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2.月ノ島玲二という男
しおりを挟む月ノ島玲二という男は先に述べたように私の幼馴染だった。
彼との出会いは私が産まれたばかりの頃らしく、その頃の記憶はないのだが生後間もない私を抱っこしてくれたと母が言っていたことは記憶に残っている。
私の母と玲二の母は20年来の付き合いであり、その縁で幼い頃は度々会っていた。物心つかないときの私は年上の玲二をまるで実の兄のように慕っており、その様子を見た母たちが私たちが成長したら婚約させようと画策していたことも聞いている。
けれどそれは実現することはなかった。
理由は簡単。
私が玲二を拒絶したからだ。
それは私が17の高校生で、玲二が26の頃だった。
その頃の玲二はかなり荒れており、特に女性関係に関しては乱れていた。理由は深く追求したことがなかったため分からないのだが、想像するに彼の実家関連でいろいろな問題があったのだろう。
それでも、私は女性関係の派手な男は生来受け付けない体質で、玲二の噂を聞いてから苦手意識を持っていた。それも相まって、少しずつ距離を置くようになり、現在に至る。
それにもともと婚約などは親同士の口約束でもあるし、その上私と玲二とでは不釣り合いなのだ。
月ノ島ホールディングスという会社がある。
日本を代表する有名な企業で、その業務内容は多岐にわたる。
まず代表的なのは化粧品関連だ。日本有数のブランドを複数持っており、代表なのは幅広い世代の人気を誇る『ルナトーン』などが挙げられる。
さらにアパレル関連や芸能事務所、食品産業、インフラ関連など月ノ島の手の届かないものはないと言われている。
私はそこまで詳しいわけではないが、子会社や関連会社は軽く100は超えているともっぱらの噂だ。
そんな日本有数の企業、月ノ島ホールディングスの跡取りであるのがこの目の前の男ーーーー月ノ島玲二なのだ。
「んで、どうだ? 俺の妻になる気はあるのか?」
「……冗談でしょう?」
思わず聞き返すが玲二は平然と首を横に振る。今まさに求婚したというのに、なんの情緒もない様子に呆れるしかなかった。色気もへったくれもない。
そんな場の空気であっても、どうやら玲二の言葉は誠のことらしい。
正直にいえばまったく真実味はないのだが、劇団を救ってくれるというのであれば藁にもすがる思いだ。
「とりあえず立ち話もなんですし、中へどうぞ。……お茶くらいなら出します」
「へぇ、一人暮らしの部屋に男を入れるようになるとは……こはるも成長したんだな」
「…………変なことを言ってないで早く入ってください」
年上面をする一面は昔と変わっていない。
男の人を部屋へと招き入れることは初めてであったが、この際仕方がない。
数年会わなかったとはいいつつ、この男とは長い付き合いでどういう人間性なのかは分かっているつもりだ。それに母同時の繋がりもある。
鍵を開け、質素な部屋へと招き入れると玲二は中を見渡して言う。
「なんていうかお前らしい部屋だな。もっと年頃の女らしく可愛いぬいぐるみでも置いてみたらどうだ?」
「何もない部屋で悪かったですね。……そこに座ってください。今、お茶をお持ちしますから」
玲二の皮肉は華麗にスルーし、台所にて湯を沸かしながら考える。
本当に彼が劇団を助けてくれるのだろうか。たしかに彼ならお金には困っていないだろうし、なんなら有り余っているくらいだろう。
けれどその対価が私との結婚?
どうにも嘘くさい話だ。
私と結婚して一体玲二にどんなメリットがあるのだろうか。
沸騰した湯をカップに注ぎ、お盆を手に玲二の座るテーブルへと戻る。
目の前にお茶を置いた私は彼の向かいの椅子に腰掛けた。
「で、一体どういう目論見なんですか? 何がしたいのかさっぱり分かりません」
「だから言っただろうが、お前を俺の妻にするって」
「劇団を救う代わりに私を妻にする? それはあなたにとってどんなメリットがあるんですか?」
言葉の中に棘が混じってしまうのは目の前の男がまるで自分の部屋のように寛いでいるせいだろう。それに彼のことは苦手なこともあって、あまり余計な労力をさきたくなかった。
玲二は口元を緩ませ、テーブルに肘を置く。その上に自身の顎を乗せて舐るような目つきで私に視線をよこした。
その目つきに背中にぞくりとなにかが走り、戸惑いの感情が灯る。心臓がどくりと音を立て、慌てて茶を口に含ませた。
よく見知った彼になぜここまで心が揺さぶられるのか分からなかった。
「……花宮いつきの娘、第一の理由としてはその一言に尽きる」
今度は別の意味で心臓が跳ねる。
嫌な汗が背中を流れた。
不快な言葉に眉を寄せていると玲二は鼻で笑いながら語る。
「お前を月ノ島プロダクションに所属させ、花宮いつきの娘としてデビューさせる。いわゆる2世ってやつだ。……そして、月ノ島の化粧品ブランド『ルナトーン』に起用しようと考えている」
「……っ、『ルナトーン』って……」
「そうだ。お前の母親が広告を務めているあのブランドだ」
苦い気持ちが湧き上がり、不快感で顔を顰めた。
私がこれまで言われ続けてきた言葉。
ーー花宮いつきの娘。
耳にタコができるほど聞いた言葉だった。
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