【完結】スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜

雪井しい

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29.嫌な鉢合わせ

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 その日は一人、都内のショッピングモールで買い物をしに外へ出かけていた。
 ステファニアさんや熊沢さんにお世話になったということで、それお礼を買いに来ていた。

 残念なことに啓一郎さんは数日間出張で関西へと行っているため、一人での買い物となった。
 どうやら新薬の開発関係における学会が催されているようで、啓一郎さんはそれに参加するとのことだった。

 啓一郎さんが家を空けているということは、当然私も一人きり。
 元々忙しい人ではあるのでよく自宅に一人になることは多いが、それとは異なったどことない寂しさを覚えてしまう。

 それは啓一郎さんと心と身体が繋がったあとから、より強く感じるようになった。
 啓一郎さんと初めてを経験した夜以降、彼は夜になると常に求めてくる。
 そして甘すぎて苦しいほどの快楽で限界に達するまで追い詰められるのだ。

 激しい夜を思い出し、昼間から一体何を考えているのだと一人赤面する。
 周囲は多くの客で賑わっており、さすが都内でも有数の広さを誇るショッピングモールだと思った。

 ステファニアさんたちへとお礼の品はどれがいいかなと考えるが、どの品も目移りしてしまって優柔不断な私は決めることが出来ず、数時間ほど色々見て回ったあとようやく決めることが出来た。
 
 学会で出張中の啓一郎さんにも帰ったときに少しでも美味しいものを食べてほしいと思い、私は彼の好物である美味しそうなローストポークが売っていたため購入する。

 袋を手に下げ、私は帰ろうと出口に足を向けたのだが──そこには嬉しくない偶然があった。

「あー、もしかして蓮見先生の奥さん?」

 急に声をかけられ、私は振り返る。
 そこには若手医師の交流の場にもいた、私のことをねっとりとした粘ついた目で見てきた男────梅本が立っていた。
 梅本は馴れ馴れしく近づき顔を覗き込んだあと、私の肩をぽんぽん叩く。
 その馴れ馴れしさに鳥肌が立った。

「やっぱり奥さんだ。確か名前は……」

「…………えっと……紗雪、です」

 そう言うと梅本は「そう紗雪さんだ」と言って余計に距離を縮めてきた。
 啓一郎さんの梅本には近づくなという言葉が脳裏をよぎるが、同時にこの人は大学病院の偉い人を父親に持っているということも思い出す。
 
 医者にも横の繋がりというのは大切だと聞く。
 父親が大学病院の偉い人間ということは、もしかして啓一郎さんの所属する病院との関わりも深いかもしれない。
 これこら啓一郎さんの出世や立場にも影響するかもしれないと考えると、無碍にはできないと考えてしまった。

「紗雪さんは今日一人なの?」
 
 初対面のときは啓一郎さんが場が場であったために敬語で話しかけてきていたが、今はまるで昔からの知り合いのように話しかけてきて戸惑いを隠せなかった。
 
 私はいまだ肩に触れてくる梅本に体を強張らせながら、曖昧な笑顔で頷く。

「啓一郎さんは今、新薬の研究発表? ……学会でしたっけ、それに参加するために関西の方へ行っていまして……」

「へー、相変わらず真面目だな」

 まるで話には興味がないのか、相槌を打ちながらも全身を舐るような視線を感じる。
 
「紗雪さんってほんとスタイルいいよね。顔も儚げで美人だし。俺、実の所初めて会ったときめっちゃ綺麗な人だなって思ったんだ」

「はぁ、そうですか……」

「だからさ、蓮見先生の奥さんだって聞いてめちゃくちゃ残念だったんだよな。せっかくタイプの人が目の前に現れたのに他の人のものだったなんて」 
 
 口ではそう言ってても顔は少しも残念そうには見えない様子に気持ち悪さを感じる。
 どちらかと言えば品物を見定めるような目つきをしており、人妻に向けるような視線ではないと内心思った。

「……紗雪さん、今日は何できたの? 車? それとも歩きかな?」

「えっと……バスと電車で」

「それじゃあさ、よければ俺の車に乗ってかない? その荷物結構多そうだし、持って帰るのも一苦労でしょ? 乗ってけばそんな苦労なんてしなくてもいいし、一石二鳥じゃない?」

 下心が満載の誘い文句に対し、流石に断るべきだと思った私は冷や汗をかきながら口を開いた。

「いいえ、大丈夫です。ご心配くださりとても嬉しいんですけど……この後友人と約束しているので……」

「そう。…………それならその友人がいるところまで送ってくよ? 歩きだと大変でしょ? 事故で怪我をした悲劇の元バレリーナの紗雪さん」

 どくり、と心臓が跳ねた。

 どうしてそれを知っているのか。

 冷静に考えて、この人は元々私のことなどすべて知っていたのだと理解する。

 名前を忘れたふりをして聞いてきたこともすべて芝居だったのだ。
 軽薄そうな見た目とは別に、梅本は狡猾な人間なのではないかと恐怖する。

 血の気が引き、顔を青ざめさせながら肩を震わせていると梅本の手が腰に回されるのを感じた。
 避けなければと心では分かっているはずなのに、恐れを感じた私はその場から動けなかった。

「俺の父親って医学会に結構影響力持ってる人なんだよね。紗雪さん、一緒に来てくれないと……蓮見先生がどうなるか分かってる?」

 身がすくみ、ガクガクと体が震える。
 頭は真っ白になり、気持ち悪さと嫌悪感でどうにかなりそうだった。
 
 それでもどうにかしてこの場を切り抜けなければと焦る。
 だが焦れば焦るほど何も思い付かず、どうすればいいのか分からなかった。

 そんなとき──。

「センパイに触らないでください」

 よく見知った声の主に顔を向ける。
 長谷川くんだった。


  
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