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30.助け
しおりを挟む「お前だれだ?」
「センパイが嫌がってます。だから離れてください」
鋭い視線を送る長谷川くんに梅本は嘲るような眼差しを向ける。
それを感じ取った長谷川くんはより睨みをきかせると、梅本は少しだけ怯んだ。
長谷川くんは元々顔が強面気味であり、多くのピアスや長めの茶髪という見た目であるためよく人から避けられると嘆いていたことがあったが、運良くそれが効いているようだ。
「センパイから……離れろって言ってるのが聞こえないのか?」
「ゔぅっ!」
私の腰に回した手を長谷川くんは容易く捻り上げ、痛みで梅本はうめき声を上げた。
「こんなことしてただで済むと思うのか?」
「逆に嫌がる女性を連れ去ろうとするなんて警察に知られてただで済むと思うんですか? なんなら今すぐ通報しましょうか」
怯むことなく答える長谷川くんに分が悪いと感じたのか、梅本は大きく舌打ちをする。
そして私に卑しい視線を向けて「邪魔が入ったので、またどこかで会おう」と言い残し、去っていった。
「は、長谷川くん……本当にありがとう」
震えそうな声を押し殺し、私は頭を下げる。
長谷川くんは梅本の後ろ姿を睨みつけたあと、私の方に視線を向けて「気にしないでください」と言う。
相変わらずのクールな無表情だったが、いつも通りの長谷川くんで。
私はようやく落ち着くことができた。
「それよりあいつ知り合いっすか?」
「うん……啓一郎さんの知り合いのお医者さんらしいんだけど、鉢合わせしちゃって。あんまりよくない噂があるみたいなんだけど、無碍にするのはまずくて……」
「そうなんすね……あいつ何か嫌なことでも企んでるかもしれないんで、なるべく一人では絶対近づかないようにした方がいいっすよ」
そう言って長谷川くんは鼻を鳴らした。
「それにしてもまた偶然だね。今日はひとり?」
私が質問すると長谷川くんは頷いた。
どうやらショッピングモールに入院している妹の沙彩ちゃん用のおもちゃを買いに来たと言うことだった。
おもちゃと言っても着せ替えができるお人形とのことで、以前から欲しがっていたらしい。
「あいつもうすぐ誕生日なんすよ。だからプレゼント用に」
「そうだったの? いいお兄ちゃんしているね」
私がからかうような口調で告げると照れたのか少しだけ視線を彷徨わせた。
沙彩ちゃんは病気と戦うためにいつでも頑張っている。
あんなに小さいのに本当に強い子だと心から尊敬した。
「ねえ、そういえば少し前にお見舞いに行きたいって話したと思うんだけど……もしよければ明日行きたいなって思って。どうかな?」
「明日なら検査も特にないし、大丈夫だと思うっすけど……でも」
そう言って長谷川くんは難しい顔をする。
「旦那さんに送り迎えとか頼むならいいと思います。さっきのやつみたいなのにまた絡まれる可能性もありますし」
「そんな……さっきのはたまたまだよ。そんな頻繁に絡まれてちゃ物騒すぎるでしょ……それに、啓一郎さんは今、出張中だから家にいないの」
私が肩をすくめて言うと、長谷川くんは大きくため息をついた。
どうしてそんな反応をされるのか分からない私は疑問に頭を傾ける。
「それなら俺が送り迎えします。あと、旦那さんに変な疑いをかけられたくないので一応連絡はしておいてください。きちんとさっきの男のことも伝えておくように」
どちらが年上か分からない状況に私は困惑したが、真剣な面持ちの長谷川くんにとりあえず頷いておいた。
それにしても長谷川くんは以前に比べて口数が多くなったなと思う。
「沙彩ちゃんへの手土産何がいいと思う?」
「別にそんなのいらないっすよ。センパイが来てくれるだけで沙彩めっちゃ喜ぶと思います」
以前の反応を見るとあながち嘘でもなさそうで、私は苦笑いを浮かべた。
どういうわけか私に対するキラキラした目を思い出し、あんな風に他人に見られたのは初めてだったなと少しだけくすぐったく思った。
「それだけじゃやっぱりアレだし……あ、甘いものとか好きかな? 食べ物で禁止されてるものとかってある?」
「いや、今のところ特にないですけど…………マジで気を遣わなくてもいいですから」
焦る長谷川くんを置いて、出入り口付近にいた私はショッピングモールの中央へと引き返す。
頑張っている沙彩ちゃんに何を買っていこうかなと考え、私は口元を綻ばせた。
結局長期にわたって保存のきくクッキーの詰め合わせと、誕生日プレゼントとして女の子用のお化粧セットというものがあったのでそちらを購入。
どちらも綺麗な包装紙でラッピングをしてもらい、私は意気揚々と持ち上げようとするが──。
「ちょっと……買いすぎたかも」
これは流石に帰り道はタクシー必須だなと考えていると。
沙彩ちゃんの誕生日プレゼントである着せ替え人形のセットをすでにラッピングしてもらっていた長谷川くんは、呆れたように私を見た。
「センパイってたまに抜けてますよね。……俺、車で来てるんで乗せてきますよ」
「……お願いしてもいい?」
「はい。明日も病院まで送るんで家の場所知るにはちょうどいいっすしね」
私は先程助けられたときと同様に、もう一度深く頭を下げた。
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