5 / 48
5.王国一の美男子
しおりを挟む泣き疲れた私はそのまま倒れるようにして芝生の上で眠った。季節的にも暖かすぎず寒すぎない気温だったので、寝苦しくはなかった。
周囲が明るくなりようやく目を覚ました私は自分が本当に幽霊になってしまったのだと自覚する。
「一晩中外で寝ても身体全然辛くないし、全くお腹も減らないし……不思議な身体だな……」
吹き付ける風や芝生に座る感覚はあるはずなのにおかしな感じだった。
「よし! 一晩泣いて寝てスッキリしたことだし、今日からは王都ライフをエンジョイするぞ!」
私は前向きになっていた。
感情を発散したことで、今は開放的な気分になっている。
そうとなれば今まで来たことのなかった未知の場所を色々巡ってみたいという気持ちが溢れた。
このまま幽霊でいられる期間がどのくらいなのかはわからない。アーベンには会えて幽霊になる前に願ったことは叶ったのだが、いまだ成仏することもない。
「まぁいっか。よし、それじゃあまずは城下町に……っとその前に。もう一度だけアーベンの様子見にいかなきゃね。昨日の綺麗な女の人が彼女ならいいけど、もし遊ばれてるだけならどうにかしてあげたいし」
アーベンは昨日花街で女性と会っていた。ということはその相手の女性は花街の女の可能性は高い。ただの遊びか、もしくは彼女というのなら百歩譲って譲歩できるが、遊ばれているだけなら我慢ならない。
彼は昔から少し騙されやすいこともあるのだ。
「そうとなればアーベンのところに……って、アーベンはどこで暮らしてるんだろう?と、とりあえず昨日の騎士団の集まってた場所に行ってみよう」
私はそのまま建物へと向かう。
けれどまだ朝が早い。先ほど朝日が登ったばかりなのに、騎士団が施設に集まっているとは思えない。
ということで、行く途中に数人の王宮メイドが話をしていたため情報収集がてら聞き耳を立ててみることにした。
「今日は王太子殿下の機嫌がすこぶる悪くていやになっちゃう」
「ほんと私も思った。嫌いな食べ物が出たくらいで全部床に捨てるなんて、子供みたい」
「ステイラ子爵夫人ってメルロンマルク侯爵の御子息と不倫してるそうよ」
「えぇ! メルロンマルクの御子息ってあの超遊び人って言われてる人だよね。バレたら大変なことになりそう」
女性たちの噂話の中には意外と重要な話も多い。彼女たちは王宮で働くメイドたちでもあるし、色々な裏話を知っていた。
それになにより他人の下世話な話ほど楽しいものはない。
「ふむふむ、王太子殿下は子供っぽい人なんだね。食べ物を粗末にするなんていつかバチが当たるよ。……あとステイラ? 子爵って人の奥さんが不倫か。貴族の奥さんなんてそれだけでストレス溜まりそうだもんね。……あ、そういえば私も貴族の令嬢なんだった」
私は洗濯物を干しているメイドたちの近くで宙に浮きながら腕を組み、ふむふむと頷く。
するとまた別のメイドたちが新しい洗濯物を持ってきて干し始めた。
その女性たちの話に私は聞き耳を立てる。
「そういえば来る途中にロレンシオ様見かけちゃった! あのクールな顔。美しすぎて見惚れちゃったわ」
「えぇ! 朝から見られるなんて羨ましいわ。王国一の美男子は格が違うわよね」
私は身を乗り出して話の内容に集中する。
王国一の美男子という言葉に興味をそそられたからだ。私もかっこいい男の人には人並みに興味があるお年頃なのである。
「ロレンシオ様こんな朝早くからどうしたのかしら? 騎士団でなにかあったのかな」
「えっとたしか第三部隊だっけ、ロレンシオ様の所属してる騎士団の部隊って」
どうやら王国一の美男子はアーベンと同じ騎士団の所属のらしい。
興味の湧いた私はしばらくメイドたちの世間話を聞き耳し、騎士団の施設へと向かった。
外の鍛錬場にはいまだ誰もおらず、建物内に入ることにする。昨日は少しだけ内部は覗いたが、基本的に外で訓練の様子を見ていたので間取りは詳しくなかった。
「すごーい! 騎士団長室にその隣は副団長の部屋。それ以外は部隊ごとに分けられてるんだ」
部隊はどうやら第八部隊まであるらしい。扉のネームプレートに書かれているのでわかった。
すると奥の廊下から数人の人間たちがこちらに向かって歩いてくるのに気がつく。私はふわりと宙に浮かび上がり、廊下を歩く人たちを見つめる。
人数はどうやら五人。先頭に金髪の男と茶髪の男。後ろに三人が歩いている。
私は様子見るために近づくのだが、その先頭の男たちの顔立ちに驚いた。
茶髪の男は爽やかなガタイのいい男で、端正な顔立ちをしていた。自領でも見たことのないくらいのイケメンだ。
だがそんなイケメンが霞むほど、金髪の男は美しかった。一目で男とは分かるのだが、その美貌は類稀なるものと言わざるを得ないほどのものだ。切長な瞳につんと上がった鼻先、唇も分厚すぎず薄すぎもしないちょうどいたバランス。
この男が先ほどメイドたちの噂をしたいた王国一の美男子なのだとはっきりわかった。
私はその美貌を少しでも近くで見ようと宙に浮かんでいた体を男たちに近づける。
どうせ間近にいても気づかれる可能性など皆無なのだ。
「しつれーしまーす」
歩きながら話す男たちの目前に浮かび上がる。
──だが、そのとき金髪の美貌の男とはっきり目があった。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない
かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」
婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。
もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。
ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。
想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。
記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…?
不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。
12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今日は私の結婚式
豆狸
恋愛
ベッドの上には、幼いころからの婚約者だったレーナと同じ色の髪をした女性の腐り爛れた死体があった。
彼女が着ているドレスも、二日前僕とレーナの父が結婚を拒むレーナを屋根裏部屋へ放り込んだときに着ていたものと同じである。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる