【完結】好きな人に会いたくて幽霊になった令嬢ですが恋を叶えてもいいですか?

雪井しい

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5.王国一の美男子

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 泣き疲れた私はそのまま倒れるようにして芝生の上で眠った。季節的にも暖かすぎず寒すぎない気温だったので、寝苦しくはなかった。

 周囲が明るくなりようやく目を覚ました私は自分が本当に幽霊になってしまったのだと自覚する。

「一晩中外で寝ても身体全然辛くないし、全くお腹も減らないし……不思議な身体だな……」

 吹き付ける風や芝生に座る感覚はあるはずなのにおかしな感じだった。
 
「よし! 一晩泣いて寝てスッキリしたことだし、今日からは王都ライフをエンジョイするぞ!」

 私は前向きになっていた。
 感情を発散したことで、今は開放的な気分になっている。

 そうとなれば今まで来たことのなかった未知の場所を色々巡ってみたいという気持ちが溢れた。

 このまま幽霊でいられる期間がどのくらいなのかはわからない。アーベンには会えて幽霊になる前に願ったことは叶ったのだが、いまだ成仏することもない。

「まぁいっか。よし、それじゃあまずは城下町に……っとその前に。もう一度だけアーベンの様子見にいかなきゃね。昨日の綺麗な女の人が彼女ならいいけど、もし遊ばれてるだけならどうにかしてあげたいし」

 アーベンは昨日花街で女性と会っていた。ということはその相手の女性は花街の女の可能性は高い。ただの遊びか、もしくは彼女というのなら百歩譲って譲歩できるが、遊ばれているだけなら我慢ならない。
 彼は昔から少し騙されやすいこともあるのだ。

「そうとなればアーベンのところに……って、アーベンはどこで暮らしてるんだろう?と、とりあえず昨日の騎士団の集まってた場所に行ってみよう」

 私はそのまま建物へと向かう。
 
 けれどまだ朝が早い。先ほど朝日が登ったばかりなのに、騎士団が施設に集まっているとは思えない。 
 ということで、行く途中に数人の王宮メイドが話をしていたため情報収集がてら聞き耳を立ててみることにした。

「今日は王太子殿下の機嫌がすこぶる悪くていやになっちゃう」
「ほんと私も思った。嫌いな食べ物が出たくらいで全部床に捨てるなんて、子供みたい」

「ステイラ子爵夫人ってメルロンマルク侯爵の御子息と不倫してるそうよ」
「えぇ! メルロンマルクの御子息ってあの超遊び人って言われてる人だよね。バレたら大変なことになりそう」

 女性たちの噂話の中には意外と重要な話も多い。彼女たちは王宮で働くメイドたちでもあるし、色々な裏話を知っていた。
 それになにより他人の下世話な話ほど楽しいものはない。

「ふむふむ、王太子殿下は子供っぽい人なんだね。食べ物を粗末にするなんていつかバチが当たるよ。……あとステイラ? 子爵って人の奥さんが不倫か。貴族の奥さんなんてそれだけでストレス溜まりそうだもんね。……あ、そういえば私も貴族の令嬢なんだった」

 私は洗濯物を干しているメイドたちの近くで宙に浮きながら腕を組み、ふむふむと頷く。
 するとまた別のメイドたちが新しい洗濯物を持ってきて干し始めた。
 その女性たちの話に私は聞き耳を立てる。

「そういえば来る途中にロレンシオ様見かけちゃった! あのクールな顔。美しすぎて見惚れちゃったわ」

「えぇ! 朝から見られるなんて羨ましいわ。王国一の美男子は格が違うわよね」
 
 私は身を乗り出して話の内容に集中する。
 王国一の美男子という言葉に興味をそそられたからだ。私もかっこいい男の人には人並みに興味があるお年頃なのである。

「ロレンシオ様こんな朝早くからどうしたのかしら? 騎士団でなにかあったのかな」 

「えっとたしか第三部隊だっけ、ロレンシオ様の所属してる騎士団の部隊って」

 どうやら王国一の美男子はアーベンと同じ騎士団の所属のらしい。
 興味の湧いた私はしばらくメイドたちの世間話を聞き耳し、騎士団の施設へと向かった。

 外の鍛錬場にはいまだ誰もおらず、建物内に入ることにする。昨日は少しだけ内部は覗いたが、基本的に外で訓練の様子を見ていたので間取りは詳しくなかった。

「すごーい! 騎士団長室にその隣は副団長の部屋。それ以外は部隊ごとに分けられてるんだ」
 
 部隊はどうやら第八部隊まであるらしい。扉のネームプレートに書かれているのでわかった。

 すると奥の廊下から数人の人間たちがこちらに向かって歩いてくるのに気がつく。私はふわりと宙に浮かび上がり、廊下を歩く人たちを見つめる。

 人数はどうやら五人。先頭に金髪の男と茶髪の男。後ろに三人が歩いている。

 私は様子見るために近づくのだが、その先頭の男たちの顔立ちに驚いた。

 茶髪の男は爽やかなガタイのいい男で、端正な顔立ちをしていた。自領でも見たことのないくらいのイケメンだ。

 だがそんなイケメンが霞むほど、金髪の男は美しかった。一目で男とは分かるのだが、その美貌は類稀なるものと言わざるを得ないほどのものだ。切長な瞳につんと上がった鼻先、唇も分厚すぎず薄すぎもしないちょうどいたバランス。

 この男が先ほどメイドたちの噂をしたいた王国一の美男子なのだとはっきりわかった。

 私はその美貌を少しでも近くで見ようと宙に浮かんでいた体を男たちに近づける。
 どうせ間近にいても気づかれる可能性など皆無なのだ。

「しつれーしまーす」

 歩きながら話す男たちの目前に浮かび上がる。

 ──だが、そのとき金髪の美貌の男とはっきり目があった。
 
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