【完結】スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜

雪井しい

文字の大きさ
上 下
8 / 44

8.結婚指輪

しおりを挟む
  

 夕食を取り終わり、私たちは各々露天風呂へと入浴した。
 啓一郎さんは冗談混じりに混浴しようと言っていたが、流石にそれは恥ずかしくて私は断固拒否したのだ。

 そのときのしょぼくれた顔は忘れられない。
 まるで母親に見捨てられた子供のような顔をしていた。
 見ていられなくなり、もし水着での入浴が可能だったらと私が言葉を漏らすと啓一郎さんは目を輝かせていた。

 ……選択を間違ってしまったかもしれない。
 
 内心そう思ったが、啓一郎さんの喜ぶ姿をみていると許してしまうものだから私はすでに絆されているのだろう。

 そうしている間にも太陽は日を落とし、夜を迎える。

 私たちは露天風呂の併設してあるとなりのバルコニーで外を見ていた。
 露天風呂ばかりに気を取られていたが、そのバルコニーからの眺めも感動するものだった。

 旅館周辺は自然あふれる森が広がっているが、ここからは遠くの街の光が見える。
 そして空には満天の星。
 澄んだ空気だからなのか、東京やパリで見た星の何倍も輝いているように感じた。
 
 景色を見ているとまたあの頃の記憶を思い出してしまう。
 けれど、パリで一人きりだった頃に比べて心は軽い。

 隣には揃いの浴衣を着た啓一郎さんが立っている。
 その横顔を見て、私の空っぽだった心はいまだけ満たされているように思えた。

「ねえ、紗雪」

「どうしたの啓一郎さん?」

「少し待ってて」
 
    そう言って一度部屋へと戻る啓一郎さん。
 いつもよりも少し硬く、私は不思議に思い目を瞬く。

 啓一郎さんが戻ってくると、なにやら右手に白い箱を持っていた。
 そして私の目の前でそれを開ける。

「これって……」

 私は息を呑む。

 そうこれは────。

「結婚指輪だよ。遅くなってごめん。特注で作らせていたから遅くなったんだ」

「……っ」

 言葉が出なかった。
 夫婦として籍入れたが、私たちは本当の夫婦なのかといつも不安に思っていた。
 
 けれど啓一郎さんはちゃんと指輪まで用意してくれていた。
 私の左手を取り、薬指にはめる。

 シンプルだけれど丁寧なつくりのリング。
 
 私はそれを空に掲げてる。
 自然と涙が溢れてきた。

 私たち夫婦がどういう関係なのかいまだよくわからない。
 恋人の延長線上でもないし、お見合いでもないし。
 
 だけれどこの指輪が啓一郎さんとの深い繋がりのような気がして。

 私は嬉しかったのだ。

「紗雪、これからも大切にするから」

「うん……ありがとう、ございます……」

 優しい抱擁に心が温まる。
 私は啓一郎さんの背に手を回した。

 甘くて苦い、清潔感のある大人の男性の香りがした。

「結婚式も年内にはやろう。俺、紗雪のウエディングドレス姿みたいな」

「……いいの?」

 私は手をほどき、至近距離の啓一郎の瞳を覗く。
 啓一郎は「もちろん」と言ってもう一度抱きしめる。

 私は左手の結婚指輪の存在をより強く感じた。

「良ければ俺にも指輪をはめてくれないか?」

 密着していた体が離れたあと、啓一郎さんは指輪ケースの中のもう一つのリングを渡してきた。

 私は頷き、そっと左手を握る。
 そして薬指にはめた。

 啓一郎さんは私の頭を引き寄せ、ちゅっと頭部にキスを落とす。
 再び啓一郎さんの香りを感じ、安心する。

 あの頃の心細さなど──もうなかった。


「そういえば私の指輪のサイズ……どうやって知ったの?」

「それは──企業秘密」

 口元に弧を浮かべる啓一郎さん。
 私が「なんでよ」と言って笑うと、釣られて啓一郎さんも笑う。

 とても幸せな時間だった。
 


 しばらく時間が経ち。
 指輪をもらった後、部屋に戻り少しダラダラとしたあと眠りにつく時間となった。

 この『空雲の間』には特上客室だという通り、部屋が複数ある。
 そのため私たちが食事をしている間に従業員の方が隣室に布団を敷いておいてくれていた。

 私はいつもと違う環境で眠れそうにないかなと思いながらも隣室へ移動する。

「それじゃあ……お休みなさい、啓一郎さん」

「おやすみ紗雪」

 並べてある布団の一つに潜り込む。
 隣には啓一郎さんが布団に潜り込んだ気配がした。

 月明かりが障子紙に差し込み、いつものような真っ暗な部屋ではない。
 私は眠ろうとぎゅっと目を閉じる。

 だがやはりいつもと環境が異なるせいなのか、はたまた左手の薬指に意識が向いているためかなかなか眠ることができない。

 枕が変わっても眠ることが出来ていたのに──と思いながら、部屋の環境以外にいつもと何が違うのかと考える。

 そうだ、いつもは啓一郎さんと一緒に寝ていたじゃないか。

 私は身体をぎゅっと丸めた。

 やけに外の風音が耳につく。

 いつのまにか私は啓一郎さんの温もりがなければ眠れなくなっていたのかもしれない。

 現に部屋の温度が寒いわけでもないのに、なぜか全身が冷えているような気さえする。

 新居に越してきてからというものの、常にダブルベットで抱き合って寝ていた。
 肉体関係は未だないものの、それが日課だった。

 子供じゃないんだからと自分に言い聞かせ、私は寝返りを打った。

 すると。

「……紗雪、眠れないの?」
 
 優しい声が聞こえる。
 
 大人であればそんなことないよ、と答えるべきなのかもしれない。

 それでも私は──。

「…………はい」


 さらに目を強く瞑りながら答える。
 まるで子供のようで恥ずかしく思った。

 だがそんな私の心とは裏腹に。

「俺もだよ。いつもは紗雪を抱いて寝てるから、ちょっと寂しい」

「うん」

「……ねえ、よければ────」


 啓一郎さんは予想外なことを言い出した。
 私は最初恥ずかしいからだめだと断ったのだが、「今日行きにずっと運転してきたご褒美」と言ってために最終的には断ることが出来なかった。

 私は布団から出て正座をする。
 そして照れながら太ももを叩いた。

 啓一郎さんも起き上がり、私に近づく。

 そして──。

「紗雪の膝は心地いいね」

「今日だけですからね」

 啓一郎さんがおねだりしてきたのは膝枕だった。

 ちょうど短く整えられた黒髪が浴衣越しにあたり、温もりを感じる。
 背の高い啓一郎さんの頭頂部など見ることがないために新鮮だ。

 啓一郎さんはリラックスしているのか目を閉じている。
 右目付近にある黒子がかわいいな、と心の中で思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

ワケあって、お見合い相手のイケメン社長と山で一夜を過ごすことになりました。

紫月あみり
恋愛
※完結! 焚き火の向かい側に座っているのは、メディアでも話題になったイケメン会社経営者、藤原晃成。山奥の冷えた外気に、彼が言い放った。「抱き合って寝るしかない」そんなの無理。七時間前にお見合いしたばかりの相手なのに!? 応じない私を、彼が羽交い締めにして膝の上に乗せる。向き合うと、ぶつかり合う私と彼の視線。運が悪かっただけだった。こうなったのは――結婚相談所で彼が私にお見合いを申し込まなければ、妹から直筆の手紙を受け取らなければ、そもそも一ヶ月前に私がクマのマスコットを失くさなければ――こんなことにならなかった。彼の腕が、私を引き寄せる。私は彼の胸に顔を埋めた……

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

Sランクの年下旦那様は如何でしょうか?

キミノ
恋愛
 職場と自宅を往復するだけの枯れた生活を送っていた白石亜子(27)は、 帰宅途中に見知らぬイケメンの大谷匠に求婚される。  二日酔いで目覚めた亜子は、記憶の無いまま彼の妻になっていた。  彼は日本でもトップの大企業の御曹司で・・・。  無邪気に笑ったと思えば、大人の色気で翻弄してくる匠。戸惑いながらもお互いを知り、仲を深める日々を過ごしていた。 このまま、私は彼と生きていくんだ。 そう思っていた。 彼の心に住み付いて離れない存在を知るまでは。 「どうしようもなく好きだった人がいたんだ」  報われない想いを隠し切れない背中を見て、私はどうしたらいいの?  代わりでもいい。  それでも一緒にいられるなら。  そう思っていたけれど、そう思っていたかったけれど。  Sランクの年下旦那様に本気で愛されたいの。 ――――――――――――――― ページを捲ってみてください。 貴女の心にズンとくる重い愛を届けます。 【Sランクの男は如何でしょうか?】シリーズの匠編です。

隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛

冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!

隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました

加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!

処理中です...