【完結】好きな人に会いたくて幽霊になった令嬢ですが恋を叶えてもいいですか?

雪井しい

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4.失恋

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 昔から王都には憧れがあったが、一度も来れたことはなかった。
 父親が数年に一度、男爵としての仕事で出向くことはあったがそれ以外に王都へ出る人間など自領では皆無だった。

 なにせ王都に行くまで馬車で1ヶ月もかかるし、険しい道を超えていかなければならない。そんな大変な思いをしなくても街には商人もやって来るし、食事に関しても森に面しているおかげか困ったことは一度もない。ただ、その森には魔獣が出るので危険はあったのだが。

「死んで王都に来ちゃった! ってもしかして、アーベンに会いたいとか思ったせいで?……ま、いっか」 

 私は大きく息を吸い、もう一度街を眺める。城下町には多くの建物や人が行き交いしており、栄えていることが一目で分かった。

 私はゆっくりと元いた地面に降り立つ。このまま城下町を探索してもいいが、それよりまず一番やりたいことは何と言ってもアーベンを探すことだった。
 
 アーベンは自領を出てから一度も手紙を貰ったことはない。なのでずっと彼の今の状況かわ気になっていた。

「懐かしいな、確か会うのって7年ぶりくらいだよね。うーん、なんかドキドキしてきた」

 もしかすれば私のことなど覚えていないかもしれない。昔はまるで兄妹のように仲のいい幼馴染同士だったが、歳を重ねるにつれて会うことも少なくなっていた。
 
「……ってあれ、そういえば私幽霊なんだった。アーベンに姿見えないじゃん!」

 一番大事なことを忘れており、一瞬落ち込みかける。だが、死んでもなお顔を見ることが出来るなんて幸運なことだと言い聞かせてから私はふわふわと宙に浮いた。

「アーベンは王国騎士団に入ったって聞いたけど……てか、王国騎士団ってどこにいるのかな?」

 騎士団についての詳細な情報など知らない私はとりあえず足で稼ぐしかない。……まあ浮いているので歩いてはいないのだが。

 私はとりあえずお城の中を探索してみることにした。初めて見る王城内は多くの人が働いており、そのための様々な部屋があった。

 王様の玉座のある謁見の間や、外部から来た人の多くが行く応接室、外交担当の働く王国外務室など、数えればキリがないほどだ。

 そして私は王城の一角にある王国騎士団専用の建築物を発見した。なぜ発見できたかというと鎧姿に腰に剣を下げて歩く人間を追跡したからだ。

 ふわふわと浮きながらまずその建物の周辺を探索すると、戦闘訓練を行う若い男たちが剣と剣をぶつけ合う施設に辿り着く。

「くっ、これでもだめか」

「まだまだだ! もっと腰を入れて剣を触れ!」

 汗を流し、己を鍛える人間の中には僅かに女性も存在し、私は目を瞬かせた。

 男性の中にいても強さで引けを取ることのない女騎士はかっこよく、その訓練風景を影で眺めている王宮メイドの姿もあるほどだ。

「なんてかっこいいの! 私も剣を習っておけばこんな風になれたのかな」
  
 今更言っても後の祭りではあるが、そんな言葉が口をつく。

 私は女騎士に目を奪われながらも一人一人目的の人物を探す。そして端で素振りをしていた男を目にした途端、どくりと心臓が跳ね上がった。

「…………アーベン」

 アーベンは昔に比べて男の人になっていた。その体つきも、そして顔立ちも以前はもっと幼かった。

 まるで知らない人を見ている気分になる程以前とは別人ではあったが、けれど面影はある。それに近くで素振りをしていた一人が「アーベン」と呼び掛けるのを聞いたので間違い無いだろう。

 私はその練習風景をぼんやりと眺めていた。

 するといつの間にか夕方になっており、騎士たちは練習を切り上げたようだった。
 アーベンも同じようにして布で汗を拭き、練習場を後にする。私はただ目的もなかったため、彼のあとをついていくことにした。

 それが間違いだったということに気づかず。


「アーベン? 今日も来たのぉ?」

「まあね。今日は空いてる?」

「もちろん。じゃあ一緒に行きましょ」

 外で夕食を終えたアーベンの向かった先は色っぽい女性たちが立ち並ぶ場所────花街だった。
 女に腕を絡ませてられ、鼻の下を伸ばしているアーベンを見て愕然とする。

 知らないうちにアーベンは女を知っていた。昔の彼は純朴で、どちらかと言えば内向的な性格だったのでその衝撃は計り知れないものだ。

 私の目からはいつしか涙が溢れていた。
 田舎でぼんやりと鹿を狩ったり、野山を駆け回っている私とは違い、アーベンは女性と遊ぶようになっていた。そのことに胸が痛みを覚えていたのだ。

 私は行く当てもないまま彷徨い歩き、気づけば王城の庭にいた。目が覚めて最初にいた場所だった。

 涙はポロポロと地面に落ちるが、芝生は濡れた形跡はない。顔を手で拭えば濡れた感触はあるのにおかしな感じだった。

「そうだよね……アーベンだって男の人だもん。綺麗な女の人がすきだよね……でも」

 悲しかった。
 苦しくて仕方がなかった。

 私はアーベンのことが大好きだった。
 この裏切られたような気持ちはアーバンからしてみれば勝手なものに違いない。
 先程の女の人と付き合っているのかもしれない。遠くにいる7年も会っていない幼馴染のことなんて、頭の中から抜けて当然だ。

 それでも今だかはどうか泣かせて欲しい。

 私は初めての恋に別れを告げ、初めての失恋に哀哭した。 
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