2 / 48
2.シたいこと
しおりを挟む「ロレンシオ様だって分かっていらっしゃいますよね? 私が覗いていたって誰にも見えないことを……あ、もちろんロレンシオ様一人を除いて!」
「…………なんでお前みたいな女の幽霊を見れるのが俺だけなんだ。ああ、頭が痛い」
そう言ったロレンシオはその整った顔を歪めて目頭を抑える。宝石のような碧眼が閉じられ、私よりも長いんじゃないかと思うほどのまつ毛が顔に影を作った。
そう、私は幽霊なのだ。
元令嬢だとロレンシオが言ったのは、私が生前ベルティーニ男爵家の令嬢だったから。
とは言ってもベルティーニ領は田舎の中の田舎で、今いる王都に来るだけでも馬車で片道1ヶ月ほどかかる。険しい山々をいくつも越えて、ようやく辿り着けるほどだ。
かくゆう私も幽霊になるまでこの王都に来たことはなく、初めて見た時は自領との違いに驚嘆したものだった。
「ほんと、ロレンシオ様って災難ですよね……」
「災難の原因ぶっちぎり第一位のお前が言うか……。はぁ、仕方がない。これ以上お前にまとわりつかれちゃストレスで胃炎になってしまう」
「ついでにその美しい金髪も抜けてお禿げになっちゃうかもですね」
私をジロリと睨みながら、ロレンシオは腕を組んだ。そして部屋にあったソファに腰を下ろす。
ちなみに今連れてこられた部屋はロレンシオ率いる部隊のために用意された部屋で、今は誰もいない。
おそらく今は昼間なので、部隊の騎士たちは鍛錬場で剣でも振っているだろう。
私はふわりと宙に浮き、ロレンシオの向かいのソファに腰をかけた。
「部隊の人帰って来ちゃったら、ロレンシオ様が独り言ぶつぶつ言ってるように誤解されちゃいますよ」
「そうだな。だからさっさと作ったと言ったリストを出せ」
私は「はい」と返事をし、ワンピースのポケットに入れていた折り畳まれた紙を出す。
「こんな感じです!」
私は満面の笑みで胸を張って紙を差し出す。
紙の一番上に書かれているのは『ノンナの未練リスト』の文字で、まるで子どもの書いたようなバランスの悪い下手な字だった。
なぜこんなものを出すのかというと、私の未練をロレンシオと一緒に叶えるためだ。
「なんなんだ……これは」
「えーっと? 書いてある通りですが、何かおかしいですかね?」
「おかしいことばかりだろう! それにどれもくだらな過ぎる! ノンナ、お前ふざけているのか?」
真剣に書いたのに驚愕するような剣幕で怒られ、目を瞬いた。
ロレンシオは紙を目の前の机に叩きつけたので、私はそれを手に取った。
「……うん、別におかしなことは書いてないですよ。まず最初に書いたのは王都にお買い物に行きたいってことで──」
「それもくだらないが、そこじゃない。3つ目の未練だ」
私は目線をロレンシオから手元の紙に移し、書かれたことを読み上げる。
「気持ちのいいエッチがしてみたい! ……これですか?」
「当たり前だ! おかしいだろう! 年頃の女がえ、え、え、エッチだなんて……お前には躊躇いってものがないのか」
顔を真っ赤にして吃りながら口にするロレンシオはさすがお堅い人だけある。彼の容姿では引く手数多だろうに、本人の気質のせいなのか女遊びは苦手なようだった。
「しょうがないじゃないですか。私、処女のままで死んじゃったんですから。こうなれば、躊躇いなんてゴミ箱にポイですよ。……それにこれを我慢すれば、結局未練が残ったままになりますよ?」
「……っそれにしてもだな…………はぁ。お前に言っても無駄か……」
口を尖らせながら答えた私に対し、ロレンシオは呆れた顔をして大きくため息をつく。
私の未練リストに書かれている未練は全部で3つだった。
まず一つ目は先程ロレンシオに言ったように『王都にお買い物に行きたい』ということだ。
これは言葉通りの意味で、さらにロレンシオと一緒に行くことができれば男性とデートの経験も出来るという一石二鳥な未練だ。
そして二つ目は『舞踏会に出てみたい』というものだった。一応は令嬢でありながらも田舎からほとんど出たことのない私は、当たり前ながら舞踏会に出席したことがない。
年頃の貴族の娘ならば結婚相手を見つけるために交流の場である社交会に出席するらしいが、私にとってそれは遠い世界の話だった。
私は今年で18になるが、未だ婚約者はいない。この国には男爵位程度の爵位を持つ貴族はたくさんいるのだが、ベルティーニ領のようなど田舎に嫁ぎたいと思う貴族など皆無なのだ。
おそらく私が生きていたとしても嫁ぎ先は自領の民か、最善で側領の同じ男爵位を持つ田舎貴族だろう。
そんな感じで私にとって舞踏会とは夢の世界でもあるのだ。
そして3つ目の未練。
ロレンシオが怒鳴った『気持ちのいいエッチがしてみたい』というものはとにかく興味があるからだ。
自領にいる女の人たちとよく話をしている私はとにかく耳年増なのだ。『交合部屋』を覗いていたのも、とにかく興味津々で足が自然と引き寄せられていたというのもある。
「たった3つなんですよ! 別にアーベンに愛されたいとか思ってるわけじゃないんです。どれもロレンシオ様なら結構簡単に叶えられるものだと思ったんですけど」
「確かにすべて可能ではある。ドラゴンの核が欲しいだとか、雲に乗ってみたいとか馬鹿な未練を想像していたからそれに比べれば実行可能だ。……だがな、そっちの方がまだ良かった。こんなにも馬鹿な未練ばかり……」
ロレンシオはぶつぶつと文句を言っている。
けれど、この未練を叶えられるのがロレンシオ様しかいないので、どうにかして叶えてもらわなければいけないのだ。
私とロレンシオがどうしてこんなことになったのか。
幽霊の令嬢である私と、王都一の美男子とも言われるロレンシオ様が出会った理由。それは遡ること数日前のことだった。
0
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
風のまにまに ~小国の姫は専属近衛にお熱です~
にわ冬莉
恋愛
デュラは小国フラテスで、10歳の姫、グランティーヌの専属近衛をしていた。
ある日、グランティーヌの我儘に付き合わされ、家出の片棒を担ぐことになる。
しかしそれはただの家出ではなく、勝手に隣国の問題児との婚約を決めた国王との親子喧嘩によるものだった。
駆け落ちだと張り切るグランティーヌだったが、馬車を走らせた先は隣国カナチス。
最近悪い噂が後を絶たないカナチスの双子こそ、グランティーヌの婚約者候補なのである。
せっかくここまで来たのなら、直接婚約破棄を突き付けに行こうと言い出す。
小国の我儘で奔放な姫に告白されたデュラは、これから先を思い、深い溜息をつくのであった。
妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。
※※※※※※※※※※※※※
双子として生まれたエレナとエレン。
かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。
だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。
エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。
両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。
そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。
療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。
エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。
だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。
自分がニセモノだと知っている。
だから、この1年限りの恋をしよう。
そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。
※※※※※※※※※※※※※
異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。
現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦)
ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない
かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」
婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。
もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。
ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。
想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。
記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…?
不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。
12/11追記
書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。
たくさんお読みいただきありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる