【完結】好きな人に会いたくて幽霊になった令嬢ですが恋を叶えてもいいですか?

雪井しい

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3.死んでしまった

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 「んん……ん? ここは……」

 目を開いて最初に映ったのは緑だった。 
 状況が理解できず、体を起こして辺りを見渡す。

 どうやら私はどこかの庭にでも倒れているみたいだった。ただその庭というものは、今までに見たことがないほど広々としており、足元に広がる芝生以外にも薔薇や百合などの様々な種類の花が咲いていた。
 見覚えのない豪奢すぎる庭に困惑しつつ、状況を思い出す。

「えーっと私は……そうだ、そういえば熱を出して寝こんでたんだ!」

 私はここ数日風邪を引いたせいで高熱に侵されており、ベッドから一歩も動くことのできない状況だった。いつもであればどんなときも食欲旺盛である私は食べ物すら受け付けなくなっており、さすがの両親もベッドサイドで焦っていたことを思い出す。

 まあその風邪を引いた理由というのも、夜にお腹を出して寝ていたせいというものだから何ともいえないのだが。

「それで、私どうしてこんなところに? というか、体調不良も全然ないし……どういうことだろ?」

 まったくもって訳がわからず、とりあえず私は庭を探索することにした。まずは自分がどこにいるのか探らなければ。

 私は一番最後の記憶を手繰りつつ、周辺を歩き始める。

 ベッドではこのまま死んでしまうのではないのかと思うほど苦しかった。心が弱っている状況だったせいか、どうせなら最期にアーベンに会いたかったなと考えていたところで記憶は途絶えている。

「そういえばアーベンは元気にしてるかな……」

 ぽつりと溢れた言葉に、私は胸が締め付けられるような思いを抱く。

 アーベンとは私の5つ上の幼馴染だった。ベルティーニ男爵家領の隣の領を統治するジュスタ男爵家。アーベンはその六男で、子どもの頃からよく遊んでいた。

 そんなアーベンは私の初恋であり、今でもなおずっと好きだった。ただアーベンとは成人した際に王都の騎士団へと入団してしまってから一度も会えていない。

 当時アーベンが遠くの王都へ行ってしまうと聞き、私は泣いて止めたものだ。そんな記憶も今では懐かしいものになっている。

「あれ? 建物すごい!」

 庭を出ると眼前に広がるのは大き過ぎる建造物。
 周囲の庭ばかり見ていたために気がつかなかったが、こんなデザインの建物は初めて見た。

 自領の館とは比べ物にならないほど巨大であり、白を基調とした漆喰の壁。まさにお城と呼べる建物だった。

「あっ、人がいる」

 お城の渡り廊下とも呼べる道を歩く神経質そう男性がおり、私は近づく。
 怪しいものだと言われて糾弾されてしまうのは困るが、この状況を打破するには声をかけるしかない。

「あ、あのぉ……すみません」

 私は恐る恐る声をかける。
 だが、男性はまるで私の声が聞こえていないように歩み止めることもなかった。
 焦った私は男性の肩を掴もうとするも。

「すみません、聞こえてませんか!」
 
 叩いた感触はあるのだが、男性は全く反応を示さない。まるで私の声など一切聴こえていないようであり────。

「ちょーっと! そこの人! 無視するなんて酷い!」

 癇癪を起こした子どものように喚いても、私の存在などまるでなかったかのように歩いていってしまった。
 そのあと何度か歩いて来た人間──メイドと思わしき若い女性や老年の男など様々な人間に声をかけるもあえなく惨敗。

「だれも私のこと見えないの?」

 触れた感触はあった。けれど、向こうの人にはないようだ。声も届かず、反応も示さない。

 私は自分の体を見下ろす。
 お気に入りのワンピースを着ており、動きやすさ重視の格好だ。母ひコルセットをつけて古びたドレスを着用していたが、私はそのどちらもあまり好きではなかった。

 コルセットは苦しいし、ドレスは生地が厚手過ぎて動きづらい。可愛らしいデザインは好みであっても、実家にあるのはどれも型落ちのものばかりで着ようとも思わなかったのだ。

 そういえば一番最後の記憶ではこのワンピースを着た覚えなどない。ここ数日は寝巻きで過ごしていたので着替えたのだろうか。

 いや、違う。

 話しかけても反応のない人々。着た覚えのないお気に入りのワンピース。見覚えのない場所。そして死ぬほど辛かった風邪。それらが導き出すのは。

「もしかして私……死んじゃったの?」

 そうとしか考えられない。
 途端に恐ろしくは──ならなかった。

「まぁ、そういうこともあるよね!」

 そう、私はとにかく前向きだけが取り柄なのだ。死んじゃったことをくよくよ嘆いていても、何も始まらない。

「そうだ! 幽霊だったら空とか飛べるのかな? 試してみよう」

 私は瞼を強く閉じ、頭の中で念じる。側から見れば馬鹿げた姿だと思われるかもしれないが、私としては真剣だった。

 するとその念が通じたのか、足がふわりと地面を離れる。そして気がつけば空中に浮かんでいた。

「すっごい! 私、空飛んでる」

 右へ行きたいと願えば右へ移動し、もっと左へ行きたいと願えば左へ。自由自在だった。

 私は上へ上へと飛ぶ。
 まるで翼が生えたような気分で、最高の気分だった。まあ、死んでいるのだけれども。

 どれくらい上ったのか、私は空中から下を見下ろす。巨大なお城が小さく見えるほど遠くまで来たようだ。

「うわぁ、街だ! しかもすごく大きな街!」
 
 最後ほどいた城を中心として広がるのは自領の数倍もある面積の街。いわゆる城下町ということろだった。

 そして私はふと、思い出す。
 昔、父親の書斎で見かけた本の中でこの街を見かけた覚えがあったのだ。
 そう、そこは──。

「王都だ!」

 私は死んで念願の王都に来ていたのだ。
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