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6.一度目の死
しおりを挟むその晩はよく眠ることが出来なかった。
おかげで翌日は睡眠不足によって倦怠感を覚え、気鬱な気分が心を支配していた。
そこでちょうど屋敷の食材がつきかけたことに気がついた私は街へと買い出しに繰り出すことに決めた。
そのせいで命を失うことなど思いもしなかった。
街中を歩いているといつもは見かけない凝った作りの馬車が通りがかったのだが、道の真ん中に老人が歩いていることに気がついた御者が操縦を誤ったのだ。
馬は暴れ出し、馬車は転倒する。そしてちょうどそばにいた私は呆気なく押し潰されたのだ。
そこからの記憶はない。
分かることといえばその記憶を最後に、二度目の人生が始まったということだ。それもテオドルスと初めて顔を合わせることになるとされる3日前で。
「……ほんと、タイミングだけは良かったのに。どうしてこんなことになっちゃったのかしら」
バルコニーで夜の風に当たり続けた体は冷え始めていた。ふるりと身体を震わせた私は煌びやかなパーティー会場を一瞥し、コツコツと本日のために新調されたヒールの音を鳴らし、中へと戻る。
会場の一部には人だかりが出来ており、その中央にいるのは誰なのか想像はつく。
「勇者様は旅の中でどんな経験をされたのですか?」
「魔王討伐、おめでとうございます。尊敬してます」
「ご婚約されるだなんて驚きました」
美しい令嬢らに囲まれる色男は困惑の表情で「また今度」「ありがとう」と返事を返していた。その様子にどうしてだかチクリと胸が痛みを訴える。
(避け続けてきたのに、全てが無駄になってしまった……私はこれからどうすればいいのかしら)
考えれば考えるほど行き詰まる。
テオドルスの裏切りは許し難く、彼のそばにいるだけでもどっと疲れが増すだろう。
「顔も一応は見せた。義務は果たしたのだから、もういいわよね」
私の呟きは誰にも届くことはない。
そのあと私は一度も振り返ることなく、会場をあとにした──。
テオドルスと再会するにしても、数日は間を置くとら考えていた。けれど予想に反し、彼はパーティーの翌日、私の暮らす教会へとやってきたのだ。
その境界は王都の西にあり、大聖堂に連なっている。そのため人の出入りも激しく、巡礼に来た聖職者や治癒魔法を求めている一般市民、そして神の僕ともいえる信者たちが度々訪れるのだ。
聖女という肩書きを持っている以上、神に仕えるものとして大聖堂に勤めることが多く、ちょうどタイミングよくやってきたテオドルスと鉢合わせたのだ。
「おはよう、聖女さん。今日はいい天気ですね」
突如話しかけられた私は内心動揺していたが、それを表に出さないようにこりと微笑みながら口を開く。
「おはようございます、勇者様。洗濯物がよく乾きそうな天候で心地よいですよね。……今日はいかがされましたか?」
何事もないように尋ねれば、なぜかテオドルスは照れたように頬を紅潮させ、曖昧な笑みを浮かべてこちらを見据える。
「…………昨日の今日でいきなりって思うかもしれないんだけど。婚約の話をしにきたんだ」
「……そうですか。私もあなたに色々と尋ねたいことがございます。あともう20分程度で休憩に入ることが出来ますので、お待ちいただけませんでしょうか」
「うん、いくらでも待つよ」
テオドルスは気を悪くした様子もなく、そのままいくつも並ぶ座席に腰掛けて待機してくれていた。シスターと交代した私は早足で彼の元へと駆けつけた。
「お待たせ致しました」
私は例の言葉を告げながら頭を下げて、彼の隣に腰掛けた。硬い木のベンチのために座り心地がいいと思わないが、大聖堂というだけあって厳かな内装とと神聖な雰囲気によく馴染んでいる。
私は緊張を顔に滲ませながら整った横顔を覗き見る。ちょうどそのときテオドルスも横目で私を確認したらしく、ばっちり視線が重なってしまった。
なんとも言えない気まずい空気が流れ、お互いに口籠もった。もう一度除けばテオドルスの外耳は頬同様に赤く染まっており、彼でも照れるのかと新鮮な気持ちが込み上げてくる。
一度目の人生とは全く異なる道を辿っているため、この先どんなことが起こるのか予測は不可能だった。
そんなこともしていると、ようやくテオドルスが口火を切った。
「結婚については1ヶ月後を予定しているよ。実は陛下が日取りが決めてくださったんだ」
「え、」
驚愕の面持ちでテオドルスを直視すれば、彼は視線を逸らして躊躇うように告げる。
「……実を言うと、俺はもう少しゆとりを持って式に臨むつもりだったんだけど……陛下が乗り気でね」
苦笑いを浮かべながら語るテオドルスを見ながら私は考え込む。
(陛下はテオドルスのことが大層お気に入りですものね。実のお子である王太子殿下ではなく、彼に王位を継がせたいと願うほどに)
一度目の人生でそのことは散々思い知っていた。勇者討伐を終えた私たちに待っていたのは、国内での勢力争いで。
こういってはなんだが、あまり優秀とは言えない王太子に次代を任せるくらいなら、能力や人望もある勇者に任せたいと常々口にしていた。不幸中の幸いとしては、王太子が好戦的ではなく、日和見主義であったことだった。
そのおかげでテオドルスを次世代の王として担ぎ上げようと企んだ連中の目論見は絶えることとなった。
「……それでは仕方がないですね」
口ではそう言いながらも、複雑な心境だった。1ヶ月後には私はテオドルスの妻となっている。一度目の人生であれほど望んだことであったのに、彼から逃れたいと決意をした途端の話だ。空回っているような気がしてしまう。
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