【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい

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30.忘れることなんてできなかった

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「そんなふうに考えてたなんて全然知らなかった」

「……言ってなかったからな。……なぁ、花宮。昨日のことなんだけどさーー本当にあの人と結婚してるのか?」

 瞳を揺らしながら腫れ物に触るような雰囲気を漂わせながら話す。どこか顔に影を滲ませつつも真剣な眼差しを向けてくる。
 その強い瞳に少したじろぎながらも私はおずおずと答えた。

「……うん。結婚してる」

「……………………そっか。そりゃそうだよな……」

 遠藤はぽつりと言った。
 翳った表情は次の瞬間には笑顔に変わり、口を開こうとした私よりも先に話し出した。

「幸せにしてもらえよ! ってかいつ結婚したんだよ、少しくらい教えてくれりゃいいのに水臭い奴だな」

 先程の顔が夢と思えるほど明るい様子に疑問が思い浮かんたが、藪蛇に話を聞き出すのも躊躇った。

「つい最近だよ。まあちょっと色々あって……」

「というか今思い出したんだけど、月ノ島さんってもしかして花宮の幼馴染だって言ってた人?」

「そうだけど……」

 そういえば、以前遠藤に玲二のことを話した事があったような気がする。あのときは遠藤と仲の良い友人だったため、私生活でのことなど相談に乗ってもらっていたのだ。
 
 私が肯定すると、途端に遠藤の表情が固くなる。どうしたのかなと目を瞬くと、突然椅子から立ち上がってこちらを凝視してきた。

「数年前、女好きで傍若無人な人ですごく苦手って愚痴ってたよな? ……今は治ったか?」

「あー、そ、そうだね、どうなんだろう? 少なくとも傍若無人っていうのは今も当てはまってる気がするけど……」

「……そ、それでもお互い想いあって結婚したんだよな?」

 答えづらい質問に思わず動揺し、視線を逸らしてしまう。
 私は玲二のことを好きになったが、玲二はどうなのだろうか。気に入られているというのは見ていれば分かるのだがーー妻として愛されているのかといえば、正直分からない。

 私は彼に自分の気持ちを言ってもいないし、彼が私にどういう気持ちを持っているのかということも聞いたことがない。
 私たちは互いにの気持ちについて何も知らなさすぎなのだ。

 そんな私の様子を見て、遠藤は信じられないものを見るような瞳を向けてきた。そして次の瞬間、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「……っ、俺がどんな思いで……」

「…………?」

 遠藤の声は小さすぎて耳に届かない。
 小首を傾げる私を一瞥したあと、顔を俯かせる。そして顔をあげたかと思えばーー。

「……俺、やっぱり諦めきれねえわ」

「…………え? なにがーー」

「花宮のこと、諦めきれない」

 遠藤は曇りのない眼差しを向け、唇を強く結ぶ。その濁りのない瞳を見て、場に沿わずとも、ただ美しいなと感じる自分がいた。

 とても遠藤らしい純粋で、好奇心旺盛で、どこまでもまっすぐでーー。

「俺、まだ好きなんだ。…………こはるのこと、ずっと思い続けてたんだ」

「……っ」

 息を呑む。
 遠藤の言葉に思考が停止する。

 周囲の時間が突如ゆっくりと流れ始めたような気がした。
 我に帰った私は何か話さなければと口を開くものの、上手い言葉がなに一つ出てこず。
 先に沈黙を破ったのは遠藤だった。

「花宮が既婚者だって分かってる。でも、そんな風なら俺が奪う。俺の方がこはるを幸せにできる自信があるから」

 そう言い切ると、さっと背中を向けた。
 そしてそのまま歩き出す。途中、一度立ち止まった遠藤は振り向くことなく言葉を放った。

「……キスシーン、楽しみにしてる」

 言い残した遠藤は去っていった。
 私は呆然と立ちすくんでいたが、どくどくと心臓が早鐘を打っていることは自分でも分かっていたーー。





「それじゃあ始めるよ、シーン43ーー」

 『スタート』という言葉の代わりにカチンコが鳴る。
 学生時代の見せ場とも言えよう、ヒーローとヒロインのキスシーンの撮影が始まった。
 
 制服を身に纏った女が頬を染めながら男に駆け寄る。その男も同じ高校のだろう制服を纏い、駆け寄ってきた女を見て目を見開いた。

『湊! わ、私……あなたに伝えたいことがあって!』

『か、加奈子……それでわざわざここまで来てくれたのか? すっげぇびっくりした。一体どうしたんだ?』

『わ、私ね……その』

 女は顔を伏せ、口籠る。先ほどまでの素直そうな瞳には不安を滲ませ、二の足を踏んだような状況で。
 そばで見守っていた男は顔を緩ませながら、女の頭を優しく叩いた。

『ゆっくり言え。俺はずっと待ってるから』

『…………うん』

 女は照れながらも歓喜を含ませた笑みを見せ、頷いた。そして顔を紅潮させながらも満面の笑みで告げた。


『私、あなたのことが好き! ずーっと好きだったの』


 女の言葉に一瞬表情を忘れたような男だったが、次の瞬間、目端からほろりと涙を零し始める。驚いた女は思わず手を伸ばすが、逆に男にその腕を引き寄せられーー。

 唇と唇が合わさった。

 
 このときのヒロインーー加奈子は一体どんな気持ちだったのだろうか、何度も考えた。
 歓喜に打ち震えたのか、それとも驚きで頭が真っ白になったのか。

 私はーーそのどちらともだと思った。
 だから私はそのまま男の唇の温もりに寄り添うようにして瞼を閉じる。

 優しいキスに酔いしれる二人の唇が離れたあと、男が『俺も』と告げる。そして二人は額を合わせて微笑み合いーーこの場面でカメラが引いていき、カットがかかるはずだった。けれどーー。

「……んんっ」

 優しいキスなどではなく、強く求められるようなキスで。
 こんなのは台本にもなかったはずなのに。
 ここにいるのはヒロインの加奈子ではなく、私自身に戻ってしまっている。

 玲二とは異なる男の唇の温もりに演技を忘れて動揺するほかなかった。
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