【完結】スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜

雪井しい

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18.私は恋してる

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 考えたことがなかった。
 いや、ずっと考えないようにしていたのだ。

「わたしは……」

    好きだとかの恋愛感情なんて分からない。
 ずっと昔から恋なんてしたことがなかったし、興味すらなかった私は学生時代に告白されても断るばかりで。

 どうしてみんな人を好きになるのだろうと思ったものだった。

 それを言うといつもみんなこぞって『可哀想』だの『子供だね』と馬鹿にされたような気持ちになって、そんなに恋なんていいものなのかと考えたものだ。

 もちろん家族のことや友人のことは好きだ。それだけじゃダメなのか。

 それが今では啓一郎さんの側にいるだけで心臓が高鳴り、彼の一挙手一投足に振り回され続けている。
 顔を近づけられれば赤くなり、バレエで男性ダンサーと密着して踊ることもあったにも関わらず、慣れない子供のように落ち着きを無くしてしまう。

「センパイ?」

     長谷川くんの声が聞こえ、私ははっと顔を上げる。
 質問にどう答えればいいのか考えている間に心配させてしまったのかもしれない。

 けれど、どうしても言えなかった。
 もし『好き』だと口にすれば、それが真実として根付き、私は以前にもまして啓一郎さんに惑わされてしまうだろう。

 啓一郎さんは私のこと一度も好きと言ってくれたことはないのに。

「私……好きなんかじゃない。結婚だって好きだったからしたわけじゃなくて──」

「嘘ですね」

     自分の気持ちを否定する私を咎めるように長谷川くんは割り込む。
 真実を見通すかのような鋭い目線にぐっと息を呑んだ。

「オレ、ずっとセンパイのこと見てきたから知ってます。結構我慢強いところとか、普段は素直な割に、たまに強がるとことか」

「そんなことっ」

「だってオレ、センパイのこと好きですから。昔から、もちろん女として」

 一瞬、時が止まったように沈黙が流れる。
     予想外の告白に動揺した私は口をぱくぱくとさせるが、言葉が出てこない。

「見込みがないのなんて分かってます。第一センパイは人妻ですし、オレ略奪愛とかそういうの苦手なんで無理やりどうこうしようと一切考えてないんで安心してください」

「…………うん、ありがと」

     たった今告白をしたというにも関わらず、長谷川くんの様子はクールなものだった。
 言葉の甘さと態度のクールさの、二つの寒暖差に眩暈がしてきそうだった。

 告白には戸惑いが大きく、恥ずかしいだとか嬉しいだとかの感情はついてこなかった。
 けれど自分の気持ちに素直になり、それを相手に伝えることは大変なことに違いない。

 私はそれが出来ず、ずっと立ち止まっているのだから。

    それゆえに私は長谷川くんのことを大いに尊敬した。

 叶わない恋だと分かっていてもなお、自分の気持ちにけりをつけるためか、はたまたただ想いを伝えたかっただけなのかわからない。
 それでも心が傷つくと分かっていながら自分の中にある真剣な気持ちを届けることは困難なことなのだ。

 私は彼にまるで背を押されたように感じた。

 もっと素直になって、自由に生きるべきだと伝えられたような気がした。

 だからこそ、私は長谷川くんの前で嘘をつくことは出来ない。

「ごめんなさい。私────夫のことが、啓一郎さんのことが好きだから。長谷川くんの気持ちには答えられない。だから本当に、ごめんなさい」

「…………頭を上げてください」

     言葉と同時に頭を下げた私に向かって長谷川くんは言う。
 頭を上げて長谷川くんの顔を見ると、何故だかスッキリしたような表情をしていた。

「よかった、センパイがきっぱり振ってくれて。そうじゃなかったらオレ、諦めきれないっすから」

「うん、長谷川くんの真剣な気持ちが伝わってきたから、誤魔化しちゃいけないことだって分かった。……ねぇ、無神経な質問かもしれないから答えたくなかったら答えなくてもいいんだけど…………どうして今告白することにしたの?」

「簡単なことです。オレが諦めたかったから。あと、センパイにはもっと楽な生き方してほしかったから」

     楽な生き方なんて、つまり私は楽じゃない生き方をしていると言うことだろうか。

 疑問を抱きながら長谷川くんに視線を向ける。

「あの温泉地のとき、確かにお二人は夫婦だっていってて旦那さんの方は自然だったけど……センパイからはどこかぎこちない感じを覚えたんすよ。だからもしかして二人ってなんか訳ありなのかなって」

     鋭い指摘にグッと喉を鳴らす。
 あの短時間でよくそこまで見抜けたなと感心していると、長谷川くんは続けた。

「さっきの言葉──旦那さんのこと好きなんかじゃないって言ってたとき、もしかしてセンパイってまだ好きだって伝えてなかったのかなって思ったんですが当たりですか?」

「……今日はやけに饒舌だね?」

「色々吹っ切れたんで」

     バレバレなことを憎々しく思いながら、私は啓一郎さんのことを思い浮かべた。

 いつも『可愛い』と言って甘やかしてくれる素敵な旦那様は一度も『好き』だと言ってくれたことはない。
 
 考えれば私のことなど好きではないかもしれないのだ。
 だから好きになってくれるまで待つ?
 それから私も好きだと言う?

 ……そんなんではいつまで経っても気持ちを伝えることができず、永遠にもやもやした心を持て余し続けなければならないかもしれない。

 それではダメだ。
 だとしたらどうするか。

 今さっき告白してきた目の前の相手を見る。私はその言葉に勇気づけられたのだ。

 であれば私も。
 
 ──今日、私は啓一郎さんに好きだと伝えよう。

 そう決めて拳を強く握り締めた。


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