【完結】スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜

雪井しい

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17.バレエ団の見学

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 長谷川くんの紹介で私は彼の所属するバレエ団の見学へと向かう。
 今日はその日だった。
 約束の時間は午後3時。

 直接バレエ団の建物の前に来て欲しいと言われた。

「センパイ、お待たせしました」

「ううん、私も今来たとこ」

     啓一郎さんは仕事だったためにタクシーを利用してきた私が先に到着したようで。
 
「それにしてもかなり大きい建物だね。看板も来る途中に何個もあったし、すぐわかったよ」

「よかった。歴史は古いわけじゃないですけど、今日本の中でもかなり勢いのあるバレエ団なんで。建物もつい2年ほど前に改築したんすよ」

     長谷川くんの言葉に相槌をうつ。
 そしてそのままバレエ団の講師の方や事務員の方々に挨拶をし、建物の中へと入った。
 
 どうやら今日は紹介して本人である長谷川くんが案内してくれるようだ。
 話を聞くと長谷川くんはこのバレエ団の中でもトップまではいかずともかなりいい役どころをもらっている期待の新人だそうだ。

 私の三つしか変わらない二十歳になったばかりなのにここまで実力のある新人はそういないと講師の方々も褒めていた。
 それを聞いていても隣に立つ長谷川くんはクールに受け流しており、相変わらずだなと内心笑う。

 彼は淡白そうに見えて、昔から実はかなりの努力家だった。
 一緒のスクールに通っていた頃から誰よりも練習場に早く到着し、誰よりも遅く帰る。
 オーバーワークになるよと言われてようやく練習をやめるほど、心の内は情熱的なのだ。

 講師の方と長谷川くんを伴い、練習場に足を踏み入れる。
 中ではすでに練習が始まっていた。

 皆一様に真剣な面持ちで励んでいる。
 足の先から指の先まで全神経を注ぎ、体を動かしていた。

「はい、次の組。フェッテいくよ。用意して」

     団員は自分の持ち場につき、ピアノの音楽に合わせてくるくると回転する。
 そして終われば、また次の組。

 どの団員も自分の姿が一番綺麗見えるよう鏡で確認しながらステップを踏む。

 私はそれを見て──愕然とした。

 そして疎外感も抱いた。

 未来に対する希望、少しでも上達したいと努力する気持ち、そしてなによりバレエを心から楽しむ心。

 それをみんな兼ね備えていた。

 けれど今の私にはそれらがない。

 正確にいえばすべて怪我と共に無くしてしまった。

 今あるバレエに対する感情は空っぽだった。

 私は踊っていて楽しいと思うことができなくなっていることに気づいたのだ。

 呆然としている間にも練習は終わり、見学もすべて終わる。
 講師方も色々とお話してくれたが、どれも右から左。まったく集中出来なかった。

 そのまま団をあとにし、長谷川くんに誘われるまま喫茶店へ入る。
 彼はどうやら私の異変に気づいたようだった。

「私、もうバレエできないかも」

     開口一番に発した私の言葉に長谷川くんが息を呑む。
 どうしてなのかと聞く長谷川くんに練習場で思ったことをぽつぽつと伝えた。

 長谷川くんはそれを聞いて黙ってしまった。
 私はそりゃそうかと内心思う。

 こんな話を聞いてなんで答えればいいのか分かる人なんていないだろう。
 あのとき──怪我をした時と同じくらい自暴自棄になりそうだった。

 くっと下唇を噛む。

「センパイの気持ちは……分かりました。たしかに怪我をしてそんなに日も経ってないのに決めるの難しいっすよね。…………無神経に誘ったりなんてしてすみません」

「ち、違うよ。長谷川くんのせいじゃない。これは全部私自身の気持ちの問題だから。それに誘われたのを了承したのだって私だし」

     私がそう言い募っても長谷川くんは暗い表情をしたままで。
 申し訳ない気持ちが溢れる。
 自分が切り出した問題なのに、長谷川くんを困らせてしまうだなんて情けなかった。

 私はなんとか場を切り替えようと、明るい声を作って離す。

「それにさ。私、結婚して今は一人じゃないから、なにが不安だったら啓一郎さんに相談できるし。ほら、長谷川くんも会ったでしょ?」

「……そうですね。旦那さんいますもんね」

「うん。ちなみに彼、あの大学病院に勤めてるから、もしかして沙彩ちゃんも知ってるかも」

     沙彩ちゃんの担当科は小児科なのか外科なのか分からないが、広いと言っても限界がある。
 もしかして顔を合わせたことがあるかもしれない。

 私がそう言うと長谷川くんは──。


「医者なんですね、旦那さん。……どこで出会ったんですか? 日本? それともフランスですか?」

「ええと……フランスで」

     なぜか啓一郎さんについての質問を始める。
 私は驚いたがそのまま流れに身を任せて応えた。

「担当医、だったんすね。……あの人、たしかに頭良さそうな感じしましたし納得です」

「うん、頭もいいし……あとすごく優しいからついつい甘えちゃって。……ってなんか惚気みたい……恥ずかしいな」

    啓一郎さんがいないところで彼の話をすることは初めてで、かなり照れを覚える。
 そんな私を見た長谷川くんは少しの間なにか考え込んだあと、間を置いてから話し出しす。

「…………センパイ、旦那さんのこと愛してるんすね」

「…………えっ?」

     まるで時が止まったように、私は表情を凍らせた。

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