【完結】スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜

雪井しい

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26.和解

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 私と啓一郎さんはあのとき──初めての告白と失恋を同時に味わった時も同じようにソファへ腰掛けていた。

 啓一郎さんが冷蔵庫から取り出してグラスに入れてくれた麦茶の中の氷がからん、と音を立てる。

 水滴のついたグラスを手に取り、私は一口含んだ。
 初めに切り出したのは啓一郎さんだった。

「あの時は……本当にすまなかった。紗雪を傷つけてしまって」

「それはお互い様です。最初からこの結婚は好きあってしたものじゃなかったし……私も一人盛り上がって──」

「違う!」

 遮る声に私は視線を啓一郎さんに向けた。
 啓一郎さんはなぜだか今にも泣きそうな、そんな顔で私を見つめる。

 その瞳には愛しさが含まれているようで──。

 私は呼吸が苦しくなり、視線を下へと向けた。

「こっちを向いてくれ、紗雪」

 啓一郎さんの乞うような声が聞こえて、ゆっくりと視線を向けた。
 相変わらずの愛しいものを見るような瞳に胸が張り裂けそうだった。

 この数日、何度啓一郎さんは私のことなど愛していないと繰り返しただろうか。
 それでも自惚れてしまいそうな自分を恥ずかしく思った。

 啓一郎さんは私の手を掴み、自分の頬に寄せた。温かい頬に愛しさが募る。

「あのとき謝ったのは紗雪の好きだと言う気持ちを断ったわけじゃない。俺はすごく……生きてきた中でこれ以上ないほど幸せだったし嬉しかった」

「で、でもどうして……それなら……」

 緊張しているのか、悩むように眉を寄せていた啓一郎さんは「聞いてくれ」と言って自分のことを語り出した。

 私の舞台を見たときの気持ち、見る前の生き方、担当医になってから気持ちが溢れて止まらなかったこと、そして──妹さんとの過去。

 特に妹さんの件に関しては衝撃が大き過ぎで、これを啓一郎さんひとりでずっと抱え込んできたことにどうしようもない悲しみを覚えた。
 私がそのときそばにいれたなら、こんなに苦しむ前にどうにかして支えてあげられたはずなのに。

 気づけば涙を流していた。
 そのときの啓一郎さんの深い悲しみややりきれない後悔を考えると、溢れる涙を止めることはできなかった。

「泣かないで、紗雪。ありがとう、俺の分までいっぱい泣いてくれて」

 そう言って頭を撫でてくれた啓一郎さんはいつも通りの姿で。
 愛しさが溢れてきて、私はこの人のことが心底好きなんだなと改めて実感した。

 啓一郎さんの優しさは自身の悲しみを乗り越えた上にあるものだと思うと尊くて。
 私は気付けば抱きしめていた。

「……っ紗雪…………ありがとう…………」

 涙を堪えるような声に私は今以上に力を入れて腕を回す。
 啓一郎さんも優しく、そして力強く抱きしめ返してくれた。

「私は死にません。啓一郎さんに愛されてるって分かっても、これからあのときの事故以上に辛いことがあったとしても──決して自分から死を選んだりしません。だから大丈夫」

「うん、うんっ…………紗雪…………愛してる。俺はずっと君が大好きだった。だからこれからもずっとそばにいてほしい」

 胸に宿る幸福に私は泣きたくなった。
 これ以上の幸せなんてこの世にないと思えるくらいだった。

「はい、啓一郎さんのそばにずっといます。私も──啓一郎さんのこと愛してます」

 私たちはそうして久しぶりのキスをした。
 
 心が通い合った後のキスはとにかく甘くて切なくて。
 しばらくの間、私たちは何度も何度もキスをした。

 そうしていてふと、私の心にいくつの疑問が浮かび上がった。

「そういえば、啓一郎さん。あのホテルのとき……懇親会の……あのとき私にえっちなことしたじゃないですか。どうして最後、謝ったんですか?」

「あれ聞こえてたんだ……」

 そう言って啓一郎さんは気まずそうに笑った。
 疑問はまだある。

「それに最後までしなかったじゃないですか? どうしてかなってずっと疑問に思ってたんです。私に……私の身体が貧相だから……あんまり興奮しなかったのかなって……」

「それはない」

 きっぱりと断言した啓一郎さんに目を丸くする。
 恐ろしいほど前のめりになって否定する姿に及び腰になる私。

「あのとき謝ったのは、酔ってる紗雪に酷いことしちゃったって後悔したから。正気じゃないって分かってたのに、紗雪があんまりにも可愛すぎて抑えきれなくなった自分が恥ずかしくてさ」

「そ、それじゃあ、最後までしない理由は?」
 
 質問の答えに羞恥心を感じた私はもう一つの疑問をぶつける。
 絶対に今、自分の顔は真っ赤だろう。

「それはさ……紗雪にプロポーズしたときって、ある弱っているところに漬け込んで無理矢理って感じだったからさ。俺、ずっと罪悪感があって……紗雪の人生歪めちゃったかなって」

「歪めてなんて──」

「それに紗雪に会う前まではいろんな女と……その……寝てきてたから。抱いたら紗雪のこと穢すんじゃないかって思ったんだ。紗雪は俺の……天使だから」

 以前、私の足に触れながら『天使の足』だと言われたことがあったが、何かの比喩なのかとずっと思っていた。
 天使のように軽やかだったとか、そんな感じのものを想像していた。

 だが、啓一郎さんにとって私は『天使』なのだと言う。
 海外で長く生活していたせいか、流れるように口にする啓一郎さんに私は顔を赤らめる。

 こんなに真正面から言われてどうすれば平静でいられるのか、誰か教えてほしかった。


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