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2.シたいこと
しおりを挟む「ロレンシオ様だって分かっていらっしゃいますよね? 私が覗いていたって誰にも見えないことを……あ、もちろんロレンシオ様一人を除いて!」
「…………なんでお前みたいな女の幽霊を見れるのが俺だけなんだ。ああ、頭が痛い」
そう言ったロレンシオはその整った顔を歪めて目頭を抑える。宝石のような碧眼が閉じられ、私よりも長いんじゃないかと思うほどのまつ毛が顔に影を作った。
そう、私は幽霊なのだ。
元令嬢だとロレンシオが言ったのは、私が生前ベルティーニ男爵家の令嬢だったから。
とは言ってもベルティーニ領は田舎の中の田舎で、今いる王都に来るだけでも馬車で片道1ヶ月ほどかかる。険しい山々をいくつも越えて、ようやく辿り着けるほどだ。
かくゆう私も幽霊になるまでこの王都に来たことはなく、初めて見た時は自領との違いに驚嘆したものだった。
「ほんと、ロレンシオ様って災難ですよね……」
「災難の原因ぶっちぎり第一位のお前が言うか……。はぁ、仕方がない。これ以上お前にまとわりつかれちゃストレスで胃炎になってしまう」
「ついでにその美しい金髪も抜けてお禿げになっちゃうかもですね」
私をジロリと睨みながら、ロレンシオは腕を組んだ。そして部屋にあったソファに腰を下ろす。
ちなみに今連れてこられた部屋はロレンシオ率いる部隊のために用意された部屋で、今は誰もいない。
おそらく今は昼間なので、部隊の騎士たちは鍛錬場で剣でも振っているだろう。
私はふわりと宙に浮き、ロレンシオの向かいのソファに腰をかけた。
「部隊の人帰って来ちゃったら、ロレンシオ様が独り言ぶつぶつ言ってるように誤解されちゃいますよ」
「そうだな。だからさっさと作ったと言ったリストを出せ」
私は「はい」と返事をし、ワンピースのポケットに入れていた折り畳まれた紙を出す。
「こんな感じです!」
私は満面の笑みで胸を張って紙を差し出す。
紙の一番上に書かれているのは『ノンナの未練リスト』の文字で、まるで子どもの書いたようなバランスの悪い下手な字だった。
なぜこんなものを出すのかというと、私の未練をロレンシオと一緒に叶えるためだ。
「なんなんだ……これは」
「えーっと? 書いてある通りですが、何かおかしいですかね?」
「おかしいことばかりだろう! それにどれもくだらな過ぎる! ノンナ、お前ふざけているのか?」
真剣に書いたのに驚愕するような剣幕で怒られ、目を瞬いた。
ロレンシオは紙を目の前の机に叩きつけたので、私はそれを手に取った。
「……うん、別におかしなことは書いてないですよ。まず最初に書いたのは王都にお買い物に行きたいってことで──」
「それもくだらないが、そこじゃない。3つ目の未練だ」
私は目線をロレンシオから手元の紙に移し、書かれたことを読み上げる。
「気持ちのいいエッチがしてみたい! ……これですか?」
「当たり前だ! おかしいだろう! 年頃の女がえ、え、え、エッチだなんて……お前には躊躇いってものがないのか」
顔を真っ赤にして吃りながら口にするロレンシオはさすがお堅い人だけある。彼の容姿では引く手数多だろうに、本人の気質のせいなのか女遊びは苦手なようだった。
「しょうがないじゃないですか。私、処女のままで死んじゃったんですから。こうなれば、躊躇いなんてゴミ箱にポイですよ。……それにこれを我慢すれば、結局未練が残ったままになりますよ?」
「……っそれにしてもだな…………はぁ。お前に言っても無駄か……」
口を尖らせながら答えた私に対し、ロレンシオは呆れた顔をして大きくため息をつく。
私の未練リストに書かれている未練は全部で3つだった。
まず一つ目は先程ロレンシオに言ったように『王都にお買い物に行きたい』ということだ。
これは言葉通りの意味で、さらにロレンシオと一緒に行くことができれば男性とデートの経験も出来るという一石二鳥な未練だ。
そして二つ目は『舞踏会に出てみたい』というものだった。一応は令嬢でありながらも田舎からほとんど出たことのない私は、当たり前ながら舞踏会に出席したことがない。
年頃の貴族の娘ならば結婚相手を見つけるために交流の場である社交会に出席するらしいが、私にとってそれは遠い世界の話だった。
私は今年で18になるが、未だ婚約者はいない。この国には男爵位程度の爵位を持つ貴族はたくさんいるのだが、ベルティーニ領のようなど田舎に嫁ぎたいと思う貴族など皆無なのだ。
おそらく私が生きていたとしても嫁ぎ先は自領の民か、最善で側領の同じ男爵位を持つ田舎貴族だろう。
そんな感じで私にとって舞踏会とは夢の世界でもあるのだ。
そして3つ目の未練。
ロレンシオが怒鳴った『気持ちのいいエッチがしてみたい』というものはとにかく興味があるからだ。
自領にいる女の人たちとよく話をしている私はとにかく耳年増なのだ。『交合部屋』を覗いていたのも、とにかく興味津々で足が自然と引き寄せられていたというのもある。
「たった3つなんですよ! 別にアーベンに愛されたいとか思ってるわけじゃないんです。どれもロレンシオ様なら結構簡単に叶えられるものだと思ったんですけど」
「確かにすべて可能ではある。ドラゴンの核が欲しいだとか、雲に乗ってみたいとか馬鹿な未練を想像していたからそれに比べれば実行可能だ。……だがな、そっちの方がまだ良かった。こんなにも馬鹿な未練ばかり……」
ロレンシオはぶつぶつと文句を言っている。
けれど、この未練を叶えられるのがロレンシオ様しかいないので、どうにかして叶えてもらわなければいけないのだ。
私とロレンシオがどうしてこんなことになったのか。
幽霊の令嬢である私と、王都一の美男子とも言われるロレンシオ様が出会った理由。それは遡ること数日前のことだった。
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