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6 我慢と誘惑

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「ステラ」

 満点の夜空の下。あとは家に帰るだけ。
 隣町にあるギルドの本部から自宅のある王都の森まで帰ろうとしているとノクスがステラのことを呼び止めた。

 おそらく帰り道についてだろう。辻馬車を拾うか、厩舎で馬を借りるか。転移陣を使うという手もあるが、そこまで急いでいないしお金もかかるため、やはり馬で移動したいと考えたステラはノクスの方を振り返って告げた。

「馬が早くて安いからいいと思うけど、ひとりで乗るのは下手だから帰りもノクスの馬に乗せてほしいな」
「好きにしろ。それよりちょっといいか」

 ステラがお願いするとノクスは投げやりに答える。どうやら声をかけたのは帰り道についての相談ではなかったようでステラは首を傾げた。

「どうしたの」
「魔力切れだ。少し休みたい」
「魔力切れ?ノクスが?」

 ノクスは魔力がかなり多い方だ。ステラも魔力量には自信があるがそれよりも確実に多い。そんなノクスが魔力切れなんて信じられず、ステラは心配になって眉を顰めた。

「私、診ようか」

 魔女は魔力に対しての感度が高い。色の識別だけでなく身体中の魔力の巡りからどこで不具合を起こしているのか不調な部分を探ることもできる。
 ステラが尋ねるとノクスは首を振った。

「いや、薬を飲めば治る」

 その様子がステラの瞳には不自然に写った。
 飲み屋で感じた疑念が確信に変わりノクスの手を掴んだ。何か隠している。

「ノクス?」

 詰め寄るとノクスは目を逸らす。呼吸も少し乱れているような気がして、近寄って顔を覗き込むと頬がほのかに赤らむ。ノクスは慌てて体を引いた。
 今までにない反応にステラは首を傾げる。

「やっぱり、変だよ」

 そう告げた瞬間ノクスはステラの手を引っ張った。

「…わ」

 ずかずかと歩いていくノクスの後を小走りになりながらついていく。
 改めていつもはノクスが歩幅をステラに合わせてくれていたことに気づいて、今はそれができないほどノクスに余裕がないのだとわかり心配になった。

 本当にどうしたんだろう。

 少し歩くと街のはずれの人気のない雑木林にたどり着き、ノクスは足を止めた。くるりと振り返るとステラの方を見てローブの襟元を正し、顔が見えないようにフードを深く被せた。

「うっ、なに」

 行動の意図がわからずノクスの顔を見上げると頭にポンと手を乗っけられた。

「ここで少し待ってろ。回復薬を飲んだら戻ってくる」

 魔力不足が起こった場合、一番手っ取り早い回復方法は回復薬を飲むことだ。
 即効性があり、誰でもすぐに魔力を回復することができる。ただし一定量以上、魔力が不足していると急激に魔力が回復することで体が驚いてしまい、少しの間は魔力の出力が不安定な間が生まれてしまうことがあった。

「ララもついてく」

 そんな無防備な状態のノクスを放置するなんてできないと、ついて行こうとしたがなぜか許してもらえなかった。

「お前は待ってろ」
「なんで。邪魔したりしないよ」
「うるさいから」
「そんな」

 あまりにひどい言い草に頬を膨らませる。

「いいから。万が一知らない奴に絡まれた時は迷わず呼べ」

 そうやって心配するならステラも連れて行けばいいのに。
 やはり不自然な気がしてステラはまた首を傾げる。

 しかしノクスは先を急ぐようにステラをその場に置いて雑木林の奥へと向かって歩いて行ってしまった。

 絶対におかしい。

 不思議に思ったステラは少し考えたが我慢できずに歩き出す。

 体調が悪いのならステラはきっと役に立つことができる。これでも魔女だ。医療の心得はノクスよりはあるはずだ。
 何か手伝えることはないだろうかと、ステラはノクスの後を追った。




 
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