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19.告白と失恋
しおりを挟む私が帰宅したのは夕方だった。
今日の啓一郎さんは早めに帰れるとのことで、家に辿り着いたときにはすでに彼はリビングのソファに座っていた。
私を見つけるとソファから立ち上がり、こちらへと足を向けてくる。
「おかえり、紗雪」
私は「ただいま」と返した。
いつもと同じの挨拶ですら、緊張で声が震えてしまう。
今日はバレエ団の見学へ行くということを事前に伝えていたため、帰りが遅めだったことについてはなにも指摘されなかった。
夕食は外に食べに行くと決めていたため、啓一郎さんの装いは部屋着ではなくカジュアルな私服だ。
まだ外食しに行くまでには時間があったため、家で過ごすことにする。
今日は少し前に録画予約をしていた面白そうな映画をソファに並んで観ることにした。
隣には啓一郎さんの肩。
私はここで彼に好きだと告げようと決めていたが、ここに来て弱気な心が出てくる。
録画したアクション映画には全く集中できない私は啓一郎さんはばかり意識している。
隣でそわそわしていることに気が付いたのか、啓一郎さんは気遣わしげな視線を向けた。
「大丈夫? もしかして映画楽しくなかった?」
違うと首を振り、私は啓一郎さんの服の袖を掴んだ。
緊張で手が汗ばみ、心臓は弾けてしまいそうなほど早鐘をうっている。
それを甘えた素振りだと勘違いしたのか、啓一郎さんは私の手を取り指を絡める。
「あっ……手汗が」
「緊張してるの? 可愛いね」
気にした風もなくより強く握りしめた啓一郎さん。
私は恥ずかしいので手汗を拭わせて欲しいと願ったが、彼には却下されてしまった。
手を繋ぎ、まるで愛し合っている夫婦のような理想の姿に胸が刺すような痛みを訴える。
曖昧な言葉で逃げては駄目だ。
きちんと伝えて自分の心を整理しなければ、私は二度と前に進めない。
気づかれないように小さく深呼吸をし、私は心にずっと抱き続けてきた思いを告げようと決める。
あの日、怪我をして傷ついた身体と心を労ってくれた温かい手。
一緒にリハビリを頑張ろうと励ましてくれた言葉。
私は気づいたのだ。
あのとき、私はすでに恋に落ちていたということを。
引き伸ばし続けてきた『好き』を伝えるため、私は口を開く。
「啓一郎さん、聞いて欲しいことがあります。私……………………啓一郎さんのことが好きです」
そう言って私は瞼をぎゅっと閉じた。
恥ずかしすぎて啓一郎さんの顔を見ることができなかった。
人生初めての告白で、こんなに心細い気持ちになるなんて思いもしなかった。
じっと反応を待つ。
だが、啓一郎さんは一切なにも言わない。
私はおそるおそる閉じていた瞳を開こうとしたそのとき────。
「ごめん」
呟きが聞こえ、私はゆっくり目を開ける。
いま、私は謝られた。
どうして。
一体なにを。
動揺し、繋いでいた手が離れる。
啓一郎さんの手は先ほどとは比べ物にならないほど力が入っていなかった。
「啓一郎さん……ごめんって……」
「すまない…………俺、は──」
謝る啓一郎さんの顔に視線を送る。
なにも考えられなかった。
啓一郎さんは顔を青ざめさせている。
沈黙が部屋を満たしていた。
ほろりと何かがこぼれ落ち、私の太ももを濡らす。
自身の顔に触れると頬が濡れていた。
「……っ」
青ざめながら私を見る啓一郎さんは息を呑んだ。
濡れた指先を見る。
私はどうやら泣いているらしい。
それに気づいた私はソファから立ち上がった。
次々と溢れ出る涙を見られないよう、啓一郎さんに背を向ける。
私はそのまま歩き出す。
「待ってくれ! 紗雪っ!」
後ろで声が聞こえる。
もう、どうでもよかった。
私は自宅を出て、足早に歩く。
とにかくはやくどこか遠くへ行きたかった。
しばらく歩き続けると、無理して酷使をしているせいか少しずつ足に痛みを感じるようになってきた。
それでも足よりももっと痛いものがあった。
──心が痛くてたまらなかった。
心と比例するように涙が溢れて止まらず、思わず道端にしゃがみ込んだ。
通行人が何事かと視線を寄越してくるが気にならなかった。
そうしてしばらく泣き続け、私はようやく理解した。
──私は失恋したのだ。
私の『好き』に対し謝ったということは、啓一郎さんは私のことが『好き』ではなかったのだ。
私の初めての恋は叶わなかったということ。
よく《初恋は叶わない》というが、あながち間違いではなかったということだろう。
告白してくれた長谷川くんは本当にすごいと思う。
こんな気持ちを味わいながらも私を応援してくれた。
「私も……もっと強ければ……」
気づけば天候は雨に変わっていた。
歩く人々は傘を差し、水溜りにネオンが反射している。
私は濡れるのも気にせずにぼんやりとそれを眺めていた。
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