【完結】スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜

雪井しい

文字の大きさ
上 下
22 / 44

22.愛の言葉とトラウマ 啓一郎side

しおりを挟む

 
 俺には妹がいた。
 名前を春佳と言い、よく俺のことを『おにい』と言ってついて回ってきた可愛い子だった。
    だがその妹は俺が10歳の頃、難病にかかった。
 その当時、春佳は6歳。
 ちょうど小学校に入学したばかりで、新品のランドセルを背負い誇らしげに学校へ通っている。その最中だった。
 
 その難病というものが体の組織が死んでいき、次第に体が動かなくなっていくという病で、診断された時に未だ完治する治療方法が見つかっていないものだった。

 妹は病だと分かってからも挫けることなくいつも明るく笑っており、それだけでも俺たち家族は救われたような気持ちがしていた。
  
 だがやはり両親は当然のこどく嘆き、国中の名医を頼り、どこにでも出かけた。
 俺も少しでも春佳の生きる確率が上がるならばと、できることは少ない身ではありながら協力した。

 最初は足、そして腕と、動かなくなっていくと箇所が増えるに従い、春佳は逆によく笑うようになった。

 強がりだとは分かっていた。
 たった6つの女の子が自分の体が自分のものでなくなっていくだなんて恐ろしいだろう。

『春佳、絶対に良くなっておにいのお嫁さんになるんだから!』

 春佳はよくそう言って俺たち家族に心配かけないよう、いつでも前向きだった。
 
    俺も『そうだね、春佳は絶対よくなるよ。大丈夫、お兄がついてるから』と励まし続けた。

 けれど次第に春佳の笑顔は少なくなっていった。
 家で両親も泣き暮らすことも増えた。

 病は治らない。 
 どの名医でもそう言った。

 最初は治そうとしない医者たちに腹が立っていたが、あるとき泣きながら両親に謝る担当医を見て、俺は一体なにをしてきたんだと思った。

 彼らに比べて何もせず、できることといえば両親が遠出しているときに家事をしたり、春佳のお見舞いのための花を届けるだけだ。

 俺は無力感を覚え、もし神様がいるのならば春佳じゃなくて俺を連れて行ってくれと何度願ったことが。

 家族の中の太陽でもあった春佳はとうとう寝たきりとなり、口もほとんど動かなくなっていった。
 ごく稀に指や腕を動かせる日もあったが、その日は特に体調の良い日だけだった。

 それでも、あの日春佳は気力を振り絞り俺に伝えてきた。

『おにい、すきだよ』

 俺は涙が止まらなかった。
 俺も春佳の手を握り、良い兄であろうと優しく微笑む。

『俺も春佳が大好きだよ』


    春佳の表情はすでに変わらない。
 顔の筋肉すらうまく動かすことが出来なくなっているのだ。
 それでも春佳は喜んでいると俺には分かった。
 

 そして次の日、いきなり容体が急変し、俺が病院に着く前に春佳は亡くなった。
 確かに病状は最悪ではあるが、症例からまだ市の段階ではないと医者から説明を受けたばかりだったのに。

 最後に春佳と言葉を交わしたのは俺だった。
 そのとき俺は思った。

 ──もしかして春佳は俺に好きだと伝えたことによって思い残すことがなくなったのではないかと。

 俺も大好きだと告げたあの時の瞳。
 恐ろしいほど澄んでおり、迷いのない目だった。

 春佳は大人並みに勘のいい子だった。
 だから知っていたのかもしれない。

 父も母も仕事の合間に治せる医者を探すために四方八方へと行き、休む暇がないほど動き回っていると。
 それによって顔色は常に青ざめ、穏やかだった母は家で泣き喚くことが多くなり、父は無口になった。

 暖かかった家庭がバラバラになりつつあったと。

 病院に着いた俺は春佳の遺体と対面した。
 ふっくらとした頬は痩けており、さらに傷がついている。
 おそらく呼吸が苦しかったせいで、力を振り絞って掻いてしまったのかもしれない。


 俺はこのままふらりとどこかへ行こうと病院の廊下に出た。
 そのとき、近くで話し声が聞こえた。

『────ということがあって、これをお父様にお伝えしなければと思いまして……』

『そう、ですか……妻には話せませんね』

     その声は俺の父親と春佳の主治医の話し声だった。
 二人はこっそり影で話しており、母には話せないという言葉に引っかかりを覚え、聞き耳を立てる。
 
 今思えばこのとき話を聞いていなければここまで後悔することはなかったと思う。
 だが、俺は聞いてしまったのだ。

『春佳ちゃんが自分から酸素マスクを外していました。あの子の病状では、すでに呼吸をする筋肉さえ弱ってきているのでそれがなければ──』

     呼吸が止まった。

 春佳は自分から酸素マスクを取った?
 なぜ、一体どうして?

 俺の脳内には疑問が湧き上がる。

『おそらく体調が凄くいい日だったんでしょう。…………誰かが春佳ちゃんのマスクを取った可能性も当初は考えていたのですが、あの病室には鍵がかけられていました。それに、マスクの紐を外すために引っ掻いた傷が頬にあり──』


    どうやら俺の妹は自殺だったらしい。

 ただ一つ分かるのは、最後に春佳と会話したのが俺だったということ。
 そして俺が『大好き』だと告げたとき、瞳の奥には幸福と──そして覚悟があったということだった。

 そう。
 春佳は俺が愛を告げたせいで──死んだのだ。 
 自分のせいで家族がバラバラになって行くと追い詰め、覚悟を決めさせてしまった。

 もっと生き汚く生き続けてくれたほうがよかったのに。  
 自分のことを重荷になっているのだと責め続けていたのだろう。春佳は優しい子だったから。


 俺は聞いたことを誰にも話さなかった。
 父は周囲の人間には死因を病死であると伝えていたし、母もそれを信じていた。
 精神的に参り始めていた母に伝えるのは酷だからと考えたのか、春佳の覚悟と名誉を守るためだったのか理由はわからない。

 だけれどその秘密は俺の心に消えない傷を残し続けている。

 だから俺は紗雪に対し、『好きだ』『愛している』と伝えることができなかった。

 仮に俺が伝えたとして、それによって紗雪が現世に満足して儚くなってしまったら。
 同じような道を選んでしまったらと思うと何もいうことが出来なかった。
 
 紗雪はどこか春佳に似ている。

 自分の弱さを隠そうとするところや、大好きな物事に対し一途なところ。
  

 紗雪への求婚は弱った心に漬け込んだものだったので、同時に罪悪感もあった。
 自分のことを愛して欲しいという気持ちがなかったかといえば嘘になる。

 だがそれよりも紗雪の近くにいたい、そばにいて欲しいという一方的な気持ちばかりを押し付けていて──。

 
     俺は紗雪が出ていったリビングで一人立ち尽くしていた。

「ごめん、紗雪……弱くて本当にごめん」

     口から漏れるのは謝罪の言葉ばかりだった──。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

ワケあって、お見合い相手のイケメン社長と山で一夜を過ごすことになりました。

紫月あみり
恋愛
※完結! 焚き火の向かい側に座っているのは、メディアでも話題になったイケメン会社経営者、藤原晃成。山奥の冷えた外気に、彼が言い放った。「抱き合って寝るしかない」そんなの無理。七時間前にお見合いしたばかりの相手なのに!? 応じない私を、彼が羽交い締めにして膝の上に乗せる。向き合うと、ぶつかり合う私と彼の視線。運が悪かっただけだった。こうなったのは――結婚相談所で彼が私にお見合いを申し込まなければ、妹から直筆の手紙を受け取らなければ、そもそも一ヶ月前に私がクマのマスコットを失くさなければ――こんなことにならなかった。彼の腕が、私を引き寄せる。私は彼の胸に顔を埋めた……

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

処理中です...