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26.問い詰める
しおりを挟む息が苦しくて仕方がなかった。
心構えはあったが、それでも傷ついてしまっているのは絆されてしまっていたからだろう。
思い出すのは私のことを大切に扱ってくれた日々や、甲斐甲斐しく看病してくれていた瞬間で。涙がこぼれ落ちそうになるものの、私は奥歯を噛み締めて堪えた。
「…………マザー。このとこは誰にも話さないで下さい。私がきちんと決着をつけますので」
「え、ええ。分かっているわ。…………でもあなた、私がこんなことを言うのもなんだけど……本当に大丈夫?」
じくじくと心臓が焼け付くように痛かったが、私は心配をかけないようにと笑顔を貼り付けて「大丈夫」と返答した。
マザーはそれでも心配を滲ませた表情をしていたが、私を気遣ってかそれ以上問い詰めることはなかった。
私はそのまま孤児院訪問での予定をこなし、帰路に着く。子供たちが「一緒に遊んで!」と笑顔を向けてきたので、私は彼らの中に混ざって相手をした。みんなの純粋な笑顔を見ていれば、少しだけ心の中の靄を気にすることなく過ごすことができた。
馬車の中、私は肘をついて窓の外を眺める。すでに日が暮れ始めており、夕日が目に眩しかった。
(…………いつもと同じ夕日なのに、どうしてだか違うもののように感じる。きっと私の心の問題ね)
私は常にテオドルスとの問題をはぐらかし、先延ばしにしてきた。彼に直接問いただすことなく、あやふやにしていれば傷つかないと思っていたからだ。
ずっとテオドルスから離れたいと思っていながらも、本心では一緒にいることを楽しんでいたのだ。本当に単純で嫌になる。
(…………そろそろ、はっきりさせるべきなのかしら)
彼が一度目の人生で行ったことを私は知っている。「好きだ」と囁きながらも、心には別の女性がいることも。
今まで避けてばかりいた。
けれど、気付かされたのだ。
このまま逃げていては何も答えは出ないのだと。
気がつけば馬車は大聖堂に着いていた。
本来ならばこのまま直帰してもいいと大神官に言われていたが、屋敷に戻る前に決心する時間が必要だった。馬車を降りて無事に本日の報告を終えると、私は大聖堂の中で祈りを捧げる。
(神様、どうか私に力を)
瞳を閉じて願っていると、神様の応援する声が聞こえたような気がした。
私は一礼し、その場を立ち去る。
迷いはすでに振り切れていた──。
屋敷へと到着し、玄関に足を踏み入れたところ、どうやらすでにテオドルスは帰宅しているようだった。執事に今日の彼の様子を尋ねれば、いつもと変わらないとのことで。どうやら今は書斎におり、持ち帰った仕事をこなしているようで一旦自室へと戻る。
そしてそのまま時間が過ぎるのを待った。
数刻後、夕食の時間ということでメイドが呼びに来たので身支度を整えていると、部屋の扉がノックされた。
私が「どうぞ」と告げれば、入室してきたのはテオドルスだった。
「帰っていたんだね」
「はい、お伝えしようか迷ったのですが、お仕事の最中とのことで……」
「そっか。気を遣ってくれてありがとう。着替えはすでに終わっていそうだね。一緒に行こう」
私はそのままエスコートされて部屋を出た。食事はいつも通りのはずだっだが、この後切り出すつもりの話のせいで砂を噛んでいるかのように味がしなかった。
食事を終えて咳を立つ前に私はテオドルスに告げる。
「少しお話があります。ここではなんですので、別室でお願いしたいのですが……」
「……? 分かったよ」
テオドルスは素直に頷いた。
共に廊下をたどり、彼が先程まで仕事をしていた書斎に辿り着く。この書斎は仮眠スペースが隣接されているらしく、以前聞いた時にテオドルスが直々に教えてくれていた。
扉を閉め、二人きりになったところで私は口火を切った。
「…………1週間前、あなた、花街に行かれましたか?」
唐突な質問にテオドルスは一瞬固まる。けれど苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「…………何を言ってるんだい? どうして俺が花街になんて行く必要があるのか……」
「今日赴いた孤児院の院長があなたを見かけたっておっしゃっていたんです。顔もしっかり覚えていて、他人の空似だというのはあり得ないと。あなたは見知らぬ女性の腰に手を回し、連れ込み宿に入って行ったらしいですね」
マザーはそこまで断言してはいなかったが、私はわざと話を盛った。曖昧に誤魔化されてしまうことが一番避けたいと思っていたから。
すると、その言葉を聞いたテオドルスの表情は強張る。そこで、ようやくこの話が本当なのだと確信が持てた。
(以前の私も問い詰める勇気が有れば……)
今更思っていても仕方がない。
考えを振り払って言葉を紡ぐ。
「…………どうやらこの話は真実のようですね。……遊ぶなとは申しませんが、節度を保った方がよろしいかと思い──」
「違うんだ!」
突如、テオドルスが言葉を荒げる。
割り込まれた私はその迫力にびくりと肩を震わせたが、冷静に返答する。
「……何が違うんですか」
「…………たしかに、花街にいたことは真実だ。けど、君以外の女性を抱く気なんてさらさらない。一緒にいた女性は仕事上の関係で──」
「嘘。腰に手を回して歩いていたのでしょう? 仕事ならなんでそんなことをする必要があるのでしょうか」
少し感情的になってしまい、言葉の節々に棘が滲んでしまう。けれど、もう我慢なんてしたくなかった。
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