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27.抑えきれぬ激情

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(……貞淑な妻なら愛人の一人や二人、許すべきだと言われるかもしれない。貴族ならばなおさら。けれど、私は嫌。わがままだと言われても、自分以外の女性を抱く男と夫婦でいるなんてごめんだわ)

 潔癖と罵られてもいい。
 それでも私にとって許し難いことなのだ。

 それに、もし仮に愛人を持つのであれば、事前に言ってくれた方が何倍もマシだ。隠されることが一番腹に据えかねるのに。

 私の勢いを見たテオドルスは険しい表情を浮かべていた。慌てるというよりも何か思い悩んでいるようで、場に沿わないとすら感じる。

「……なにか釈明があるのならば聞きますが」

 冷たさを滲ませて言い放つ。
 だが、それでも彼は押し黙ったまま身動き一つ取らなかった。
  先程の否定の言葉は反射的に出てしまったのだろう。今の彼の目には理性が宿り、自ら黙り込むと決めているようにすら思った。

「……もういいです。あなたが別の女性に心を寄せていても」

「……っ、それだけは違う。俺にとっての唯一は君だけなんだ」

「それも口先だけなのでしょう? もういい加減飽きました。……正直、最初から怪しいと思っていましたから。会って間もない私を妻にしてほしいと陛下に懇願するなんて、なにか裏があるに違いないと」

 すらすらと口から思いが溢れる。
 相対するテオドルスは未だ険しい表情を浮かべていた。

 私はまるで自分が無理な中注文を言いつけている加害者のような気分に陥った。どうして不貞を働いた彼が身体を縮こませ、困惑を滲ませているのだろうか。

(……最初から全てが間違っていたのよ。私が彼との結婚を受け入れてしまったことが原因。それならば──)

 これから後ろ指を刺されるかもしれない。嘲笑われる可能性だってある。
 けれど、これからも自分を押し殺して生きていくだなんて間違っている。

 私は心に思った言葉をそのまま口にした。

「離縁、いたしましょう」

「…………っ!」

 その途端、今まで理性が宿ってた瞳に激情が灯ったのをこの目で確認した。
 テオドルスは私に迫り、肩を掴む。その握力に思わず痛みを覚えるほどで。

「……いたっ!」

 苦しげな声を上げるものの、テオドルスが離すような気配はなかった。私は思わず声をあげて訴える。
 
「何ですか! 痛いから離してください!」

「だめだ」

「なぜ!?」

 短い問いに対し、テオドルスは端的に答える。

「離せば君は逃げるだろう?」

「……っ、逃げませんから」

 口休めだと思われることは承知で訴える。一瞬テオドルスの瞳に宿った激情が鎮火したようにも見えたが、私の顔を見て「やはりだめだ」と呟く。
 けれど私が本気で痛がっている事が分かったのか、力を緩めてはくれた。

 突然の事態に混乱していたが、私以上に挙動不審なテオドルスのおかげで至極冷静に告げる。

「…………離縁、してくれませんか。あなたを信じることは出来ないんです。それに、私は片田舎でのんびりと暮らしたい。こんな窮屈な生活をこれから何十年も続けると考えただけで、ゾッとします」

「…………賭けはまだ終わってない」

「そんなもの知りません。今までは具体的な離縁する理由がなかったのであえて言いませんでしたが、理由に加えて不貞の証人すらいる状況なのです。裁判署に訴えれば、離縁することも可能となるでしょう」

 この国には出来うる限り離縁を防ぐために法律が定められていたのだ。だからこそ勝手に離縁するなどできなかった。
 だがきちんとした理由や証拠があるのであれば、どうにでもなるのだ。

 最初は逃げることを想定していたが、どうして私がわざわざ労力を割いてまで逃げなければならないのだろうと思った。だからこそ、素直に離縁を申し出たのだ。

 けれどその言葉を聞いたテオドルスの表情は一瞬にして強張った。それも先程の以上の激情が迸る瞳をしていた。

 私は思わず彼の瞳を見つめ返した。

 憤怒、悲哀、懇願、怨嗟、悲痛。

 その深い青の中には様々な思いが入り混じっており、何故か綺麗だとすら感じた。

 だがそれは一瞬のことで。
 気がつけば私はテオドルスに腕を引かれていた。ぐいぐいと彼に引っ張られ、気がつけば隣接する仮眠室まで移動していた。

「……っ!」

 ベッドに放り投げられ、思わず息を詰める。寝室のものに比べて簡易的なものであったため、スプリングが軋み、無駄に大きな音で響き渡った。
 身体を起こす暇もなく、気がつけばテオドルスが覆い被さっていた。

「……なにっ」

「今から君を抱く」

「……っ、ど、どうして!」

 理由が告げられる前に唇を塞がらる。最後に口を重ねたのはヘレナの元を訪ねたときに迎えにきてくれた馬車の中だった。


 だがそのときに比べるでもなく乱暴な口付けで。そもそも彼は私の様子を伺いながらスキンシップを取ってくれていたのに。今は無理に奪うようで。

 抵抗を示そうと身を捩るも、腕を頭上で纏められてしまい、力の差で叶うはずもなくなすがままに唇を貪られる。分厚く濡れた舌が口内に侵入し、縦横無尽に動き回った。

 未だ慣れぬ私はそれだけでいっぱいいっぱいで。彼は自分の思いを一方的に押し付けるような口付けで、気がつけば目尻から涙がこぼれ落ちていた。

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