【完結】スパダリ医師の甘々な溺愛事情 〜新妻は蜜月に溶かされる〜

雪井しい

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7.嫉妬

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 聞き覚えがある声の主にに私は顔を向ける。

「……やっぱ、瑠璃川センパイだ」

 長めの茶髪に複数のピアス、そしてなにより特徴的な鋭い目つき。
  
「もしかして……長谷川、くん?」

「そうっす。お久しぶりです」

 そう言って無愛想に軽く頭を下げた。

 長谷川達也。
 彼は私が昔通っていたバレエスクールの後輩だった。
 何度かペアを組んで踊り、バレエスクールの中でもよく話をしていた。
 それでも長谷川くんは基本的に無口で無愛想なので、親しいかといえばそう言うわけでもなかったのだが。

「日本、戻ってたんすね」

「うん、つい先日。そ、そういえば偶然だね。こんなところで会うなんて」

 私は帰国した理由について聞かれる前に話を切り替える。
 長谷川くんは自動販売機で買ったのか、缶コーヒーを片手に私のそばに腰掛けた。

「今日はたまたま休みで。オレ温泉とかいくの好きなんで一人で……」

「そうなんだ。ここ足湯以外にも普通の温泉も完備されてるもんね」

「そういうセンパイはひとりで足湯っすか?」

 長谷川くんの質問に答えようと口を開きかけるが、その前に遮る声があった。



「──ひとりじゃないですよ。俺と一緒です」

 声の主に私は立ち上がる。

「あっ、啓一郎さん」

「遅くなったね、紗雪。……ところで、そこの彼は?」

 啓一郎さんはいつもと同じような優しげな表情で長谷川くんへと顔を向ける。

 だが──なんとなくあまり機嫌が良くなさそうだと感じたのは私の気のせいだろうか。 

 もしかして啓一郎さんを置いて勝手に出てきてしまったことに加え、勝手に知らない人と楽しく会話していたことが気に障ったのかもしれない。
 そんなことを思い、私は焦る気持ちを抑えながら紹介する。

「彼は長谷川達也くん。昔通ってたバレエスクールの後輩で……よくペアを組んで踊ってたんです。数年ぶりにこんなところであったからびっくりだねって話してて」

「ふうん、そうなんですね」

 啓一郎さんは頷いた。
 長谷川くんへと向ける視線の中になにか探るようなものを感じるような──。

「瑠璃川センパイ、この人は?」

 今度は長谷川くんから問われる。
 私は啓一郎さんを紹介しようとするが。

「どうも初めまして。紗雪の夫の蓮見啓一郎です。……妻はすでに瑠璃川姓ではなくなってるので、これからは蓮見とお呼びください」

 そう言って啓一郎さんは笑みを見せた。
 長谷川くんは目を丸くする。

 こんなに表情の変わった彼を見るのは初めてで、私の方が驚いてしまう。

「妻…………夫…………。センパイ、結婚したんすね」

「……うん」

「……そうっすか」

 長谷川くんは動揺しているのか、少し声が震えていた。
 
 私と長谷川くんは今まで一途にバレエダンサーの道を進んできた同志だった。
 彼のことをそばで見ていた私は知っていた。
 誰よりもまっすぐひたむきにレッスンに取り組んでいたことを。

 そんなバレエ仲間であった私がなんの連絡もなくいきなり帰国、それに結婚までしていると知って動揺してしまうのも納得できる。

 私も同じ立場であれば目を丸くして驚いてしまうに違いない。

「…………おめでとうございます。……オレ、そろそろ行くんで。さよなら」

 そんなことを考えていると、長谷川くんはまるで逃げるようにしてこの場を去ってしまった。
 その足の速さに私は瞠目した。

「紗雪、俺たちもそろそろ旅館に戻ろうか。この辺りは山中だし夜は冷える。暗くなる前に行こう」

「分かりました」

 私は啓一郎さんの言葉に従い、施設を出た。
 帰り道、啓一郎さんが強いくらいぎゅっと手を繋いできたので私は少しだけ驚いた。
 行きとは違いあまり会話が乗らず、沈黙が多くなる中歩いた。

 そして無事暗くなる前に旅館へと着くとそろそろ夕食の時間に近づいている。
 普段に比べて早めではあるが、夕食後はのんびりと温泉に浸かりたい客の要望に応え、この旅館は夕食の時間が早かった。

 女将さんに着替えなどがあるため30分後くらいに部屋へと運ぶことをお願いし、客室へと戻る。
 すると今まで無口でだった啓一郎さんが口を開く。

「なんか────ごめん」

 突然の謝罪に私は驚きを隠せず、まじまじと啓一郎さんの顔を見る。
 いつもは堂々と余裕のある啓一郎さんだったが、今は違った。
 その表情は苦悶に包まれているようで──。

 私はいつの間にか労るように先程彼が私にしてくれるように頬に手を添える。

「どうしたんですか? 突然」

「……さっきのこと。だいぶ大人げなかったなって」
 

 先程の長谷川くんとの会話についていっているのだろうか。
 確かにいつもに比べてどこか纏う雰囲気や口調が異なったが、啓一郎さんがそこまでしょぼくれてしまうほどのものなのかと疑問に思う。

「そうでしたか? たしかにいつもに比べて少しだけ雰囲気が違いましたが、私は全然気にならなかったですよ。長谷川くんだって──」

「そうじゃなくて」

 頬に添えた私の手に自身の大きな手を重ねて言う。

「俺、嫉妬したんだ」

「嫉妬、ですか?」

「あの長谷川くんって男が紗雪とペアを組んで踊ってたって聞いて。バレエって結構密着するし……なんか一人で悶々して……ああっ恥ずかしいな」

 そう言って啓一郎さんの頬に朱がさす。
 私は初めて赤面した啓一郎さんの顔を見てびっくりした。

 いつも余裕があって大人っぽくて優しい。 
 そんな彼がまるで思春期の男の子のように照れている姿を見て──。

「ふふふっ」

 私の口から笑い声が出る。

 なんだか嬉しかった。
 啓一郎さんも自分と同じ人間で、照れたりするんだっとことに。

「笑うなって」

 余計に顔を赤らめる啓一郎さんを見て、私の心は温泉のようにぽかぽかとあったまったような気がした。
  


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