忘却の黄昏姫

誘真

文字の大きさ
上 下
2 / 3

竜騎士少年の献身

しおりを挟む



それから2年、16歳になったカインツは竜騎士見習いとして訓練に明け暮れた。
カインツの竜は最初に乗ったあの竜で、勝手にシーナと名付けた。

初めの頃は、もう一度夕方に落ちてあの少女に会いたい…と思ったが、訓練を繰り返していく内に「落ちる」恐怖を覚えてしまった。
落ちて、もし会えなかったら…。
今日は綺麗に出ている夕日を見ながら、あの日の事を思い返していた。





その夜。カインツは思いがけない事を耳にする。

「俺、今日訓練でミスって落ちたんだけどさ、黄昏姫に助けてもらって…」
「マジかよ!ラッキーじゃん!」
「ちょっとゴメン!今の話、詳しく聞かせて!?」
「うわっ!何だお前!?」

話を聞くと、落ちた時間、シチュエーション、草原のような場所、白い少女、こちらに戻されるタイミング、戻された場所…全て同じ条件だった。

「あと最後に「晴れてて良かったわね」って言われたぞ」

それだけ聞くと、礼を言い部屋に戻った。

「晴れてて」?そういえば今日は、あの日のような綺麗な夕日だった。
落ちたタイミングは分からないけれど、戻ったのは夕陽の赤が失くなる寸前だった。

「晴れて、夕日が見える日だけ会える…とか?」

条件が合っているかは分からないけれど、可能性があるのならもう一度会いたい…と、思ってしまった。



---



「シーナ、いいか。僕がこの崖から飛び降りるから、
下で受け止めてくれ」

不安そうに鳴く竜に言い聞かせ、夕日の見える今、カインツは飛ぶ決意を固めた。
怖い…のはもちろんだが、下には相棒となったシーナがいる。普段から命を預けているのだ、信頼できる。

「いくぞっ…!」

綺麗な夕日を目掛けて、あの少女に会いたいと強く願いながら、崖から飛び降りた…!
分かっていても風に身体が煽られ、体勢を維持する事が出来ない。
竜の背に乗っている時の方が何倍も速いスピードなのに、自由落下とはこんなに不安で怖いものなのか…!

地上が近付いてくる恐怖に、思わず目を閉じてしまう。と、

「ギャウゥゥン!」
「うわぁぁぁ!!」

ドスン!とシーナの上に腹這いで落ちた。
シーナが下に衝撃を逃がしてくれたが、それでも痛い。
それに体勢が悪ければ、受け止められても鞍に上手く乗れず、ずり落ちるかもしれない。

改めて、怖いことをしていると自覚したが…それでも「会った」と聞いてしまった今、カインツに止めるという選択肢はなかった。

ただ、あの少女に会いたい。







別の日。
シーナに下で待機してもらわず、落ちるカインツと並走飛行して受け止めてもらったが、ダメだった。

また別の日。
ならばあの日のように、崖ではなくシーナの上から飛び降りたが、ダメだった。

「後は…時間?日の沈むタイミング?」

夕日で空が赤くなっていればいいのかと、いつも太陽を見ながら落ちていた。が、もしかすると藍色になるまで待たないといけない…?

推察すると早く試したいが、綺麗な夕陽が出る日は意外と少ない。
連日雨だとか、晴れていても西の空に雲が多いとか、体感的にチャンスは5日に1回ぐらいに思える。
また夕方に訓練や任務のない日となると、試せるのは
20~30日に1回程しかなかった。




待ちに待った決行日。
そろそろ仮説が当たって欲しいが…確証がないので、他の要素も可能な限りあの日を再現してみる。

夕日が沈み空が藍色と赤色のグラデーションの時に、シーナの背から飛び降り、森に向かって落ちる。

これで完璧なはずだ。

西の空に雲はなく、夕日も赤々と輝いている。
太陽の本体が徐々に沈み…空は藍色と赤色のグラデーションに。

「今だっ!」

シーナの背を蹴り、あの日と同じ色の黒い森に向かって落ちる。
もう慣れたもので、目を開けて行くと…
何の前触れもなく、草の上にいた。

「…っ!成功だ!」

急いで起き上がり周りを見ると、前と同じ大パノラマに黄昏の空。
そして…何故か会いたくてたまらなかった少女が、2年前と全く変わらぬ出で立ちで、そこにいた。

「君っ!会いたかった…!」
「キラキラしていて、綺麗ね…」

カインツの事は気にせず、あの日と同じように髪に手を伸ばす。

「ねぇ、君は誰…?」

聞きたい事は色々あるのに、また会えた感動で何も出てこない。
オレンジと青に染まり風にはためいている髪が、こちらに触れそうでドキリとする。
無表情でカインツの髪を触る少女に見惚れていると…

「次は気を付けてね…」
「しまった!待って!聞きたい事が…!」

世界が霞み、地面にいた。


---


あれから15日後、またチャンスがやってきた。

前回と同じ場所、同じ方法で試してみる。
体感時間で3分程しかないので、今度は聞きたいことを頭に入れてきた。

「シーナ!今回も宜しくね!」
「クキュゥ~…」

力のない声が返ってくる。
竜にとっても相棒となる騎士が落ちるのだ、心配しない訳がない。

「…ゴメン。でも僕、あの子に会わなきゃいけない気がするんだ…」

何故だろう?彼女に会う度に焦燥感に駆られる気がする。
一目惚れ…かと思ったが、そんな言葉では言い表せない何か。

太陽が沈み、黄昏時が訪れる。

シーナの背を飛び出し、彼女の元にたどり着く。

「黄昏姫!」
「…なぁに?それ」

今日は草の上に座っていた少女に駆け寄る。
こちらを振り返ってコテンと首を傾げる少女の仕草は、外見より幼く見えた。

「ごめん、君の事だよ。名前が分からなくて…教えてもらっても?」
「名前…?」
「君の名前、何ていうの?」
「…わからないわ」

その顔には悲しみも困惑もなく…。
ただ事実を伝えたのみ、という事が窺えた。

「じゃあ…黄昏姫って呼んでいい?」
「たそがれ…ひめ?」
「うん。君に会った人はみんな、そう呼んでるんだよ。…嫌かな?」
「そう…。嫌じゃないわ」
「良かった!今度からそう呼ぶね!」

コクリと頷く少女を見て、やっと会話が出来た事を喜んでいると…もう藍色が迫る。

「時間が!えっと、ここはどこかな?」
「…ここ?私の世界よ」
「えっ?君が作ったの…?」
「そうよ、空が綺麗でしょう?」

そう言うと少女は徐に立ち上がり、ゆっくり空に手を伸ばす。
今まで無表情だった顔が、少し微笑んだ気がした。

橙色が消えゆく。世界が霞む。

「ねえ!また来ていいかな!」
「好きにするといいわ」


また目の前に、暗い森が、いた。



---



「黄昏姫!」
「…なぁに?それ」
「前にそう呼んでいいって言ったよ?」
「…そう、そうだったかしら?」

黄昏姫は何も覚えていない。
カインツがこの世界を去る時、記憶がリセットされるようだ。
それでも質問には答えてくれるので、少しづつ分かってきた。

ここに1人でいること。
空腹や眠気を感じないこと。
ずっと黄昏色の空なこと。
時々訪れる人は「落ちた人」だと認識していること。
他の「黄昏空の世界」と繋がること。

そして、自分の事は何も分からないこと。



そもそも他の「黄昏空の世界」と繋がって「落ちた人」が何故、どうやってここに来るのかも分からないらしい。
が、彼女の中で「助けなきゃ!」という強い感情があるようで、その気持ちに魔力が乗っている…と推測するしかない。

毎回記憶がリセットされなければ、もう少し彼女の事が分かるのに…。



カインツはなぜ黄昏姫の事を知りたいのか、自覚のないまま…

気付けば出会った日から4年が過ぎていた。



---


「カインツ!お前、最近夕方になると時々サボるよな?すぐに帰って来るから黙ってたけど、どうしたんだ?」

同じ時期に見習いから上がった同僚が、とうとう声をかけてきた。
バレているのは分かっていたが、それよりも黄昏姫に会いたい気持ちが強く、任務以外の時は夕方にこっそり抜け出していたのだ。

「いや、ちょっとね…トイレだよ、トイレ。最近お腹が弱くて…。その分残って作業するから、黙っていてくれないか?」
「そりゃあいいけど…。何か理由があるんじゃないのか?まさか…先輩に揺すられてるとか、ないよな?何か力になれるなら遠慮なく言ってくれよ?」

優しい同僚に本当の事を言えないのは気が引けるが、黄昏姫の事がバレるのが嫌だと思ってしまった。
なのに西の空が晴れているのを見て、今日も会いに行けると心が踊る。

「ありがとう。本当に何もないから…!」

そう言ったカインツの顔には隠せぬ喜びが浮かんでおり、同僚は苦笑するしかなかった。



---


「黄昏姫!」
「…なぁに?それ」
「君の名前だよ!って…分かっているけれど、毎回忘れられるのはやっぱり悲しいなぁ…」
「私、貴方と会った事があるの?」
「そう。僕がね、君に会いたくて何度もここに来ているんだ」

カインツの悲しそうな顔に同情したのだろうか、黄昏姫が見上げなから髪に手を伸ばす。

…最初はこんなに差はなかったのに。
18歳の青年になったカインツと、何も変わらない14歳程の黄昏姫とでは、もう20センチほど差が出来てしまった。
カインツはまだ成長期なので、これからも差は開くのだろう。

「…こんなに綺麗な金色を忘れるなんて、残念ね」
「それ!初めて会った時も、髪の色を褒めてくれたよ!僕の髪色が好きなの?」
「ええ。ここでは見られない、昼間の太陽みたいで好きだわ」

少しだけ微笑んだ黄昏姫を見て、カインツが閃いた。

「そうだ!僕の髪をあげる!」

竜に乗るときに邪魔にならないよう、少し長めに伸ばし括ってる髪をほどき、無造作に一房掴むと紐で結び、短刀で根元付近からザクリと切り落とした。

「これを見て、僕の事を思い出してみて?そしたら忘れない…かもしれない」

今まで散々忘れられてきたので期待はしていないが、物を置いて行くのは初めてだ。
もしかすると変化があるかもしれない。

黄昏姫は髪を空にかざし、色の変わり具合を見ている。
その横顔は楽しそうに見えた。

「ありがとう、大切にするわ」

3分程で帰されてしまうこの世界で、髪だけでも黄昏姫に寄り添えたら嬉しいと思った。



---


それから雨が続き、天候を利用して奇襲をかけ、勢いに乗って砦を連続して3つ落とし…

黄昏姫に会いに行けたのは、3ヵ月も後の事だった。

彼女はきっと覚えていないけど、カインツは会いたくてたまらなかった。

「黄昏姫!」
「…なぁに?それ」
「久しぶり!任務さえなければ直ぐにでも来たかったよ!」
「本当に、髪だけ残して中々来ないのだから、暇でしょうがなかったわ」
「…え?」

今、何て?

「…僕のこと、覚えているの…?」
「ええ、今まで「還った」瞬間にその人の事は忘れていたのだけれど、貴方の事は忘れなかったわ。髪が残っているからでしょうね」

そう言って、綺麗に纏められた髪を見せた。
カインツが適当に結んだ物とは違い、綺麗な白いリボンで纏められ、髪の長さも揃えられていた。

初めて覚えていてもらえた事、髪を大切にしてもらえた事、感動が大きすぎて何も言葉にならない。

「ねぇ、貴方の名前を教えて?」
「…カインツ…」

黄昏姫に初めて質問をされた。
今までこちらから一方的に質問していたのに、やっと興味を持ってもらえた…!

「カインツって言うのね。それに、今までどんな話をしたのか教えてくれる?髪をもらう前の記憶は…思い出せないみたい」
「…うん、…うん!」

色々な感情が爆発して、涙が出るのを止められない。
カインツより小さい黄昏姫が、クスクスと笑いながらお姉さんのように背中を摩ってくれるのが、何だかくすぐったかった。

「カインツ、貴方が来るのを待ってるわ」

もう橙色がほとんどない。

「…次の夕日に、必ず…」

こんなにも離れ難いと感じたのは初めてだった。



---


それから3日。
空高くからの斥候の任務中だったが、単騎行動中なのを良いことに、こっそりと落ちて会いに行った。

「黄昏姫!」
「待っていたわ!」

お互い話す気満々だった。
たった3分程という短い時間だが、今まで毎回初対面の黄昏姫の対応が固く、質疑応答という感じだったので、普通に会話ができるだけで嬉しい。

初めて会った日の事や、今まで何度もここを訪れた事、この世界について黄昏姫から教えてもらった内容を話し…

「やっぱり、自分の事は何も分からない?」
「そうなの。靄がかかったように、何も思い出せないの。でもこの世界のルールや「助けたい」という気持ちは分かるのよ」

そう言うと、カインツの切った髪を纏めていたリボンと同じ物を、空中に出してみせた。

「この世界は私の想像で出来ているの。時間を止めているのも私。…なのだけれど、どうしてしたのか、何も分からないの…」

悲しそうに俯く黄昏姫が儚く消えそうに見え、思わずカインツの腕の中に閉じ込めた。

「…大丈夫、一緒に思い出していこう」
「…ありがとう。心強いわ…」

この世界から、カインツだけが霞んでいく。
力強く押し当てられていた腕も、胸も、背中も、温もりだけ残して消えていった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

どうしてこうなった

レイちゃん
ファンタジー
【この作品には、こういう特徴があります】 ・一般的な貴族社会とは異なる設定が多々あります。 ・話ごとに視点が変わります。 ・心理描写と情景描写は薄味なので、読む方が想像力で補完する必要があります。 ・戦闘シーンがあるので、一応【R-15】設定しています。

エロゲで戦闘力特化で転生したところで、需要はあるか?

天之雨
ファンタジー
エロゲに転生したが、俺の転生特典はどうやら【力】らしい。 最強の魔王がエロゲファンタジーを蹂躙する、そんな話。

逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました

吉高 花
恋愛
◆転生&ループの中華風ファンタジー◆ 第15回恋愛小説大賞「中華・後宮ラブ賞」受賞しました!ありがとうございます! かつて散々腐れ縁だったあいつが「俺たち、もし三十になってもお互いに独身だったら、結婚するか」 なんてことを言ったから、私は密かに三十になるのを待っていた。でもそんな私たちは、仲良く一緒にトラックに轢かれてしまった。 そして転生しても奴を忘れられなかった私は、ある日奴が綺麗なお嫁さんと仲良く微笑み合っている場面を見てしまう。 なにあれ! 許せん! 私も別の男と幸せになってやる!  しかしそんな決意もむなしく私はまた、今度は馬車に轢かれて逝ってしまう。 そして二度目。なんと今度は最後の人生をループした。ならば今度は前の記憶をフルに使って今度こそ幸せになってやる! しかし私は気づいてしまった。このままでは、また奴の幸せな姿を見ることになるのでは? それは嫌だ絶対に嫌だ。そうだ! 後宮に行ってしまえば、奴とは会わずにすむじゃない!  そうして私は意気揚々と、女官として後宮に潜り込んだのだった。 奴が、今世では皇帝になっているとも知らずに。 ※タイトル試行錯誤中なのでたまに変わります。最初のタイトルは「ループの二度目は後宮で ~逃げるための後宮でしたが、なぜか奴が皇帝になっていました~」 ※設定は架空なので史実には基づいて「おりません」

女神の加護を受けし勇者、史上最強の魔王、36歳無職の秋葉原ライフ

ゆき
ファンタジー
魔王城での最終決戦、勇者ティナは史上最強の魔王リカリナを追い詰めることに成功する。 でも、魔王リカリナは、ずっと疑問に抱いていたことがある。 「この世界、女しかいない」 勇者は魔王リカリナが話す転生先の世界に魅力を感じてしまう。 本では見たことがあった。 でも、男なんて創作物だと思っていたから、最終決戦にも関わらず、異世界転生という言葉に強く惹かれてしまう。 魔王リカリナは、勇者ティナが中々とどめを刺さないことにしびれを切らして、 勇者ともども、消滅する魔法をかけてしまう。 きっと、転生先で「王子に求婚される令嬢で、ゆるゆると、ときめきの転生ライフ」が待っていると信じて。 しかし、2人が転移した先は秋葉原のコンカフェの面接会場だった。 無事面接に受かった2人はカフェで働き始めるが、2人の作者を名乗る元ゲームクリエイター現在無職の雄太が現れる。 異世界から来た2人の身を案じた雄太は、同棲を提案する。 無職と勇者と魔王、ありえない3人の同棲生活が始まる。

魔女のおやつ 〜もふもふな異世界で恋をしてお菓子を作る〜

石丸める
恋愛
女子高生の莉子はプリンを追いかけて川に転落し、異世界に転移してしまった。そこはすべてが巨大化した世界。巨大虫に襲撃され、巨大もふもふに翻弄されながら、リコはこの世界で一人暮らしを始める。自分を助けてくれた少年に恋をしたり、バイトをしてお菓子を作ったりとほんわか生活していたら、転移した美少女の体には秘密があるとわかって……「えっ? 私って奴隷なの!?」大ピンチの予感。 童話のような世界の、甘くてちょっぴり危険な恋物語。全三章完結です!

貴方の事なんて大嫌い!

柊 月
恋愛
ティリアーナには想い人がいる。 しかし彼が彼女に向けた言葉は残酷だった。 これは不器用で素直じゃない2人の物語。

【完結】転生少女は異世界でお店を始めたい

梅丸
ファンタジー
せっかく40代目前にして夢だった喫茶店オープンに漕ぎ着けたと言うのに事故に遭い呆気なく命を落としてしまった私。女神様が管理する異世界に転生させてもらい夢を実現するために奮闘するのだが、この世界には無いものが多すぎる! 創造魔法と言う女神様から授かった恩寵と前世の料理レシピを駆使して色々作りながら頑張る私だった。

処理中です...