【完結】スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜

雪井しい

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24.ステファニアの過去

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 苦しい。
 喉がいがいがする。

 そう思った私の視界に最初に映ったのは見覚えのない天井。
 視界がぼんやりとするなと思い、私は身体を起こした。

「そうか、そういえば昨日……」
  
 自宅を飛び出してきた。
 スマートフォンや財布すらなかった私は雨に打たれながらぼんやりと街を歩いていた。

 次第に頭ががぼんやりとしてきたとき、私に話しかける声があった。

「ちょっと、あなた……もしかして紗雪?」

 それは以前若手医師たちによる交流を図る場にいたステファニアさんだった。
 彼女はそばに停めてある車からおり、傘を差しながら私の方へ歩み寄ってきた。

 何か話しかけられていた気がしたがぼんやりとした頭では理解できず、次第に視界が歪んでいき。

 そこからの記憶がなかった。

「あら、気がついた?」

 部屋の扉を開けて入ってきたのは見覚えのある金髪の西洋人、ステファニアさんだった。

 私は冷静になって状況把握に努めた。

 おそらく雨に濡れてしまって私は風邪をひいたのかもしれない。そのせいか今も頭がはっきりしない、喉に痛みを感じる。
 そして目の前で倒れてしまった私をステファニアさんが助けてくれたのだろう。

「そ、その……ご迷惑をおかけして申し訳ありません!」

 私はベッドの上で深々と頭を下げる。
 
 突然大声で頭を下げた私にステファニアさんは驚いたようだった。

「そんなの気にしないで。それより体調は大丈夫? 昨日の夜、結構熱出てたから心配だったの。雨の中で突然倒れたからびっくりしちゃったし……あ、あと紗雪の家が分からなかったからうちに連れてきちゃった」

「ほんとすみません。体調は……大丈夫です」

 心配をかけるのも忍びなく、回復してはいないが大丈夫であると主張した。
 しかしステファニアさんは私の顔をじっくりと眺めたあと、腕を組んで頬を膨らませた、ら

「……嘘ね。まだ顔が少し赤い。風邪薬持ってくるからそれ飲んでもう少し寝てなさい」
 
 そう言って無理矢理私をベッドに寝かせてから薬を取ってきてくれた。
 感謝の言葉を伝えてからそれを飲むと、徐々に眠気が襲ってきて。
 私はそのまま眠りについた。

 次に起きたときはすでに午後5時を回っていた。
 しっかりと体を休めたおかげかすっかり風邪も良くなり、ステファニアさんとお話をした。

 どうやら昨日、私が眠っている最中に啓一郎さんがステファニアさんのところ──もとい熊沢さんの家を訪ねてきたのだが、追い返したと。

「あんなところをずぶ濡れで歩いてるなんて絶対何かあったらと思ったからさ。自宅にも帰ってないところを見ると旦那となんかあったんだろうなって予想ついたから、ワタシが夫に言って追い返したの」

「気を遣っていただいてありがとうございます。啓一郎さん──夫には今は会いたくないので……」

   私がそう告げるとステファニアさんは特に内容も聞こうとせず、もし帰りたくないのであれば気が済むまでここにいても良いと優しく言ってくれた。

「ワタシもよく旦那と喧嘩して数日帰らないこともあったしさ。一緒に暮らしてると色々嫌な面も見えてくるし、一人でもやもやするくらいなら数日離れて頭を冷やしたほうがずっと良いって気づいたの」

 そう言ってウインクをしてきたステファニアさんはとても美しかった。
 憧れの人の家にいつまでもいることは畏れ多かったが、そのご好意に甘えさせてもらうことにした。

 なにせ今は啓一郎さんの顔を見て冷静でいられる自覚がない。
 ただフラれただけなのに子供みたいだなと自虐的になりながらも落ち着いていられたのはステファニアさんのおかげだった。

「この部屋はゲストルームだからいつまでも使ってて大丈夫よ。ご飯はお手伝いさんが来てくれるから下のダイニングで一緒に食べましょう」

 まるで友人が泊まりに来てくれたときみたいにワクワクすると、楽しげに話しているステファニアさんを見て私も嬉しく思った。

 ここにいる時間は啓一郎さんのことを忘れることができた。

 そんなこんなで2日が経ち、その日、ステファニアさんに突然こんなことを持ちかけられた。

「紗雪、よければワタシのバレエスクールに一緒に来てみない? 実は場所が自宅の離れなの」

「離れにバレエスクールがあるんですか?」

 私は驚きで目を丸くした。
 昔通っていたバレエスクールも先生の自宅に隣接する練習場で開かれていたが、まさか敷地内に離れを作ってそこを練習場にするとは。

「そうそう! 週に4日、主に学生たちの指導をしてるの」

「そうなんですね。でもステファニアさんくらいのバレリーナであれば、有名バレエ団の講師へのお誘いとかたくさん来たんじゃないですか? それなのにどうして……」

 初めて会った際、バレエスクールの講師をしていると聞いて最初に思ったことだった。
 なぜ彼女はプロではなくアマチュアを対象にバレエを教えているのだろうか。
 
「うーん、元々は引退したときにすっぱりとバレエをやめようと思ってたの。ワタシ、そのとき──あの引退公演のとき妊娠してて」

 突然の告白に私は個人的なことを聞いてしまったかと罪悪感を覚えた。
 けれどステファニアさんは気にするそぶりもなく続ける。

「でもそのときの子は流れちゃった。それに元々ワタシ妊娠しにくい体質で、この子が駄目だったらもう二度と子供を産めないかもしれないって言われてた。すごく悲しくて何日も何週間も何ヶ月も泣いた。それで泣いたあと決めたの。……子供達にバレエを教えようって」

「……っ」

 私は何もいえなかった。
 何も思いつかなかった。

 ステファニアさんは私に同情を求めているわけではないだろう。
 口調からはすでに自分の中でケリのついた話で、今は前向きに頑張っているということが伝わってくる。
 ぎゅっと口を閉じ顔を俯かせていると、ステファニアさんの腕が伸びてきた。

「顔を上げて、紗雪。まあこういう事情なんだけど……何が言いたいかっていうと、何かを失ったとしてもそれに変わる何かを見つけられるのが人生ってものよ。立ち止まって殻に閉じこもってたんじゃ、なんにも見えてこない」

「そう、ですよね……」

「だからさ、その殻を破るためには色々行動してみなきゃ! ってことで、一緒に見学に行きましょう!」

 ステファニアさんはにこにこと微笑みながら、私を離れへと引っ張って行く。
 私はそんなステファニアさんを見て、私ももこんな人になりたいなと漠然と思った。


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