【完結】スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜

雪井しい

文字の大きさ
上 下
42 / 44

41.決めたこと

しおりを挟む

 私はすぐに眠れなかった。
 心と身体が満たされて、この幸福な時間をもっと味わっていたかったからかもしれない。隣には啓一郎さんの温もりがあり、それだけで幸せだった。

 積み重ねてきた時間は短いが、私にとってのこの夫婦生活はすでに自分の人生になくてはならないものとなっていた。

「眠った?」

 啓一郎さんは私が眠れないことに気がついたのか声をかけてくる。その声に私は啓一郎さんの胸に顔を寄せて頭を横に振った。そして顔を上げる。

 そばには啓一郎さんの整った顔があり、息のかかる距離だった。私たちは自然と指を絡めて手を繋ぐ。

「紗雪はさ……子ども欲しい?」

「……啓一郎さんは?」

 いきなりの質問に驚いた私は答えることなく、質問に質問を返す。
 
 本音を言えば、啓一郎さんとの子どもならば可愛いだろうし欲しいとも思う。授かることがあるならば絶対に産みたいと思っていた。
 けれど啓一郎さんはどうなのだろうかと不安に思ってしまい、曖昧に濁した。彼は自分の大切なものを増やすことに怯えてしまうかもしれないと思ったからだった。

「…………俺、は…………紗雪との子どもだったらほしいよ。俺たちの天使が授かったらどんなに嬉しいことか」

「私も……同じ気持ち」

 嬉しかった。
 啓一郎さんが自分との子を求めてくれているということが何よりも心を満たしていく。

「私、決めたことがあるんです」

 啓一郎さんと絡め合う指に少しだけ力を入れ、下唇を噛んだ。この言葉を伝えることに勇気が必要だったから、その決意を伝えたかったから。
 啓一郎さんは「どうした?」と優しく呟く。

「私、バレリーナに戻ることは諦めます」

「……っ」

 啓一郎さんが息を呑むのが伝わってくる。それでも私は決意を鈍らせることなく続けた。

「……私はバレエの講師────先生になりたい」

「先生に? 教える側になりたいってこと?」

 不思議そうに目を瞬かせる啓一郎さんにこくりと頷いた。
 この言葉は負の感情から出たものではなかった。もちろんバレリーナを諦めるということも。

「啓一郎さんに好きだって伝えて家を出ていったあと、ステファニアさんのおうちにお世話になったじゃないですか。そのとき自宅の離れにあるバレエスクールの見学をさせてもらったんです」

 私はその時の光景を思い出しながら自分の気持ちを言葉にする。

「そこではバレエの練習を楽しんで、目をキラキラ輝かせて取り組んでいる子どもたちが沢山いました。それを見て思ったんです。私は怪我をして現役を一度諦めてしまったけど、今度はプロを目指す子どもたちのお手伝いがしたいなって。あのキラキラした瞳を失わせたくないなって」

 啓一郎さんは一言も発することなく、私の言葉を一文字も逃さないように聞き入ってくれた。

「それだけじゃありません。長谷川くんの妹の沙彩ちゃんのこと覚えてます?」

「沙彩ちゃん……うん、覚えてるよ」

「あの子が私に言ってくれたんです。『いつか紗雪お姉さんみたいなバレリーナになりたい。バレエを教えてほしい』って。自分は舞台に立たなくとも、未来ある子たちのお手伝いをして支えていく。そういう在り方もいいんじゃないかって思って……」
  
 私が全てを話し終わると、啓一郎さんとの間に沈黙が落ちる。全力疾走したときのように心臓が高まっているのが耳にも伝わってきた。
 少し間を置いてから啓一郎さんが口を開いた。

「紗雪は自分の夢をみつけたんだね」

 啓一郎さんは言葉の中に寂寥と悲哀を含ませていた。驚いた私は思わず尋ねる。

「……どうしたんですか?」

「嬉しい気持ちはもちろんある。紗雪が自分の未来を自分で決めて、その道を歩いて行くんだって。すごくいいことと。そう……分かってるはずなのに」

 啓一郎さんは絡めあっていた指をゆっくりと離し、私の体を強引に引き寄せて力強く抱きしめた。強いくらいの抱擁に思わず驚嘆を覚えた。

「すごく寂しいんだ。ずっと俺に寄りかかって一緒に歩んでいてくれた紗雪が離れていってしまわないか。不安でしかたない」

「……っ啓一郎さん」

 私ははっと息を飲み、思わず抱きしめ返す。

 この人はとても強く、そして同時に弱い人だ。

 亡くなった妹さんの秘密を一人で長年抱え込む辛抱強さ。そして誰にも愛を告げることが出来ないという心の奥に宿るトラウマともいう弱さ。両方を兼ね備えている。

 今の啓一郎さんはまるで迷子になった幼子のようだった。今まで一人きりで歩いてきた道に私というお供が加わり、そしてそのお供である私がまた別の道へ歩もうとしている。そのことが恐ろしくて仕方がないのだろう。

「大丈夫です。一人になんてしません。確かに夢は見つけましたけど、私はこれからも死ぬまで啓一郎さんと一緒ですから」

「うん……」

「それにさっき言ったじゃないですか。啓一郎さんも私も子どもがほしいって。子ができれば二人じゃなくて今度は三人になります。それ以上だってあり得ます。……だからあなたはずっと一人になんてなる暇ありませんよ」

 怯えるようにしてしがみついていた啓一郎さんの体から力が抜ける。私の言葉を聞いて安心した様子だった。

「そう、だよね。俺は一体なにを怖がってたんだろう。ははっ……おかしいね」

 まるで泣きながら笑うように言う。
 私はそんな彼を見て、出会えてよかったなと心の底から思った。

「ありがとう、紗雪。俺と出会ってくれて」

「私も今おんなじこと思いました。……こちらこそ、ありがとうございます」
 
 そう言って私たちは暖かいベッドの中で笑い合う。お互いの温もりに心が解けていく。

「啓一郎さん、愛してます」

「俺も。紗雪のこと愛してる」

 そうして私たちはまたキスをした。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

ワケあって、お見合い相手のイケメン社長と山で一夜を過ごすことになりました。

紫月あみり
恋愛
※完結! 焚き火の向かい側に座っているのは、メディアでも話題になったイケメン会社経営者、藤原晃成。山奥の冷えた外気に、彼が言い放った。「抱き合って寝るしかない」そんなの無理。七時間前にお見合いしたばかりの相手なのに!? 応じない私を、彼が羽交い締めにして膝の上に乗せる。向き合うと、ぶつかり合う私と彼の視線。運が悪かっただけだった。こうなったのは――結婚相談所で彼が私にお見合いを申し込まなければ、妹から直筆の手紙を受け取らなければ、そもそも一ヶ月前に私がクマのマスコットを失くさなければ――こんなことにならなかった。彼の腕が、私を引き寄せる。私は彼の胸に顔を埋めた……

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

処理中です...