【完結】スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜

雪井しい

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12.我慢しないで

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結局、何も解決できないまま、その人の目的を悟ったのは、バイトが終わってから少し話して帰る、そんな日が何日か続いた頃だった。

「ねぇ、明希~。実はぁ母さんねぇちょっと今、困っててぇ」

疎遠だった人が急に会いに来るようになった理由なんて、大抵は碌なもんじゃない。
そのくらいは俺も知っていたのに。
やっぱり人間は『自分だけは違う』と思ってしまうもんなんだろうか。いや、そう思いたい、のほうが正しいかも。
結局、例にもれずその人が会いに来た理由も、碌でもないものだった。

「明希たちと離れ離れになってからお母さん、ずっと一人で頑張ってたんだよ。寂しかったしぃ、生活も苦しくってぇ、すっごく大変だったんだから」

何言ってんのこの人。っていうのが正直な感想。よくもこんな嘘っぱちをすらすらと話せるもんだ。
この人、俺は離婚理由を知らないと思っているんだろうか? もしかして小さいからわかってなかったとでも思ってる?

父は馬鹿正直な人だから、俺にちゃんと説明してくれたし、俺もちゃんと理解してる。
まぁ、生活が苦しかったのはホントかもしれないけどそれは自業自得だし、少なくとも”一人で頑張ってた”ってことはないだろう。
家族を捨てるほど大好きな男を追っかけて行ったんだろ? それなら寂しかったなんてことないはずだ。

父親が俺に嘘を教えたってことはないのかって? 
ないね。
そんな人だったら、そもそも離婚もしてないだろうし、借金も背負ってない。もっと言えば、優一朗さんと付き合うこともきっとなかっただろう。
でも、ここでこの人に『嘘だろ』と言っても話が長くなるだけだ。
俺が何も言わずに黙って聞いているもんだから、イケるとでも思ったのか。その人はぺらぺらと嘘を重ねる。

「それでぇ、ちょっと前に具合悪いなって思って病院に行ったら悪い病気が見つかったの……手術しないと死んじゃうかもってお医者さんに言われてぇ……」

甘えた声でわざとらしくぐすっと鼻をすする。なんてしらじらしい。手術しないと死んじゃうような人が毎日毎日元気に俺に付きまとえるかっていうの。

「でもねぇ、今お母さんすっごく生活が苦しくって、手術代が足りないの」

やっぱりそういう流れだよな。
もういいよな。もう聞く必要なんてない。もう、これ以上聞きたくなんてない。

「渡せる金なんてないんで」
「は?! お、お母さん死んじゃうかもなんだよ?! ちょっとくらい…!」
「……もし本当に病気ならお気の毒に。でも、残念ながら俺だって人に渡せるほどの金はもってないんで」

むしろなんでこんな嘘に騙されると思っているのか。俺のこと馬鹿だと思ってるのかな?
虚しさのせいで視線があげられないまま、その人に背を向けると、「ちょっと!」と手を掴まれた。

「毎日のようにバイトしてるんだから、ちょっとくらいあるでしょ?! どうせ使なんだから、助けてくれてもいいじゃない!!」

この人と離れてからもう十年近くがたつ。その間、一度も会っていない。
だから、これまでこの人がどうしてたか俺は知らないし、この人だって俺が、俺たちがどうしてたかなんて知らないだろう。

この十年、父は大好きだった酒もたばこもやめてひたすら一生懸命働いて、俺を育てながら借金を返してきた。
本当は中学を出たら俺も働いて、一緒に借金を返すつもりだったんだ。でも、一生のうち学生時代にしかできないことがたくさんあるからって、たくさん勉強して、ちゃんと青春して来いって、高校に行かせてくれて。明希は頭がいいんだから大学にも行きなさいって、お金のことは心配するなって、言ってくれた。

俺がいなければ、父はもう少し楽に生きられただろう。
でも、俺には他に行くところがないから。だから、せめて少しでも父の負担を減らしたくて、バイトができるようになってからは服とか学用品とかのこまごまとした出費とか、修学旅行の積み立てとか、できる限り自分で払うようにして。ほとんどそれでなくなってしまうけれど、少しでも残った分は大学費用として貯金にまわすようにした。
父は俺のために我慢している。それなのに、俺だけ楽しむために金を使うなんてことできるわけがなかった。


だから、学校の同級生のように、漫画も、ゲームも、スマホも持ってない。学校の帰りに買い食いしたり、ゲーセン行ったり、友達とどこか遊びに行ったり。そんなこともしたことない。

でもさ、漫画も、ゲームも、スマホも、欲しかったに決まってる。
翔と夏祭りに行ったときだって、ホントはたこ焼き食べたり、射的やったり、変なお面を買ったりしたかった。
それでも、俺だけ楽しんでいいのか? って思ったら、どうしても躊躇ってしまって。
翔は俺に、あれやる?とか、 これ買う? とか、いろいろ聞いてくれたのに、俺はなかなか頷けなくて。

そうこうしているうちに、翔は自分で買ったたこ焼きを俺に一つくれた。

「楽しいね」

そう笑う翔に、気を使わせたことが申し訳なくて仕方がなかった。
一緒に楽しむことができない自分が、みじめで仕方がなかった。
だから、俺はたまたま会った翔の友達にかこつけて、その場から逃げた。





そんな思いはもうしたくなかった。
だから、せめて修学旅行くらいはいろんなことをしてみたいって。翔と一緒に、楽しい思い出を作りたいって。
そう思ってしまった。
だからいけなかったんだろうか。

あぁそうか。これは、浮かれて分不相応なことを望んだ俺への罰なのかもしれない。

「お母さん、もう明希しか頼れる人がいないの」

掴んだ腕を振り払わない俺に、その人はさらに腕を絡みつかせた。
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