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24.プレゼント 玲二side

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 内山がちらちらとバックミラー越しに俺の顔を覗き見ていることが伝わり、眉根を寄せながら声をかける。

「…………なんだ不躾に」

「いえ、すみません」

「なんだ、何かあるなら言ってみろ」

 内山はどこか目を彷徨わせてから少しの間考え込み口に出した。

「玲二様の様子からなにかあったのかなと思いまして……本日のこはるさんも様子がおかしかったですし」

 内山は強面ではあるが、以外と気遣いやの面が垣間見えるところがある。
 長年の付き合いから俺の心の機微に気づいたのだろう。

 確かに内山になら相談してみてもいいかもしれない。俺は自分の内心を打ち明けるようにぽつぽつと語り出した。

 全て話を終えると、少しの間沈黙がまたがる。内山はミラー越しに戸惑いの表情を浮かべていた。どこか身の置き場のないような心地になり、窓の外に顔を向ける。

 すると内山はぽつりとこぼす。

「えっと……要するに玲二様はこはる様と仲直りしたいということで?」

「いや、別に喧嘩しているわけではないのだが……まあ、近くはある」

「そうですか。では、なにかプレゼントでも贈ってみるのはいかがですか? きっとこはる様もお喜びになられると思いますよ」

 内山の言葉になるほどと思った。
 今までこはるに直接何かをプレゼントしたことは一度もなかった。共に家具を買いに行くことはあったが、それは俺たち二人共有するものであったから。

「……プレゼントか。どんなものがいいのか分からんな。その辺の女なら宝石かブランドもののバッグでも贈っておけば簡単に機嫌が取れるが……あいつの好みは変わってるから分からん」

「そうですね…………でしたら花でも贈ってみるのはいかがでしょうか? 女性なら誰でも喜ばれるでしょうし、形に残るようなものでもないので貰った側も気後しないかと」

「ふん、なるほどな。そうだな、花にするか。花屋に車を回せ」

 俺がそう命令すると内山は「かしこまりました」と言ってハンドルを握った。

 花など自分の手で購入したことはない。何かの祝いで企業や店舗にフラワースタンドを贈るということは経験したことがあるのだが、個人に手渡しで贈るとなるとそこまで大きいものでは困ってしまうだろう。

 遅くまで営業しているという花屋に辿り着いた俺は店員に花束を注文する。

「……女に贈るものだがどれがいい?」

「そ、そうですね……贈る相手にもよりますが、その方は奥方様でいらっしゃいますか?」

 店員の言葉に頷くと、いくつか候補が挙げれる。薔薇や胡蝶蘭など様々なものがあったが、俺が選んだのはピンク色のチューリップだった。なんとなく、こはるに似合いそうだと思ったからだ。

 何本か束ねられた花束を受け取り、俺は自宅へ帰宅した。

「…………おかえりなさい」

「ああ、ただいま」

 こはるはいつもに比べてどこから素っ気ない様子だった。昨日の今日のことだ。仕方がない。

 こはるはすでに風呂上がりらしく、頬が上気していた。髪の毛は濡れており、肩にかけられたタオルで拭っている最中のようで。

 俺は後ろ手に隠した花束を渡そうとするも、手が震える。どうやら慣れないことに緊張しているようだった。

 黙ったまま立ちすくんでいる俺を不思議に思ってか、こはるはぱたぱたとスリッパの音を鳴らして近づいてくる。

「……どうしたんですか?」

「ああ…………これやる」

 一言述べて花束を突き出す。
 その勢いに紙がくしゃりと音を立て、花びらが揺れた。
 それを見たこはるは目を丸くして花束を見つめ、それから視線を俺へと動かす。黒い双眸は真っ直ぐと俺を見つめる。

 そして次の瞬間、ほろりと目端から雫がこぼれ落ちた。涙だとわかり、俺はギョッとする。

「な、何故泣く……」

「びっくりしちゃって。…………お花、嬉しいです。ありがとうございます」

 こはるは涙を流しながら顔を綻ばせ、俺に笑いかけてくれた。
 その笑みに心臓がぎゅっと掴まれるくらいに衝撃を受けーーーー思わず花束を抱えるこはるごと腕の中へ引き寄せた。

 強く抱きしめると、風呂上がりのせいかいつもよりも暖かい体温が伝わってくる。その温もりに、さらに腕を強めた。
 最初は驚いたのか固まっていたこはるも、次第に身体の力が抜けてきて。

「玲二さん………ちょっと痛いです」

「我慢しろ」

 濡れた髪を指先で梳き、頭頂部にゆっくりキスを落とす。びくり、とこはるの身体が跳ねるのが面白い。髪と髪の隙間から見える耳は紅潮しており、彼女が照れているのだと分かり愛おしく思った。

 俺はこのとき、確かに幸せを感じていた。
 
 ずっとこのままでいたい。そう願うほど、この時間がかけがえのないものだと思った。

 一度拒否されたせいで意固地になっていた。そしてこの気持ちはーー。

「俺の負けだ、こはる」

「……?」

 ぼそりと呟いた言葉に頭を傾げるこはる。 
 その後、腕から離れた彼女は花束を花瓶に移し変えていた。ピンク色のチューリップは俺とこはるの間の空気に加え、この部屋自体も明るくしてくれた。

 こはるの後ろ姿を見て、俺は口元を緩ませる。


 観念しよう。そして潔く認めよう。


 ーーーー俺はこはるのことを女として愛しているのだと。
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