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第二章 あの悪魔を退治しよう
13 終わりに至る前の語らい
しおりを挟む激しい振動に地鳴り。建物が軋み、破片が落ちてくる。崩壊へのカウントダウンは、目に見えて始まりだした。
『オレに捕まれ、脱出するぞ』
その言葉に、二人は迷うことなく素直に従えば、一瞬にして外へと出ていた。遠く離れた場所から見える館は、大爆発を起こしている。
「戦闘中も気になっていたので、確かめさせて頂く。
アプドルク殿は、やはり地球から此方へ?」
『……お前達も同じか。
察しの通り、オレは【Night:Mare】というホラーゲームで主人公をサポートするアプドルクという存在になって、この世界にいた。
あの館は、Night:Mareのもの。
頭のおかしいアイツは、館の主でありラスボスの探究の悪魔キメラギオン。
まさか、ラスボスが館ごといるとは驚きだった』
「道理でホラーゲームっぽいうえに地球の物や情報があったのでござるな」
羊や鶏もだが、侵入した際に調べた部屋に地球の物と思わしき物がちらほらあったことを朧月は思い出す。
「そうなると、この世界には好きな作品のラスボスがいる可能性があるということに? う~む、拙者の場合で考えられるのは【光輝】か【死眼】のどちらかということでござるか。
……どうせ戦うのであれば【虚言】の方が戦力的にも気分的にも楽なんでござるが、ボスではござらんからなぁ……」
今後の事を考えての気の重さからか。機械仕掛けにしか見えない彼は、深い深い溜め息をもらした。
「クリス殿は────」
さっきから、何故か会話に参加していない少女に声を掛けて見ると、お気に入りのクッションに抱き着くが如く、アプドルクにしがみついていた。
「────何をしているんでござるか」
「……感触が気持ちいい……」
『お前はいい加減に離れろ』
会話に集中していてやっと気付いた朧月。少女が疲れた様子だったので放っておいたが、終わらないスキンシップに流石に怒るアプドルク。
「あ、あの? クリス殿?」
「……このまま、眠りたい……」
幸せそうな声に聞こえたのは、気の所為では無いらしい。目を細めて堪能している。
アプドルクは動物のような見かけだが、肉体は明らかに生物とかけ離れたもの。
低反発素材のような肉体は柔らかい餅、もしくは纏っている布越しであれば身体が沈み込む程に柔らかいクッションのよう。不快にならない弾力性を持つ。
脱出の際にアプドルクに触れた朧月は、館の廊下で真っ二つにした怪物──いや、悪魔の一体の、液体に酷似した形姿のものと感触が似ている気がしたと感想を抱いていた。
『退く気は無いようだな』
疲れている身体が、より心地良さを求めているのだろうが、相手の声は苛立たしげ。
怒りで低い声が更に低くなっている。
仮面の目の所に僅かに空いている隙間から覗く紅い目が、強く輝きだす。何か、する気だ。
「クリス殿、そろそろ止めヒギャアアアアァァァッ──────!?」
四足歩行の悪魔の形は崩れ、身体が蠢き黒から肌色へと徐々に色が変わっていく。
変化途中の有様は、不出来な粘土細工。人間が溶けるのを逆再生にしたような、直視したくない光景。
悪魔態から人間態への変身。抱き着いていた少女はいつの間にか、見知らぬ青年にお姫様抱っこの状態になっていた。
「いい加減に、オレから離れろっ!!」
次の瞬間、青年は腕の中に抱えているものを躊躇なく放り投げ、少女は身軽な猫のように一回転して着地した。
「ちょ、ちょっとアプドルク殿!? 流石にいきなり放り込投げるのは、どうかと思うででござるよ!?」
ショックから立ち直った朧月は、いきなりの行動に慌てた。クリスだから大丈夫と分かっての行動であろうとも、少々手荒いのには驚く。
「だから、忠告をした。謝らんぞ」
「…………」
「……? おい、どうした?」
目の前で行われた変身をクリスはしっかりと目撃している。それでも、信じられないようだ。
無表情な顔が、精一杯にはっきりと驚愕を表している。
「……どちら様……?」
悪魔態で身に纏っていた布は、赤い軍服へと変わっている。それをカッチリ着込んだ、短めの銀髪の青年。
睨みつける赤い虹彩の眼差しは、獲物を狙う鷲の如く鋭く、不機嫌を露わにして隠さない。
着けていた仮面は、何処かへと消え失せている。
「ついさっきまでお前が抱き着いていて、離れなかった相手だ」
青年は呆れたように言って、服の埃を払う。少女は、それでも信じられないのか、目を瞬かせて沈黙し続けている。
「えっ……? あっ!? クリス殿は、知らなかったんでござるな!?」
対応が完全に動物に向けるものだったので、おかしいとは感じていたが、眠そうなので寝惚けているせいかと首を傾げながら思っていた。
反応からしてクリスは、悪魔態のアプドルクをかなり気に入っていたので、ショックはより大きいのだろう。
「……わたしの気持ち……弄ばれた……」
やっと現実を受け入れられたらしい。衝撃の事実に、分かりやすくヨロめいている。
(そこは、恥ずかしがる所ではござらんのか!?)
アプドルクの人間態は見目麗しい。いわゆるイケメンの部類。普通の少女であれば、困惑と羞恥心が激しく湧き上がりそうなものだが、クリスは反応が何かおかしい。
変身過程に恐怖を感じていないところも加えて、感性がズレているのかもしれない。
「人聞きの悪いことを言うな。お前が勝手に思い込んでいただけだろう。そもそも、中ボス共が人の姿から悪魔に変化しているのに、どうして気付かなかった」
「……そういえば、クリス殿は植物の悪魔の時は途中からの観戦で、他は拙者が全部倒してしまっていたでござるよ。知らないのに気付くべきでござったか」
「……弄ばれた……」
「拙者も!?」
「どうでもいいが、さっきの情けない悲鳴は何だ?
あれぐらい、いやでも見慣れたものだろう」
話を切り換えるつもりも兼ねて、気になったことを尋ねる。ホラーまみれの場所では平気でありながら、何故に今さら悲鳴を上げているのか。
「拙者、ああいう怖いものは駄目でござって」
「……えっ? でも……」
クリスが記憶する限りでは、館内で恐怖など微塵も感じていない戦いぶり。しかも、キメラギオンを至近距離で切りまくっていた。
「この身体が戦闘狂の朧月になっているからか、戦う分には問題ないんでござる。ただ、普段は本当に苦手なもので……」
表情の変わらない無機質めいた顔では分かりづらいが、泣きそうな声で言っているので本当なのだろう。
「……戦闘狂の身体とは、大丈夫なのか?お前、いきなり襲いかかってこないだろうな」
「拙者、そこまで見境なくないでござるよ!?」
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