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7.初めての会話
しおりを挟む「わっ! しゃべった!」
「お前がうるさくするからだろう! はた迷惑な幽霊だ」
驚きの形相を隠そうともしない私にロレンシオは鋭い目線を送ってくる。
けれど、やっと誰かと会話することができた私にとってはそんなことどうでもいいほどだった。
「私のこと見えるんですね!」
「……あぁ。大変不本意だけどな」
「わーい! この数日間、ずっと寂しかったんです。話しかけても誰も返事してくれなくて、私のこと見える人にあったの初めてです」
幽霊になってからはとにかく話し相手がいないことが悩みの種だったのだ。
打てど響かない会話というものを今日までにいくと味わっただろう。会話といえるのか定かではないのだが。
「……で、お前は一体何者だ? どうして俺に付き纏う」
「ああ、そうですよね。自己紹介がまだでした!」
私は着ていたワンピースの裾を指先で掴み、令嬢としてのカーテシーを披露する。これでも末端ながら貴族の一員であるので、作法程度は幼少時から習っていたのだ。
「私はベルティーニ男爵領が長女、ノンナ・ベルティーニと申します。……ちなみに好きだな食べ物はお母様の手作りポトフ、嫌いな食べ物はシュガーレスのコーヒーです。よろしくお願いします!」
「食べ物の情報なんていらん。……ベルティーニ男爵家…………あぁ、国の末端に領地を持つ田舎貴族が。こんな年頃の娘がいるなんて聞いたことないぞ」
「そりゃあ王都に来たのも幽霊になって初めてなので社交会とか一度も参加したことないんです。遠いですし! ……それよりも、ベルティーニのことご存知なんですね。こんな末端貴族を覚えているなんて、驚きです」
私の父から王都に出てきてもベルティーニのことを覚えている貴族などほとんどいないとの話を聞いたことがある。
それほどまで正直貴族なのか怪しいほど影が薄い。暮らしも朝起きてから畑を耕したり、昼は森で狩りをしたりとほとんど農民と同じだ。
「一応全ての貴族は頭の中に入れてある。そうか……お前は一応貴族のご令嬢だったんだな。……全くもってそうは見えないが」
「えへへ、よく言われます」
顔に泥をつけて走り回る姿に何度言われたことだろうか。
私は口元を緩ませて栗色の髪の毛をかく。
「そこでなぜ照れる……まぁいい。それで俺に付き纏う理由は?」
「簡単なことです! 暇だったから!」
私は満面の笑みを浮かべて答えたのだが、逆に答えを聞いたロレンシオは表情を凍りつかせた。
「どうしたんですか、ロレンシオ様」
「暇だからと言ったか?」
私は目を瞬きながらこくりと縦に頷く。
それを見たロレンシオは突如眉を釣り上げ、怒気を含んだ顔で言う。
「なんてはた迷惑なやつだ! 理由が暇だったからとは……俺はお前と違って暇じゃないんだ。今後一切そのような理由で俺に近づくな!」
「えっ…………無理ですよ。だってロレンシオ様しか私のこと見える人いなくて寂しいですし、ようやく見つけた私のことが見える人なんです。ロレンシオ様が逃げたとしても、地底の果てまで追っかけますよ」
憤怒に身を焦がすロレンシオには申し訳ないが、暇すぎて暇すぎて私はここ数日死んでしまいそうだった。会話のキャッチボールが不可能なのはこんなにも退屈でおかしくなってしまいそうなことだとは思いもしなかった。
ごくごく真面目に答える私にロレンシオは一気に顔を青ざめさせる。
「や、やめてくれ……ストーカーされるのだけは勘弁だ……」
「……ようやく自分の不利を悟りましたね? ……私、幽霊ですからロレンシオ様はどうにも出来ないですよ。多分剣で刺されても死なないと思いますし、他の人には見えないので拘束して牢に閉じ込めることも出来ないですしね!」
私の言葉にさらに顔色をなくすロレンシオは、ぽつりと「俺の人権はどこへ」とつぶやく。その細い声に少しばかり同情を覚えた私はロレンシオの肩を優しく叩いた。
「大丈夫です。会話の相手をそこそこしてくれれば、過度に纏わりつくことはしません! あ、むしろ私、幽霊なので諜報活動とか出来ますし意外と役に立てることもあるかもしれないですよ」
「……くっ、わかった。会話の相手はする。ただし人目のないところでだ。壁に向かって独り言を言っていると勘違いされるのは勘弁願いたいからな」
美貌に悲痛を含ませるロレンシオは頭を抱えて渋々頷いた。
どうやら無理にでも納得させることができたようで、私としては満足いく結果に笑みを隠すことが出来ない。
対してロレンシオは沈痛な思いをあらわにしている。
「そういえばノンナ嬢だったか? お前、俺のこと知ってたんだな」
「はい、王宮メイドさんたちが噂してましたから。王国一の美男子だって! たしかに初めてロレンシオ様を見たときに彫刻が動いてるのかって思いましたもん」
「……はぁ、そりゃどうも」
容姿に関して褒められ慣れているのか、ロレンシオはどうでもよさそうに返事をする。
「逆に私も聞きたいんですけど、ロレンシオ様はそういうの……いわゆる幽霊とか見える体質なんですか? 私と初めて目があったとき、全然驚いてませんでしたし」
「ああ、小さい頃から見えている。王宮では結界が張ってあって悪霊は出入りできないようになっててほとんど見かけることはなかったんだがな」
「悪霊……そんなのいるんですね。そういえばここ数日で小さいおじさんや首の長い女性の幽霊? みたいなのを見かけましたよ。話しかけても反応しなかったのでがっかりしました」
「そりゃそうだろうな。普通、幽霊とは会話が成り立つものじゃないんだから」
ロレンシオの言葉に疑問を抱いた私は首を傾げながら尋ねた。
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