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35.アリーナの危機

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 ついたのは多くの人間が出入りする建物の前だった。看板を見上げれば《タヴェーノ商会》と書かれており、よく賑わっているようで。

「……大きい店だし、すごい人ね……」

 呆然と立ち竦んでいると、ヘレンが「早く! 置いてくよ!」と呼ぶ声が聞こえた。私は返事を返し、入口の扉を潜ったヘレンを追いかけた。

 どうやら一回は多くの人開かれている店のようで、所狭しと見たことのないようなものが置かれていた。

(これはお皿かしら? 不思議な模様が描かれて神秘的。あっちは絨毯? あんな柄のもの初めて見たわ)

 どうやら海外の製品を多く取り扱っており、好奇心が刺激される商品が盛りだくさんだった。内部はかなり広く、店員なのだろう人間が客たちを相手になにやら交渉している。

 そんな中をヘレンはキョロキョロと見渡し、身近にいたこの店の関係者らしい人へと声をかけていた。聞き耳を立てれば、どうやらマスターについての質問を聞き出そうとしているようで、関係者の人は戸惑っている様子が窺える。
 
(行動力はすごいけれど、唐突に聞いて終えば警戒されそう……まあヘレンなら大丈夫だとは思うけれど)

 彼女の粘り強さは昔から知っており、私は肩を空くまで見守っていた。

すると突如、ポンと肩を叩かれ、私はびくりと体を揺らす。反射的に振り返れば、そこにはまたまた見覚えのある顔があった。

「……アリーナ様…………」

「やっぱり聖女様でした!」

 目を丸くして私をじっと見つめてくる彼女は、先日屋敷に訪れてきたテオドルスの幼馴染の女性──アリーナ・タヴェーノだった。

(そうよ、彼女はここの娘なんだからいる可能性だってあるのよね)

 突然のことに驚いていると、アリーナはにこりと微笑みながら問いかけてくる。

「今日はどのようなの要件でいらっしゃったのですか? 聖女様がいらっしゃるだなんて思っていなかったから、びっくりしました! でも、久しぶりにお顔を拝見できて嬉しいです」

「あ、ありがとうございます。今日はその……あの子の付き添いに……」

「そうだったんですね。ということは今は待機中ってことでしょうか。それなら私、今ちょうど手が空いたので中をご案内しますよ。ここは人も物も色々あってごちゃごちゃしているので、気が散るでしょうし……あっ、二回で一緒にお茶でもしませんか?」

 私はアリーナの喋りに呆気に取られる。以前もそうだったが、彼女はふんわりとした見た目に反してお喋りなのだ。
 有無を言わさず「さあ、こちらへ!」と告げられ、私は一瞬ヘレンの方に視線を向けた。どうやら聞き込みは上手くいっているようで。

(ヘレンって熱中すると時間を忘れるから、恐らくまだまだ時間がかかりそうね……)

 私の考えを見通してか、アリーナは笑顔で口にする。

「お連れの方の用事が終われば、他の従業員に別の部屋にいると伝えて頂きますので大丈夫ですよ」

「そ、そうなんですね……お気遣いありがとうございます」

 私は微笑みを貼り付け、引きずられるようにして別室に連れて行かれた。

(アリーナ様もヘレンもなんというか圧が強いのよね。そのせいでどうしても断れないというか…………)

 部屋の内装は女性らしいお洒落な家具が並んでおり、どうやらアリーナの自室のようだった。突然お邪魔することとなってしまった私は当然のごとく恐縮してしまい、落ち着きなく案内されたソファにかけた。
 召使いらしき女性に用意させたお茶を出され、向かいに掛けてアリーナの様子を伺う。
 彼女はご機嫌な様子で私を見つめていた。

「私、この部屋にお友達をお招きするの初めてなんです」

「……えっ、そうだったんですか」

 知らぬ間に友達というカテゴリに入れられていたことはさておき、自室に友人を招くのが初めてだという言葉は正直驚きだった。
 アリーナは積極性に富んでおり、友人も多そうだ。それなのに何故なのだろうと疑問が湧き上がる。
 すると私の心を見透かしたようにアリーナは答えを告げた。

「こういう商売をしていると、人間関係は両親に制限されていて。基本、相手にするのは大人ばかりだったんです」

「それは────意外というか、大変というか…………アリーナ様も苦労されたのですね」

「まあ、人並みにはという感じです。私よりも苦労している人なんてこのようにはいくらでもいますから、贅沢は言えませんが……」

 いつもの明るい表情に影を滲ませ、肩をすくめたアリーナに私は眉を下げて見つめることしかできなかった。

 少ししんみりとしてしまった空気を打ち破ろうと、私が口を開きかけたその瞬間───突然、ガラスの割れる音が響き渡る。

 驚いてその音の方向に視線を向ければ。 
 先に確認していたアリーナが喉を震わせて叫ぶ。

「…………っ、だ、だれ!? 貴方達、何者!?」

 そこには顔を覆面で隠した怪しい人間が窓ガラスを割って部屋に侵入していた。どうやら手に持った片手剣で叩き割ったようで、部屋の絨毯には割れたガラスの破片が散乱していた。

 突然の事態に呆然と佇むことしか出来なかった私に対し、隣にいたアリーナは興奮したように大声で叫んだ。

「こんなところまでご苦労様ね! 私を攫いにでもきたのかしら?」

 勇ましく挑発するアリーナに対し、賊は別段反応を示すことはなかった。冷静に近づき、視線の先にいたアリーナを拘束しようと近づく。彼女もただで拘束される様子はなく、後退りをしながら睨み返していた。

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