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2 お礼は口付けで
しおりを挟む走り回る雄兎の首筋を狙って剣を力強く振り下ろす。ノクスの実力は折り紙付きでステラもそこそこいろんな剣士を見てきたがその中でもダントツに腕が良かった。
普段は宮廷で騎士として働いているらしいが詳しい話は聞いていない。
ノクスはステラの仕事や生活に一切触れてこないから、ステラもノクスの仕事や生活に触れない方がいいのかもしれないと思い、気になってはいるが聞かないようにしていた。
体は何度も重ねているし、騒いだり冗談を言い合ったりもする気心知れた仲だけど、肝心なことには互いに触れようとしない、深いようで浅い何とも言い難い関係だった。
ノクスの素晴らしい剣技を見ていたら、気づいた時には辺り一面巨大な雄兎の死骸だらけになっていて、最後の1匹の首元を削ぐとあたりの安全を確認してようやくノクスは抱えたままだったステラを下ろしてくれた。
ステラはお礼を言うとすぐに駆け出して雄兎の死骸に近寄る。可哀想に思いながらも命に感謝して死骸を確認し始めた。耳を捲ったり前足をふにふにと触ったり、瞼を捲る。
魔獣を倒すのはノクスの方が上手いが、魔獣の体から取れる素材やその価値について詳しいのはステラの方で、いまいちよくわからないと言った顔をしているノクスの隣で手早く確認を進めた。
「相変わらず上手。急所だけを上手く抜いてるから体は綺麗なままだし、一撃で仕留めるから魔核も全然傷ついてない。これは高く売れるよ」
「そりゃよかった」
ノクスの仕留めた魔獣は本当に綺麗でいつも惚れ惚れする。
それに、これは毎回偶然なのだが、どうもステラが欲しいなと密かに思っていた素材を持つ魔獣ばかりを仕留めてくれるから、こんなお願いもできるのだ。
「ねえ、ノクス」
「あ?」
猫撫で声で呼ぶと怪訝そうな顔でノクスは返事を返す。
「この雄兎の瞳、ララが直接買い取っちゃダメかな。実は今度作ろうと思ってるポーションに紅瞳がたくさん必要なんだけど、こんなに質のいいものってなかなかないし、あったとしても量が少ないし、なのにすっごく高いから困ってて。こんな新鮮な素材そうそう巡り会えないから、ギルドに卸す前にステラに買わせて欲しいなあ、なんて」
切り株に座るノクスの前にしゃがみ込んでステラは上目遣いでお願いする。
いつもなら自慢のお胸を腕で押し上げて一緒にアピールするところだが、生憎家を出る際にノクスに1番肌の露出が少ないシャツを着せられ、首元までぴっちりボタンを閉じられてしまったため今は使えない。
その分じっと目を見てお願いすると、ノクスはステラの可愛さに夢中になって…と言うよりはそもそも素材などどうでもいいような様子で告げた。
「好きにとってっていいぞ。討伐依頼としての報酬の方がでかいし、素材を売った金なんて興味ねえ」
顔色ひとつ変えないノクスに少し納得いかないが、素材がもらえるのであればそのくらいは目を瞑ろう。
「本当!ありがとう。いくらがいい?一つ5千セトとかでも大丈夫?」
「好きに取ってけって言ったろ。いらねえよ」
「えええ、それはだめだよ。5千セトでもかなりふっかけたのに。いいものだったら1万セトするのだってあるんだよ」
安い素材はそのまま譲ってもらうこともあったが、今回ばかりはそこそこ高級な素材のためそこまでしてもらうのは良くない、と何度も言うとノクスは面倒臭そうな顔をしてステラの腕を引っ張った。
「こっち向け」
「ほえ」
引き寄せられて切り株に手をつく。ノクスの腹に抱きつくようにひっつくと頬を掴まれてぐいっと上をむかされた。
ノクスの端正な男らしい顔が近づいて、唇が重なった。
「んっ…」
ちゅっと小さなリップ音がして軽く口付けされる。すぐに離れて、これでお代変わりだと言われ、もう喚くなと子供をあやすように軽く頭を撫でられる。ステラは一瞬キョトンとしたのち、ポッと頬を染めた。
「わかった。これで一個分だよね。ララここにあるの全部欲しいから、その分するね」
「あ?っ…まて」
そう告げるとステラはグッと意気込んでノクスが断る前にノクスの唇を奪った。
ちゅっ、ちゅっと、何度か啄むと魔女としての本能が刺激されてつい、舌を入れ込んでしまう。
初めは何だか呆れたような様子のノクスだったが、ステラが積極的に舌を絡めようとすると渋々受け入れて深く絡めてくれる。
ノクスとのキスはすごく気持ちよくて幸せで、夢中になっているとそのうちノクスの方から積極的に後頭部に手が回って逃げられないように固定された。
舌が何度も絡まって、口付けはどんどん深くなって、2人の唾液が混ざり合う。好きな気持ちが伝わるように、ノクスの髪の毛や首筋にいっぱい触れながら舌の境目がわからなくなるほど貪り合うとようやく一度唇が離れた。
「…これで2回目だから、あとひい、ふう、みぃ…」
まじめに数えていると、ぱふっととても軽く頭を叩かれる。
「馬鹿。これで十分だ」
「え」
いいの?と驚いているとノクスが大きなため息をついて告げた。
「ぼやっとしてないで欲しいなら早く取れ。もう血抜き始めるぞ」
「待って。魔獣の眼球は血抜きの前に採取しないといけないの」
それは困るとステラは素早く立ち上がると採取用のケースを片手にぱたぱたと死骸に向かって走り出した。
ステラはとても嬉しそうに死骸に駆け寄ると鼻歌を歌いながら目玉をくり抜き始める。
そんな彼女の小さな背中をノクスは優しい顔で見つめていた。
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