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20.王太子

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 エミールはにこりと優雅な微笑みを浮かべ、私に対して返事をした。

「初めまして、聖女殿。あなたのご活躍、よく耳にしているよ。私は身体が強い方ではないのであまりこういう社交の場には出席していないけれど、それでも耳に届いてるくらいだ」

「お褒めに預かり光栄です」

「それに、こんなに美しい人だなんて知らなかった。可能なら私の方が先に求婚したかったほどだな」 

 エミールは口元に弧を描き、手に持ったグラスに口をつけ、優雅に微笑んだ。
 私は「ご冗談を」と告げ、微笑み返す。けれど、私の隣でどこか不穏な雰囲気を漂わせはじめたテオドルスのことが気になって仕方がなかった。

(もしかしてテオドルス様、殿下のことが苦手? 見るからに優しげな方だけれど。もしかして陛下の際どい発言の関係で、あまり仲がよろしくないのかしら……)

 私が一人考え込んでいると、テオドルスはエミールへと言葉を放った。

「……殿下、我が妻を口説くよりも前に、そろそろあちらにおられるご令嬢方のお相手を差し上げたらいかがですか? 切なそうな視線で見ておられますよ」

「…………勇者殿は意外と嫉妬深いのですね。意外な一面を見させていただきました」

「そうですね。俺は妻に関することならどんな些細なことでも気になりますし、お相手が殿下のような身分の方であるのならば尚更嫉妬してしまいますから」

 テオドルスは臆すことなく言い切る。エミールの言葉は冗談のように聞こえたが、当のテオドルスはそう捉えてはいなかったようで。柔和な態度の中に明らかな拒絶が滲んでいるのが目に見えて分かった。

 初めて二人を見た人間であっても、明らかに不仲なのだと悟るだろう。

(もしかして殿下が公の場に出ていなかったから広まっていなかっただけで、元からこういう関係なの? だからテオドルス様はピリピリしていたのね)
 
 そんなことを考えている間に、エミールは「お邪魔な私はいくよ」と言ってその場を離れた。
 私は思わずテオドルスへと向き直り、小声で尋ねた。

「…………大丈夫ですか? 無理、なされてませんか」

「…………どうして?」

 あくまでも表情を崩さないテオドルスに私は思っていたことをぶつけた。

「殿下のこと、苦手なんでしょう?」

 私の言葉を耳にしたテオドルスはその瞬間大きく目を見開いた。けれどそれも一瞬のことで、すぐにいつもの表情へと戻る。

「気がついたのかい? 俺が殿下のことを嫌っているって考えるのは分かるかも知らないけど、苦手なのだとバレたのは初めてかもしれない」

「分かりますよ、なんとなく。あなたが私に対し、貴族の方々が集まっている場所が嫌いだって当てたのだって偶然でしょう?」

 本当に感覚的に思ったことだった。

 テオドルスは世界を救った勇者であるが、一人の人間なのだ。人に対して好き嫌いだって当然ある。それなのに、勇者に対して幻想を抱いている人間が多いせいで彼は完璧なフリをしなければならなくなっていった。

 一度目の人生の中で共に旅をする中で、それは直接目にしていたことだった。私は人々の信頼や妄信に必死に応えようとする、悲しいほど優しいテオドルスのことを好きになったのだから。

「もしかして何か殿下とあったんですか」

 彼は人に対しての好き嫌いを表現することはほとんどない。それでもエミールに対しては例外だということに、なにか複雑な事情があるのかもしれないのだ。

 けれど、テオドルスはというと。
 ふっと頬を緩めたかと思えば、小さく首を横に振った。

「………たいしたことじゃないんだ。ラリサも気にしないで」

「………………そう」

 テオドルスの様子から見て取れるのは、この会話を早く終わらせてしまいたいという意思だった。
 結局は無理に聞き出すことを諦めることとなったのだが、それは別の貴族らがテオドルスの元へと集い、話しかけてきたからだった。

 面倒な貴族たちの相手も終え、私たちはそのまま帰路に着くこととなった。
 さすがに王城で催されたパーティーなだけあって、並んでいた料理も全て一流であったが、流石に恥しらずに食事に夢中になることは出来ない。空腹なのに加え、一癖も二癖もある貴族たちを相手にして精神的に摩耗したことにより疲労は限界に達していた。

 馬車の揺れが心地よく、気を抜けば眠ってしまいそうなほどだった。共に乗っていたテオドルスはさすがというべきか、疲労を一切見せてはいなかった。リラックスしている私に気を遣ってから、ほとんど話しかけてくることはなかった。

(………ふぁぁ。今日も一日無事に終えられそうね)

 欠伸を噛み殺しながら思いに耽る。

 けれど唐突に私の考えは真っ向から否定させることとなった。

「………ッ、きゃぁっ」

「………っ、ラリサっ! なんだ、何事だ!」

 馬車が突如停車し、がくりと身体が傾く。運良くテオドルスが受け止めてくれたおかげで大事には至らなかったが、そうでなければ体を壁にぶつけて軽い怪我をしていたことだろう。

 そのまま急停車した馬車。
 耳をすましても物音ひとつ聞こえず、不穏な空気を感じとれる状況。

(………っ、何が起きてるの?)

 焦りと共に溢れるのは不安な思いだった。なぜか脳裏に一度目の死に際が思い浮かぶ。

 馬車で押しつぶされ、気がつけば死んでいた私。一歩間違えば、今、このときこの瞬間以前と同様に命を落としていた可能性だってあるのだ。

 それに思い至ったとき、私の身体はがくがくと震えていた。
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