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14 恋人仕様の朝
しおりを挟む「起きろ。朝だぞ。今日は予定があるんだろ。何だか知んねえけど間に合わなくなるぞ」
「んん…?」
朝からステラの大好きな声が聞こえてご機嫌な顔で目を覚ますと目の前に顰めっ面のノクスがいた。
「おはよー」
にこっと微笑みながら答えるとふっと顔を逸らされた。
ほわほわとあくびをしながら起き上がって大きな伸びをすると窓からは日差しが差し込んでおり、すっかり朝になってしまっていた。
もっと夜を楽しむはずだったのに。ノクスは起こしてくれなかったようだ。
気遣い屋なところがあるからこうなるだろうなとは薄々わかっていたが、もったいないことをしてしまった。
ノクスが何だか気にした様子でステラを見ていた。
「体調は」
「んん?とっても元気だよ」
ステラに近寄ると確かめるように顔を覗き込まれる。キョトンとしているとぽんぽんと頭を撫でられた。
「朝飯食べるぞ。元気なら手伝え」
「はぁい」
と言いつつ、キッチンからはいい匂いがして、朝食の準備はほとんど終えていることが伺える。おそらく配膳くらいしか仕事は残っていないのだろう。
ステラは元気よくベッドから降りるとノクスの後を追ってキッチンに向かう。
「ノクス、今日早いんだっけ」
「ああ、朝飯食べたらすぐ出る」
「宮廷だよね」
「宮廷騎士だからな」
「全然見えない。タバコ吸って、お酒飲んで、女の子殴ってそうな見た目なのに」
「お前俺のことなんだと思ってるんだよ」
「ステラの優しい“恋人”だよ」
えへへと嬉しそうに笑うと眉間に皺を寄せていたノクスは溜め込んだ怒りを全て吐き出すようにため息をついた。
「お前は?」
「お昼から人と会う」
「へえ」
なんとなく含みのある返事にステラはピンときて付け加えた。
「お仕事の人だからね」
「わかってる」
「もしかして今までノクスがステラのお仕事の話に突っ込んでこなかったのって、恋人じゃないと思ってたから?ステラのお仕事の話もっと聞きたい?ステラのこともっと知りたい?」
どうせ別にとか、また今度なとか、素気なく告げられて終わりだろうなと思っていた。それなのに、気だるそうに歩きながらその一言を返す。
「教えてくれんなら」
ステラは予想外の答えにその場に立ち止まった。なにそれ。知りたいんだ。
「今日はもう仕事だから今週末か、時間あったら適当な平日の夜寄る。その時にでも聞か…」
「平日くるの!」
「いやなら来ねえけど」
「全然嫌じゃない!」
ステラはふるふると首を横に振った。
もしかして、もしかしてだけど、今まで週末しか積極的に会おうとしてくれなかったのもセフレだと思っていたからなのだろうか。
あんまり干渉しすぎたら嫌がられるからとか。
ありそう。ノクスは適当そうに見えてとても気遣い屋だから。ステラのことを考えて弁えた態度を取ろうとして、週末だけと決めていたのかもしれない。
ステラはノクスの大きな背中をじっと見つめると、パタパタと駆け寄って思い切り飛びついた。
「たく…っ危ない」
迷惑そうに眉を顰めながらノクスがステラの方を振り向く。
ステラがよじよじと登ろうとするとノクスは迷惑そうにしながらも足とお尻を持ち上げておんぶしてくれた。ステラは上機嫌でノクスの首に手を回してぎゅっと抱きついた。
「ねえいつ来るの?今日?明日、明後日?毎日来てもいいよ」
「そんなこと言ったら入り浸るぞ」
「いいよ、来て。ずっといて。ノクスがいないと寂しくて」
ずっと仕事で忙しいノクスに我儘を言ってはいけないと思って、封じ込めていた言葉を告げると、ステラを支えるノクスの手に微かに力が入った。
「時間がある日に寄る」
「本当!お仕事頑張ってね」
何だかすごく無駄な我慢比べをしていたなと思いながら、ステラはノクスの大きな背中に頬を擦り寄せた。
◇◆◇◆◇
「前向きに検討してはもらえないか」
「だめです。だって魔女は奔放なんですよ。そんな大切な息子さんを魔女に渡すなんていけませんよ」
「知っているさ。魔女が奔放なことはもちろん、あまり知られていないが、コレと思った男にはとことん一途なことも」
そう告げると年老いた男はステラの方を見ながらほっほっと笑って目の前の紅茶をすすった。
ステラは困った顔をして羊乳のバスクチーズケーキを口の中に放り込んでふにゃっと口元を緩める。年老いた男はその様子を穏やかな瞳で見つめながら微笑んだ。
「私があと30歳若ければ魔女殿にアタックしたのにな」
「ララももう少し歳が近ければ陛下のこと好きになっていたかも」
ステラも楽しそうに微笑みながら陛下の胸元の魔力溜まりを見た。
陛下もステラ好みの深い青色の魔力をしている。
ノクスによく似た美しい夜空の色。でもノクスよりも少し赤みが勝っていて夜明けが近い夜の色。陛下の魔力もとても美しい色だと思うけど、ステラはやはりノクスの青色の方が好きだった。
ノクスの青色はステラの追い求める理想の色なのだ。
「私の倅も私に似たいい男だぞ」
「だから魔女はだめですって」
「なぜだ。恋人がいるわけではないのだろう」
「それは…そうですけど」
魔女はダメだ。魔女は多情で奔放だから。そうだって、世間一般は思っているから。魔女の恋人だと言ったら遊ばれているだの、倫理観が狂ってるだの、必ず後ろ指を刺される。
だから、基本的に魔女を恋人にしてはいけないし、たとえ恋人でもそのことを安易に周りに言ってはいけない。
「この人って思う男性は本当に稀で出会えるかどうかは運なので。軽率にかっこいい男の子紹介されたら私、遊んじゃいますよ」
「それでもいい。主の母君もそんなこと言って私の親友に会った途端一目惚れしてゾッコンになった。わからぬものよ」
遠い場所を見つめながら陛下はそう答えた。
ステラの両親はステラが幼い頃に事故で亡くなった。
すぐに母方の、つまりは魔女家系の叔母に引き取られ、しっかりと一流の魔女として育てられたのだが、陛下は叔母がいなければステラを養女として引き取ると言ってくれるほどステラのことを心配してくれた。
陛下と叔母さんは面識があるらしいが、仲がすこぶる悪いらしく、今日のように陛下と魔女一族との間で行われる定期的な話し合いでは、当主である叔母の代理として、次期当主で陛下と仲のいいステラが御用聞きに宮廷に出向くことが多かった。
陛下とおしゃべりするのは楽しいのだが、最近はどうしてもステラを養女として迎えられなかったのが心残りのようで、まだ結婚していない自分の息子たちのどれかとステラをくっつけようと画策しているらしい。
ステラには恋人がいるのだと宣言して断れればよかったのだが、宮廷で働くノクスからしてみれば、変に探られたりしてステラとの関係が職場の人間に漏れると色々不都合なのではないかと思い、陛下に伝えられずにいた。
万が一陛下から変な圧力がかかったり、噂が立ってステラと付き合っているせいでノクスが馬鹿にされたりするのは嫌だった。ステラが一途でも周りはそうは思わない。
ステラは多情な魔女だから。
どうやって陛下の企みを回避しようか考えていると陛下は呼び鈴を鳴らした。秘書の男性がすぐに近寄ってくる。
耳元で何かを話すと男性は部屋の外へと出ていってしまった。
「実は今ちょうど末息子が暇そうにしていてな。軍事部の所属で早朝から任務でドラゴン討伐に行ったんだが早々に討伐を終わらせて帰ってきおったようで、手空きなのだ。会ってみないか」
「もうこちらに向かっているんでしょう」
「ほっほっ。ステラが遠慮するのは目に見えておるからな」
「好みの男の子だったら食べちゃいますよ」
「構わぬ。煮るなり焼くなり魔女殿の好きにしてくれ」
時刻は午後3時。早朝から討伐に行っていたとしてもほとんど半日しか経っていない。
ドラゴンの討伐を半日強で終わらせるだなんて、とんでもなくムキムキの筋肉ダルマなのではないだろうか。そう言うタイプの男性は大体暖色の魔力をしているのだが、正直ステラのタイプとは程遠い。
どんなむさ苦しいのがくるのか身構えていると扉の向こうから声が聞こえてきた。
『任務早く終わらせたんだから帰りたいんだけど。接待のために捻出した時間じゃない。大事な約束が…』
『お静かに。陛下とお客様はすでにいらっしゃってます』
『あのクソジジイ』
「まあ、少し気が強くて、口が悪いが面倒見はいいやつだ」
部屋の外から聞こえてきた声に対して陛下はニコニコと笑いながら告げた。ステラは愛想笑いを浮かべる。
なかなかの地雷では。
そう思ったが、その声はなんだがステラのよく知る声に似ていて、妙に落ち着かなかった。そういえばドラゴン討伐の話もどこかで聞いたような。
でもまさかそんなこと、あるはずがない。と思いながらステラは陛下の方を見た。
柔らかい眼差し。少し垂れた瞳に整った眉。形のいい鼻と薄い唇。穏やかそうに見えて眼光だけはとても鋭い。
言われてみれば陛下と結構似ているようなと、焦りのような、困惑のような気持ちが湧いてきてなんだかそわそわとしてしまう。
部屋の外にいる人がもしステラの想像している人物だったとしたらどうしようと思い、部屋の扉の方をじっと見つめた。
こんこん、と扉をノックする音が聞こえて、陛下が答える。
「入りなさい」
ギィと扉が開いて、秘書の小さな革靴の音と、カツカツという重そうな金属の靴が床に打ちつけられる音がして、秘書の後ろに続いて一人の男性が部屋に入ってきた。
その男性は秘書よりかなり背が高くて、筋肉だるまではないが、しっかりとした体つきをしていて、とても男性的な見た目をしていた。
おそらく陛下に文句の一つでも言おうと思ったのだろう。秘書の前に出て、ステラと陛下のテーブルに歩み寄り、陛下の方へ突き進もうとした時、横目でチラリとステラの方を見た瞳と目線が合った。
その瞬間、ステラ自身もきっとこんな顔をしているのだろうなと思うほど青年の瞳が大きく見開かれて2人はその場に固まった。
「あ?」
「あ…」
「どうだ私の倅は。なかなかいい男だろう」
顔合わせをさせることができて嬉しいのであろう陛下は2人が並ぶ姿を視界に収め、満足した様子で告げた。
本当にいい男だ。何度見ても惚れ惚れしてしまう深い青色。
その青色の魔力が物語るように、顔も体つきも声も性格も、そして体の相性もステラにぴったりな、全てにおいて最高なステラの男。
「陛下、ララこの人がいい。ううん、この人じゃないとダメ」
それから間も無くして、魔女一族の一人娘と皇帝の末息子が華やかな婚儀をあげたとか。
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