17 / 44
16.ゴンドラデート
しおりを挟む玲二に連れてこられたのはとあるゴンドラの前だった。
そこにはボーダーシャツをきた男性が待機しており、私たちに笑顔で話しかけてくる。思わず隣に立つ玲二に顔を向けると「乗るぞ」と端的に答えて腕を引かれた。
驚いている間にゴンドラはゆっくりと進み始める。どうやら私と玲二の貸切のようで、このような準備をいつしていたのか疑問が湧く。
「ああ、先程言って準備させた。ちょうど夕暮れ時で、ロケーション最高だと思ったからな」
「いつの間に……」
私は手際のいい玲二に苦笑いを浮かべるも、心の中では感謝していた。今回の撮影ではゴンドラではなく、水上バスに乗ったがやはり撮影のためとあっては景色ばかり見ているわけにもいかなかった。
だから、今、この瞬間が嬉しい。
私は胸を弾ませながら、壮観な街並みは夕日に照らされ、より美しさを増している。目に映るすべてに見惚れながら景色を楽しんでいると、隣に腰掛けていた玲二の手が腰に回ってきてーー。
その瞬間、心臓が跳ね上がった。
数日前には体を重ねた仲で、触れ合う事ことなど数多だったのに。今はどうしてだか落ち着かない。
自分の気持ちに困惑しつつ、ちらりと横目で玲二に視線を送れば。
「……なんだ、変な顔して。少しくらいいいだろ?」
どこか拗ねたように口を尖らせる。
その表情は年上の男性であるのにもどこか幼く思えてしまって。私はふわりと顔を綻ばせた。
おそらく私の顔は赤くなっているだろう。照れる気持ちもあれど、いつもとは異なる環境に感化されてか素直でいたいと思った。
「……玲二さん。今日は…………いえ、今まで色々とありがとうございます。あなたに出会えて……よかった、と思います」
「な、なんだ突然……」
私の言葉に動揺してか、僅かに頬が紅潮していた。
玲二と再開して、様座なことが変化していった。目まぐるしい日々に疲弊しつつも、それ以上に有意義なときを過ごすことが出来た。
劇団を助けたくれたことに加え、仕事や事務所まで斡旋してくれたことに引け目を感じる心もある。私なんかがここまで幸せでいいのか、親の七光りを利用しているということに罪悪感すら覚える。
けれどそれを差し引いても私は幸せだった。この選択に悔いはないと今この時この瞬間、胸を張っていえる。
芸能界というものは実力も大事だが、それ以上に運も必要とされてくる。お偉いさんに気に入られて、スターダムに上り詰めるものも多い。
私のしている事はそれと同じであると自覚している。数多の芸能人志望の人間がいる中で、スポットライトを浴びることができるのはほんの一握り。その中の一つの席を私が奪ってしまうことになる。
それでも、私はーー女優として演じていきたい。母のような名実ともに素晴らしい女優になるのが私の夢だから。
「いいえ、なんとなく言いたくなっただけです」
「変なやつだな」
呆れたような物言いは玲二のお箱で。
すでに慣れたものだった。
夕日が沈んでいく。
水路を進むゴンドラは狭い道を進んでいく。多少の揺れがあるために外へ身を乗り出す事は出来ない。夜風が吹き始めるも、玲二の持ってきてくれたコートのおかげで寒くはなかった。
優雅な景色にため息をついていると玲二が口を開いた。
「そろそろためいき橋の下を通る頃合いだ」
「……ためいき橋ですか?」
不思議な名称の名前に私は首を傾げなが繰り返す。すると何故か口元をニヤつかせ、私に顔を寄せてきた。
「知ってるか? ためいき橋の言い伝え」
「言い伝え……知りませんが」
「日没に橋の下でキスした恋人同士は永遠の愛が約束されるそうだ」
「え、永遠の愛ですか……」
玲二の意地悪げな面持ちとその言葉に心臓が早鐘を打つ。
永遠の愛が約束されるだなんてただの噂であり、信憑性などないものだ。けれど。
すでに日は沈んでおり、ちょうどいい時間帯だった。周りにはロマンティックな雰囲気が漂い、より体を強張らせる。
先程は素直になれると思っていたのに、今はどうしてだかそうはなれそうにない。頑なな心が芽を出してしまっており。
「わ、私たちはカップルじゃないですから関係ないですよね!」
我ながら可愛くない言葉が口から漏れ出てしまう。後悔しても仕方がないが、自分の情けなさにほとほと呆れてしまいそうだった。
気持ちを認めるのが怖くて仕方がないのだ。
言葉を聞いた玲二は眉根を寄せる。
いつものように憎まれ口でも飛び出すのかと思いきや、どこか寂しそうな感情をその切長な双眸に宿していた。
その様子に胸がぎゅっと掴まれたように痛み、唇を振るわせる。
ーーなぜ、そんな顔をするの?
そう問いたかった。
玲二の表情はまるでーー恋が叶わなかったあとのようで。
ためいき橋は目前だった。
玲二は一体どんな気持ちでこの話をしたのだろうか。私は彼の気持ちを一切考えたいなかったのではないか。
そう思うとどうしても落ち着かなくなり。
私は顔をあげ、こくりと唾を飲み込んだ。そして心を決めるように胸元で手を結ぶ。手汗が滲みつつあるのは緊張しているからだろう。
私は玲二に向き直り、その腕を取った。そしてーー。
自ら唇を重ねた。
頭上にはためいき橋がかかっていた。
14
あなたにおすすめの小説
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
【完結】あなた専属になります―借金OLは副社長の「専属」にされた―
七転び八起き
恋愛
『借金を返済する為に働いていたラウンジに現れたのは、勤務先の副社長だった。
彼から出された取引、それは『専属』になる事だった。』
実家の借金返済のため、昼は会社員、夜はラウンジ嬢として働く優美。
ある夜、一人でグラスを傾ける謎めいた男性客に指名される。
口数は少ないけれど、なぜか心に残る人だった。
「また来る」
そう言い残して去った彼。
しかし翌日、会社に現れたのは、なんと店に来た彼で、勤務先の副社長の河内だった。
「俺専属の嬢になって欲しい」
ラウンジで働いている事を秘密にする代わりに出された取引。
突然の取引提案に戸惑う優美。
しかし借金に追われる現状では、断る選択肢はなかった。
恋愛経験ゼロの優美と、完璧に見えて不器用な副社長。
立場も境遇も違う二人が紡ぐラブストーリー。
夜の帝王の一途な愛
ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。
ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。
翻弄される結城あゆみ。
そんな凌には誰にも言えない秘密があった。
あゆみの運命は……
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
溺愛のフリから2年後は。
橘しづき
恋愛
岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。
そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。
でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる