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31.王太子と手紙
しおりを挟むそれでも、あの日の出来事は私の心に影を落としていた。
そんな日々が続き。
その日は特別な礼拝を執り行うこととなっていた。私も聖女という立場で参列することになっている。
基本的な礼拝は神殿関係者や熱心な信者が集まり、神に祈りを捧げる行事である。神殿の本拠地でもある大聖堂で執り行われることが多いのだが、今回は特別であった。
新たに王城内に礼拝堂が作り直されたことを祝し、行われることになったからだ。
「……つまり、神の偉大なるご意志により、我々は生かされているのです。日々に感謝し、身を慎んで暮らしていくように────」
壇上では大神官が長々と講釈を垂れており、よほど熱心な信者でない限りぼんやりと聞き流しているだろう。
私もその1人で、聞いているだけで眠くなる演説のせいで睡魔に抗うことに必死だった。
ようやっと話が終わり、礼拝も無事何事もなく幕を閉じた。他の参列者によって当たり障りのない挨拶をし、帰路に着こうとしたところ、背後から呼び止める声が耳に届いた。
「聖女殿」
落ち着いた成人男性の声に振り向けば、そこにはどこか見覚えのある男性がいた。
(…………そうよ。この人、エミール王太子殿下だわ)
神秘的な黒い髪に薄い緑の瞳を持つ、一見印象の薄い美丈夫。前に一度だけ挨拶を交わしたことがあった。
(あの時……どうしてだかテオドルス様が殿下を遠ざけて。私を近づけたくないような素振りだったわよね)
テオドルスは王太子のことが苦手だと口にしていた。そんなことを考えていたせいだろう。反応が遅れてしまい、エミールは頭を傾けながらもう一度私へと呼びかけてきた。
「聖女殿」
「……は、はい。お久しぶりです、殿下。お声をかけてくださり恐縮です」
「ははっ、そんなに畏まらなくて大丈夫だよ。ここは公式の場ではないのだし」
そう呟き、エミールは優雅な微笑みを浮かべた。その些細な表情や立ち居振る舞いはどこか浮世離れしており、さすが王族なのだ実感させられる。
私は「ありがとうございます」と小さく微笑みを浮かべれ礼を告げた。
「…………あなたが出席している姿を見たから、声をかけなければと思ってすぐに来たんだ」
「そうなのですか……」
「私はあなたともっと話してみたいと常々思っていたのだから」
エミールの気を引くようなことなど微塵も行なっていないため、何故そのように言われるのか皆目検討もつかなかった。そのため、軽く質問を振る。
「畏れ多いのですが、私と話してみたいとは……もしかして夫のことでしょうか?」
「どうしてそう思うのかな?」
「あのパーティーでお二人はどこか……その因縁…………というと言葉が重くなってしまいますが、何かしらの縁があるのではと思ったので」
私の言葉にエミールは一瞬目を丸くしたと、突如吹き出した。優雅な男性の突然の大笑いに呆気に取られ、おどおどと視線を彷徨わせることしかできない。
(どうしてこんなに笑っていらっしゃるの? 意味がわからないわ……)
一通り笑い終えたのか、エミールは目尻に浮かんだ涙を拭いながら口を開く。
「……聖女殿は意外と鋭いところがあるんだね」
「え、」
「けれど、その鋭さが自分やその周囲の出来事には向かないのが欠点かな。つまり、自分が絡むと鈍感だ」
突如指摘され、私は狼狽える。
エミールはどこか楽しげに言葉を紡いでおり、私はというとどう反応をすれば正解なのか分からず愛想笑いを浮かべていた。
「まあそんなに考えなくてもいいよ。……ああ、そうだ。これ」
私を置いてけぼりにしたエミールは突如何か手紙のようなものを差し出す。反射的に受け取って彼に視線を送れば、口元に弧を浮かべていた。
「これを勇者殿に渡して欲しいんだ。……ああ、決して中身は見ないようにね。見ては駄目とは言わないけれど、見てしまえば────まあこの後は言わないでおくか」
「はあ」
「それじゃ、よろしくね」
エミールは自由気ままに言いたいことだけ言って去って行った。その後ろ姿を見て私は心の内でため息をつく。
(あの方……変わり者だって噂は本当みたいね。でも不思議。テオドルス様が毛嫌いする要素なんて全然見つからなかったわ……)
人を好き嫌いで判断せず、常に公平な態度をとる彼が何故それほどまでにてエミールを遠ざけようとするのか。疑問が浮かぶが、私は被りを振った。
(…………なんで私、最低なことをされたのにあの人のことばかり考えているのかしら。ほんと私ってどうしようもない……)
どっと疲れを覚えてしまい、肩を落として脱力する。礼拝への参列を終えたことにより本日の業務はすでに終わっているのだ。そのまま必要なだけ挨拶をして、屋敷へと直帰した。
自室で手紙と向き合いながら、私は思い悩む。
(さすがに王太子殿下からの手紙を使用人経由で渡すのは失礼に当たるわよね。……ということは直接渡すしかないか)
自分から問題の種でもある彼に話しかけるということに頭が痛くなるものの、動かなければ先延ばしになるだけだろう。テオドルスはそろそろ帰宅する時間だ。時計の針を横目で見ながら意を決して立ち上がり、玄関へと向かった。
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