【完結】スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜

雪井しい

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23.バーにて 啓一郎side

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 力なくソファへと腰掛ける。
 ただ無気力で、弱い自分が恨めしかった。
 そうして俺はしばらく頭を抱えていた。

「……?……電話か」

     机の上に置いてあったスマートフォンが突然なり、俺はふと顔を上げると視界に時計が入った。

「俺は1時間もこうしてたのか」

     すでに夕食の時間だった。
 本来ならば紗雪と共に外で楽しく食事を取る予定であるはずだったのに。

 電話はまだ鳴り続けていた。
 俺は苛立ち紛れにそれを取り投げつけようとするがふと我に帰る。

 こんなことをして何になるのか、と。

 俺は手に取ったいまだなり続けるスマートフォンの画面を目的もなく見る。

 着信相手は熊沢だった。

 このタイミングで一体なんだと言いたくなったが、どこか漠然とした不安を感じて画面をタップし電話に出る。

「……………」

「もし~熊沢だけど~。おーい、聞いてる啓一郎?」

     妙にハイテンションな熊沢に煩わしさを感じたが、出てしまったのは仕方がないと返事をした。

「なんだ、こんなときに」

「ごめんごめん、なんかタイミングで悪かった? 許してちょ! で、早々にアレなんだけどさ…………お宅のお姫様預かってるよ。だから心配しないでと伝えたかっただけ。それじゃ」

「……っおい!」

     突然の言葉に俺は声を上げたが、電話すでに『ツーツー』と耳障りな音を立てていた。

 俺は慌てて立ち上がり、玄関を飛び出す。
 外は雨が降っており、傘を持ってない紗雪は雨に打たれている可能性があると慌てる。

 俺は急いで車にエンジンをかけ、熊沢宅へととばす。

 紗雪に会って一体どうしようというのか。
 誤解を解き、自分は紗雪を愛しているとこの口で伝えるのか。

 俺はまだ躊躇していた。
 紗雪に愛の言葉を伝えて、春佳と同じような運命を辿ってしまうことになれば──。

 心は決まってなかった。
 けれども家でじっとしていることもできずハンドルを強く握りしめ、進行方向を睨みつける。
 この日に限って信号は赤ばかりで、俺は運命に呪われているのではないかと自虐した。

 しばらく車をとばし、熊沢宅の前に車を止める。
 彼の家は都内の住宅街の一軒家で、インターホンを押す。

 しばらくするとガチャリと扉が開き、熊沢が顔を覗かせた。

    俺は焦燥感とともに熊沢の胸ぐらを掴んだ。

「おい、紗雪はどこだ!」

「ちょ、ちょっと落ち着けよ。奥方は奥にいる。今はステファニアに見られてぐっすり眠ってるから」

 言葉を聞き、俺は安堵からか力を無くしたように腕を下ろした。

 視線は熊沢のまま、疑問を含んだ視線をぶつける。

「なんで奥方がここにいるのかって目つきだな。答えは簡単! 拾ったからさ! あ、ステファニアがな」

 俺は「拾っただと?」と言いながら含んだ視線で睨みつけた。

「そう睨むなよ。ステファニアと一緒にラブラブなデートしてたらさ、ずぶ濡れで道に倒れ込む奥方見つけちゃって。まあ放って置けないじゃん?」

    紗雪は雨に打たれていたのか、風邪をひいていないだろうかと気がかりだった。
 だがそれもすべて自分のせいなのだと考えると後ろめたく、とてもじゃないが言葉にできない。

 それを横目で見た熊沢は続ける。

「まあ俺が聞くのもアレだったからほとんどステファニアに任せたんだけどさ…………啓一郎、お前奥方になんしたのか?」

     いつもは明朗で比較的天真爛漫とも言える熊沢は神妙な様子で尋ねた。
 俺は言葉に詰まり、下を向く。
 
 すると熊沢は突然。

「んー、まぁこういうときは飲みに行こう! 奥方はステファニアに任せてさ」

    無理矢理俺の腕を掴み、自宅前に停めてあった俺の車の運転席に乗り込む。
 鍵くれと言わんばかりに腕を出され、渋々それを渡した。

 10分ほど車を走らせ、熊沢に連れてこられたのはビル街にあるバーだった。
 日本に帰国してからは仕事が終わってから直帰していたため、こういう店はあまり詳しくない。
 以前はよく一人で飲みにいくことが多かったが、紗雪が待っていると考えるだけで店に行く気は失せた。

「んで、何があったんだ? お前がそんな顔してるなんて初めて見たぞ? いつもはいかにも王子様って面してにこにこしてるくせに。腹の中は真っ黒黒なんだがな!」

     注文したマティーニを口に含んだ熊沢はニヤついた笑みを浮かべて顔を覗き込んでくる。

 俺は視線を逸らし、大きく息をついた。
 
「好きだって言われた。でも色々事情があってごめんって謝って。それで紗雪はそのまま家から飛び出してって──」

「酔っ払ってないのに支離滅裂! まあ要するにすべてお前が悪いってことだね。どんな事情があるにせよ、お前は奥方と結婚してる。それで好きだって言われて謝るなんて最低最悪の男がするもんだな」

     ぐうの根もでず、俺は手元のギムレットを一気飲みした。
 今は少しでも酔いたかった。
 けれどいつまで経っても酔いは来ず、心はやるせなさでいっぱいだ。

「啓一郎が一体何に悩んでるのか分からんけどさ。お前、自分のことあんまり喋らないし。でも一つだけ言えるのは、人を救えるのは人しかいないってことだ」

「人を救えるのは人しかいない……」

「そうそう! まあだからその悩みを全部奥方にぶちまければいいって話。一人で悩むより二人で悩んだ方がいいって話だ。……そんなことも分からないなんて、啓一郎って意外とコミュ障なんだな!」

    熊沢はそう言ってガキ大将のように大口を開けて笑い、憂愁の漂う俺の背中を叩いた。

 小さく「俺だって色々あったけど、今は前向きに頑張ってるから、お前も頑張れよ」と少し遠い目をする熊沢に一瞬驚く。

 俺は瞼を閉じて紗雪の微笑む顔を思い出した。

「…………たしかに……そう、だよな。熊沢にアドバイス貰うなんて、天変地異でも起きるかもしれないな」

 そう言って以前のように笑いあう。
 第三者目線を聞いたおかげで少しだけ光明が見えた気がする。
 今まで俺はどうして紗雪にすべて打ち明けなかったのかと今更ながら後悔した。

 俺はハッピーエンドが好きなんだ。
 だから紗雪と会って話そう。

 そう決めて新しくバーテンダーの出したスコッチを口に入れた。


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