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4 魔女に惑わされて
しおりを挟む「それでは、スコア更新を祝して乾杯」
ステラは一方的にノクスのジョッキにカンとぶつけて音を鳴らすと、グラスを口元に近づけて中の深い紫色の液体を体に流し込んだ。
「んーおいしい」
大きな瞳。ぷりんと肉厚で美味しそうな唇。柔らかそうな頬。
ステラは色っぽいのにどこか幼い顔だちで、それなのに胸と尻は魔女らしくとても豊かで、腰はくびれていて男の本能をとてもくすぐる見た目をしていた。まさに魔女家系の女といった見た目だった。
そんな色っぽいステラがまだ未成年の17歳になったばかりの少女だなんて、今手にしているグラスがワインではなくただの葡萄ジュースだなんて誰が思うだろうか。
「どうしてまた飲み屋なんだ」
「今から家に帰ったら結構遅い時間になるから夕飯は食べて帰った方がいいと思って」
「飲めないなら飯屋で十分だろ」
「冒険者は飲み屋で乾杯って小説に書いてあったから。ステラは魔女だけど、今日は冒険者だからね」
冒険者らしいお気に入りのローブを引っ張って告げるステラはとても可愛らしくてノクスは黙り込む。
その小説とやらに飲み屋が気性の荒い冒険者たちの溜まり場になっていることは書かれていなかったのだろうかと、危機感のなさに呆れながらも無邪気なステラをつまみにノクスはエールをあおった。
ステラとの出会いも飲み屋だった。
仕事のストレスを発散させるために休日にギルドで適当に依頼をこなして遊んだ帰り道、安い酒とジャンキーなつまみが食べたくなってノクスはギルドのそばの適当な飲み屋で酒を空けていた。
深酒してもろくなことがないと数杯飲んで止めようとした時だった。酒場に一人の客が入ってきた。
全身をローブで覆った細身の客はぱっと見は貧弱な魔導士と言った風だったが、よく見ればローブはとても質の良いものでグローブやブーツの上級冒険者御用達の仕立屋のロゴが入っていた。
見かけによらず優秀なのかと眺めていると注文した飲み物と食べ物が運ばれてきて客はグローブを外した。ノクスは目を丸くした。
グローブから出てきたのはとても綺麗で細く、それでいて柔らかそうな小さな手だったのだ。
男のものではないとすぐにわかり、目を離さずに見ているとローブの中から美しい横顔が現れ、出された棒付き羊肉に肉感的な唇が齧り付いた。ノクスは思わずごくりと息を呑んだ。非常に好みの女だった。
電撃に打たれたような衝撃が走って、ノクスは迷わず席を立った。一通り女は食い尽くして、もう素人より店の女でいいやと面倒臭くなっていたのに、信じられないほどノクスの中の何かが反応して引き寄せられた。ジョッキを持って前髪を適当に撫でつけて。美女の隣に座ると声をかけた。
「あんた、ひとり?」
ノクスの声に反応して見上げた顔は造形は妖艶な美女なのに表情はぽかんとしたあどけないもので、やらしい顔をさせたくもあるのに、ただ優しく守ってやりたいような気持ちにもさせられ、その魅力に強く惹かれた。
「そうですけど」
「隣いい?」
だめと言われないように、垂れ目と整った顔立ちを活かした、お得意の人あたりの良い笑みを浮かべる。
美女は顔よりノクスの胸元あたりを興味深そうに見つめると、にこりと微笑んだ。
「…お兄さんならいいですよ」
なんとなく引っかかったが、彼女が何者なのか興味が湧いたのと、腰の辺りがとてもうずうずしたため、構わずに隣の席を陣取って周りの数名の男どもを威嚇した。
容姿の美しい女は頭が空っぽなことも多い。
しかし彼女との雑談は予想以上に楽しかった。変に媚を売ることも繕うこともなくて、ありのままの彼女は可愛らしく、分野によってはノクスよりも博識で話していて全く飽きなかった。
表情はころころ変わり、頭はくるくる回る。こんな楽しいと感じたことはないと思うほど充実した時間となり驚いていたが、ノクスがそうやって楽しんでいるであろうことを全て分かった上で話している様子が一番の驚きだった。
全て心のうち読まれているのかと思うと恐ろしくなったが、出し抜くのは得意でも出し抜かれたことなど一度もないノクスにとってはとても新鮮な感覚で、同時に彼女に気持ちを曝け出すことになぜか嫌悪感はなくて気にせずに話し続けた。
化かされてみぐるみ剥がされて一文なしになってもいい。今は彼女のことが知りたい。初めてそう思って彼女との時間に身を委ねた。
夜も更けていい時間になった頃店を出ることになった。
初めから魅力的だとは感じてはいたが、酒場で数時間話したことでノクスはますます彼女を自分のものにしたくて堪らなくなっていた。
それが妖艶な美女だからか、はたまたステラという1人の女性だからかは、その時のろくに初恋もせず寄ってくる女を適当に食い散らかすだけだったノクスにはわかるはずもなかった。
ただステラがほしくてどうしようもない衝動に駆られたのだけは今でも鮮明に覚えている。
「…ス、…ノクス、どうしたの。やっぱり飲み屋いや?お店変える?」
ハッと我に帰りノクスは顔を上げる。
あれから一年経ったが、美しいと思う気持ちは消えていくどころか、ステラの美しさ自体は大して変わらないはずなのに、日に日にそう思う気持ちは強くなっていて、頭がおかしくなりそうだった。
「…や」
感覚を麻痺させるようにノクスはエールをいつもよりたくさん流し込む。ノクス自身に自覚はなくても、すぐそばでノクスのことを見てきたステラからしてみればその行動は少し異様に見えて眉を顰めた。
「なんか変だよ」
「そうか」
「さっきから上の空だもん」
「お前の話がしょうもないからな」
「ララのしょうもない話も、いつものノクスは一言一句聞き漏らしたりしないよ」
そのくらいララのことよく見てくれてるでしょ、と呟くとステラは少し恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうにしながら大皿の上の羊肉をノクスの皿へとよそった。
「なんだ」
「元気のない時にはお肉をたべるの。辛い時にもお肉をたべるし、ご機嫌斜めの時もお肉に限るの。言いたくないなら聞かないよ。でも、いっぱい食べて少しでも元気になって」
そう言いながら必死にお肉を移動させるステラは可愛らしかったが、あまりのタイミングの悪さに頭を抱える。今は精の付きそうな肉塊はあまり食べたくなかった。
「お前の分なくなるぞ」
「いいよ。今日は特別」
骨つきの羊肉が大好物のはずなのに、それをたくさんノクスに分けるなんて。原始的だがわかりやすいステラの好意にノクスは気持ちを抑えられずついつい手を伸ばしてしまう。
せっかく気遣ってくれたのだし食べなくては申し訳ない。そう言い訳しながらノクスは骨つきの羊肉を手にとってかぶりついた。
ギルドのそばの飲食店なだけあって、新鮮な羊肉は柔らかくて少し獣くさくて、でも脂が乗っていて非常に美味しい。
もぐもぐ食べてると目の前からとても熱い視線を感じて、少し期待して、すぐにがっかりする。その視線が羊肉ではなく自分に向いていたらどんなに嬉しいことかと思いながらノクスはステラに告げた。
「口あけろ」
「ほえ」
「ほら。あけろって」
急かすとステラのぽってりとした唇があーんと開く。ノクスは皿によそわれた別の羊肉の骨の部分を掴んで肉のついた部分をステラの口の中に突っ込んだ。
「んっ」
一瞬目を丸くするが、羊肉に噛み付くと目をとろりとさせて美味しそうにもぐもぐする。ステラは自分で骨の部分を持つと夢中になって食いついた。
「のくすの、なのに」
口の中をもごもごさせながら呟くと、ノクスは呆れた様子で告げる。
「ならそんな未練たらたらな顔で見るな」
「なんでわかったの」
「お前隠す気ないだろ」
「そんな事ないよ」
美味しそうに羊肉にかぶり付くステラを見ながらノクスは追加の羊肉をオーダーした。
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