きいですね。一体どうやってついたものなんですか?」
「ああこれか。この傷は騎士団に入団したての頃、森で人を襲っていた狼の軍勢を相手にした時についたんだ。当時はまだ剣の腕も未熟で、油断してたのもある」
おそらくロレンシオは20代半ばくらいの年齢だろう。それなのにすでに騎士団の隊長グラスにまで上り詰めているということは、相当腕が立つか頭がいいかの突出したものがあるに違いない。
そんな彼でも入団したての頃は油断するのかと少し親近感を抱いた。
それにしても。
「お、お前そろそろ出たほうがいいんじゃないか?」
どこかロレンシオはおかしい気がする。湯船に浸かったままずっと動こうとしないし、先ほどから一切視線が合わない。
「ロレンシオ様こそ、そろそろ出ないとのぼせちゃいますよ?」
「お、俺はまだ大丈夫だ……長風呂は好きだからな」
そう言い張るロレンシオ様の頬は上気しており、言葉もどこか嘘くさい。
私はロレンシオを観察する。
私が裸で入ってきたあとから腰に布を巻きつけたロレンシオ。
視線が全く合わないこの状況。
「……これはこれは。ロレンシオ様、もしかして…………勃ってます?」
この名探偵ノンナにかかれば推理はお手の物なのだ。
くっ、と息を飲んだロレンシオの様子を見てこれは当たりだと勘が告げる。
ふと、私の中に悪戯心が湧き上がったきた。
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