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第1章・王都に向かって
犬と猿だって、きっと俺達よりは仲が良い
しおりを挟む「じゃあな、ダグラス。先に王都で待っているぞ」
「ああ、俺達の事は心配すんな!まだ準備があるんだろ?」
「…ボクは心配しかないけどね…」
アドルフが、転送の魔法陣を使って王都に帰る。
膨大な魔力が必要だと言っていたが、アドルフとユーリが魔力を流し込むと、それは呆気なく作動した。
この2人、桁違いな魔力を持ってるな…。
「ユィスティル。明日から闇魔術で影に潜るのはやめろ。奴らに感付かれる危険がある」
「えー!夜は家に帰ろうと思ってたのに…!」
「今晩は許すが、明日は駄目だ。王都に着けば問題ないが、明日の朝から到着までは必ず2人で“仲良く”行動しろ。演技の一環だと思え」
「…分かったよ…」
しぶしぶ頷くユーリを確認し、アドルフは俺の荷物と共に魔法陣に足を踏み入れる。
「“仲良く”、な」
そう言うと光が強くなり…消えた時にはアドルフも荷物もなくなっていた。
「…すげぇな」
「そういう感想しか言えないのが凡人の証だよね~」
「何でいちいち一言多いんだよ…」
肩をすくめて、ユーリが部屋から出ていく。
「ボク達の設定も詰めないとね。キミと話すのは疲れるけど、ボクの仕事は完璧がモットーなんだよ」
…着いて来いって事なんだろうな。
何でそう、ストレートに言えないかね。
隣の部屋に戻ると、ユーリがお茶を淹れていた。
よっぽど俺のがマズかったんだろうな。
あ、完璧に淹れて当て付けとか?あり得る。
気にせずソファーに座ると、ユーリがふんっと鼻を鳴らしたのが聞こえた。
無視だ、無視。
それよりアドルフに借りた剣を装備してみよう。
ベルトに鞘が固定されているので、ベルトを動きやすく、抜きやすい位置にセットしなくてはならない。
身体のゴツいアドルフは長さギリギリの穴を使っていたようだが、俺は前から数えた方が早い穴になった。
…騎士として悲しい。
そんな事をガチャガチャやっていると…
「え?腰、細過ぎない?本当に剣士?技とか使える?」
ダボダボのシャツを着ていたから、身体の線が見えていなかったのだろう。
ユーリがお茶の入ったカップをテーブルに置き、俺の腰をベタベタ触ってきた。
「腹筋は…ある。背筋も腹斜筋もある。え?何でこんなに細いの?」
「ちょっ!触るなよ!」
急いで飛び退くと…ユーリは追い掛けて来ず、顎に手をあてていた。
「キミ、絶対パワー系じゃないよね?スピード重視?あんまりチョロチョロ動かれると、魔術が使いにくいんだけどな…」
一応ペアの戦術を考えてくれているようだ。
「パワーとスピードのバランス型だよ。筋力を魔力でブーストかけて、他の騎士と同じような基本の立ち回りで戦ってるさ」
「…そうなの?ボクとしてはその方がイイけど…。多分損してるよ?」
「いいんだよ。その方が即席ペアだって組みやすいだろ?」
確かに、自己流で魔物退治をしていた時は、筋力はあまり上げずスピード重視で戦っていた。
その方が戦い易いのだが、アドルフに「剣士は筋力重視が多い。そのパターンで練習している術師が多く、即席でペアも組みやすい」と聞かされ、騎士の一人として使われやすいようにバランス型に調整したのだ。
「…確かに、今回は合わせる時間も場所もないしね。じゃあそのつもりでボクも立ち回るから、キッチリ教科書通りに動いてよね」
「…そう命令されるとイラッとするが…分かったよ」
ユーリがソファーに座ったので、俺も元の位置に戻る。
目の前にカップがあったので飲んでみると…
「何だこれ!全然違うぞ!」
「でしょ~。こーんな良い茶葉をあんなに不味く淹れるなんて、ある意味天才だと思うけど~?」
ニヤニヤ笑いはムカつくが、これは本当に美味しい。
口の中に広がるほんのり甘味を含んだ苦味や、鼻から抜けるフルーティーな香り。そう言えばお茶の色も全く違う。
「ってか、アドルフはこれを飲んだ事があるよな?さっきのを美味いって飲んでたが、味覚は大丈夫か…?」
「あの人は…一流で育ってきたから、逆にジャンキーな物が美味しく感じるのかもね…」
「一流?騎士団長の息子だからか?」
「えっ、もしかして知らないの…?ラゾルテ家といえば、王家に次いで歴史も格式も高い公爵家だよ?」
公爵家!?それって凄く偉い貴族だよな!?
不敬罪!?冷や汗が吹き出る。
「マジかよ!俺、そんな人にタメ口で話してたのか!?」
「まあ、あの一家はそんな事は気にしないけどね…一人を除いて」
「…今更だけど、次からは敬語にした方がいいかな…」
「ちなみにボクも貴族だからね?敬語で話さないと不敬罪だぞ~」
ギョッとしてユーリを見ると、またニヤニヤ笑っている。
「嘘だな!俺をからかいやがって!」
「本当だよ。領地のない男爵だけどね。ま、キミに敬語で話しかけられるのは背中が痒くなりそうだし、今まで通りで許してあげよう」
そう言うと、またカップを手に取り飲みだした。
…まあいい、本題に入ろう。
「それで?俺とお前の“設定”だったよな?」
「そうそう、キミのおバカさで話が脱線しちゃったよ」
…コイツ、一回殴ってやろうか。
「見た目ヒョロガリの22歳?だっけ?と、ボクみたいな美少年でしょ?兄弟は無理だし、仕事仲間とかも無理だろうねぇ」
「そうだな…お前の見た目は15歳ぐらいか?」
「それぐらいかな、人間で言うと成長期目前ってとこだね」
髪は俺が金髪、ユーリが深緑だが、髪色は持っている魔力の属性を表しており、親子でも兄弟でも違うので問題はない。
しかし肌の色は遺伝だ。白いこの国出身の俺と黒い異国風のユーリ、兄弟は無理だ。
奴隷制度は廃止されたのでユーリを奴隷として売りに行く設定も使えない。残念過ぎる。
異国からの居合わせた観光客?は、俺がこの国から出た事がないから、突っ込んで聞かれると嘘がバレる。
色々なパターンを考えたが…
「嘘が多いとボロが出ちまう。真実に嘘を混ぜ混もう。俺の村の孤児院から出稼ぎに来た2人ってのはどうだ?」
「孤児…このボクが…」
「もし教団に怪しまれても、年上に見える俺が対応すれば、お前は極度の人見知りとかで黙っていてもおかしくないだろ?」
「…不本意だけど、それしかなさそうだね…」
ふてくされながらも了承してくれたので、この設定で行こう。
「もし質問されたら上手く切り返してよ?怪しまれて捕まればキミの責任。ボクは逃げるからね。拷問されても騎士団だって絶対言わないでよ」
「もちろん、俺だって騎士団員の矜持ぐらいあるさ!…って、ピンチなら助けてくれるのがペアじゃないのか?」
「自分から“年下のボクは人見知りだから黙っとけ”って言ったんじゃないか。言葉に責任持ってよね」
そう言うと立ち上がり…
「キミと話しているだけで疲れるよ…。明日の朝、ボクが来たら出発だから、早起きして準備しといてよね」
「どこに行くんだ?」
「家に帰るんだよ!明日は安宿に泊まりとか…ありえない…。あ、キミはこの部屋から出ないでね」
影に沈んで行った。
「おい!せめて何時出発か決めろよ!」
俺の声が虚しく部屋に響く。
本当に自由人だな!
腹いせに外に行ってやろうかと思ったが、アドルフに迷惑をかける事態は避けなければ…と、思い留まった。
その夜は宿の人が運んでくれた豪華な食事を頂き(ラッキーな事にユーリの分もあったので、2人前平らげてやった)、今まで経験のないふかふかなベッドで明日に備えて早めに就寝した。
---
翌朝早朝。
ユーリが何時に来るか分からないので、念のため日の出前に起床し、日の出頃に準備は完了した。
口うるさいアイツの事だ、少しでも待たせたらそれを材料にネチネチ言いまくるに決まっている。
出発前に馬と幌馬車の確認を…と思い1階に行くと、宿の人に会った。
「おはようございます。いかがされましたか?」
「あ、おはようございます。馬車の点検をしようかと」
「…私共で確認しますので、お連れの方がいらっしゃるまでは部屋でお待ち下さい。すぐに朝食をお持ちします」
…そう言われれば引き下がるしかない。
昨日から、客商売の割に態度が冷たい気がする。
それともアドルフに何か言われてる…?
まあいいやと思い、部屋に戻った。
そして運ばれて来た朝食(残念ながら1人分だった)を食べ、ユーリを待って、待って、待って…
「え!?遅すぎないか?もう日が高くなってきたぞ?」
朝の清涼な空気は疾うに消え、気温がじりじりと上がってきた。
もうそろそろ出発しないと、今日の日没までに宿泊予定の街に着けないぞ…と心配するも、こちらからユーリに連絡する手段がない。
やきもきしていると…
「…出発するよ…」
ソファーにもたれかかるようにしてユーリが現れた。
「ユーリ!お前、遅すぎだろ!?」
「うるさい…ボクは朝が弱いんだよ…」
のそりと起き上がると「行くよ…」と部屋を出ていった。
俺も急いで荷物を引っ掴み、ユーリを追う。
「お前、荷物は?」
「先に馬車に置いてきたよ…なんだよあの汚い幌馬車…」
「アドルフが手配してくれたんだよ。今思えばわざとボロいのを用意したんだな」
ユーリが顔を嫌そうに歪ませ、でも何も言わずに下に向かう。
仕事だから仕方ない…と飲み込んでいるのだろう。
宿の人とは会わず、幌馬車についた。
荷台に荷物を置こうとすると…大量のクッションが。
「何だこれ!?」
「ボクの座る場所だよ。こんな椅子もない馬車、そのまま座ったら体中痛めるでしょ」
「貧乏旅にこの量はおかしいだろ!」
「うるさいなぁ…見付かりそうになったら影に隠すに決まってるよね。ちょっとは頭使ってよね」
そう言うとクッションの山に寝転んだ。
「昼頃に次の街かな…。着く直前に起こして…」
「おい!結局寝るならもっと早く出発しても良かったんじゃないのか!?」
「こんな固くて揺れる所で熟睡出来るワケないよね…?やっぱりキミってバカだなぁ…」
…一瞬で寝息が聞こえてくる。
何なんだこいつは!!!
何度目か分からない怒りを胸中に抱えながら、御者台に乗り、馬車を進ませた。
王都につくまで、俺の頭の血管はもつのだろうか…?
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