1 / 14
1 多情な魔女
しおりを挟む「おい!ララ後ろ!」
切迫した声が聞こえてステラは体をびくりと揺らした。いけない、ぼんやりしてしまったと思い、慌てて振り返った時にはすでに遅く、3メートルはある巨大な雄兎の魔獣がステラに向かって突進してきた。
魔獣はとても興奮した様子でステラに近づくと勢いよく飛びかかり、顎の下あたりから発情香を噴出させる。
これは避けられないなと諦めて体液を被る範囲を最小限に抑えようとその場に蹲る。
「馬鹿。離れるなっつったろ」
次の瞬間耳元で声が聞こえて腹に腕が回される。力強く引き寄せられてステラはうめき声を漏らした。
「…っうゃ」
遠心力で内臓が持っていかれると思いながらもそのまま身を任せると広い胸板に抱きしめられて真っ黒いローブにすっぽり包まれた。
目を回しながら顔を上げると怒った顔がステラを見ていて誤魔化すためににへらと笑った。
「ごめんなさい。ノクスの動きについていけなくて」
戦う姿があまりにかっこよくて見惚れてましたなんて、言えるわけもなく適当に謝るとコツンと頭を小突かれた。
「嘘つけ。どうせよそ見してたんだろ。討伐の最中は気を抜くな」
図星だったが、そうです、なんて答えたらもっと怒られるのは明白だし、そもそもそんな悪いことをしたという意識もなく、あまり反省していなかったステラは口を尖らせて告げた。
「…別に、兎魔獣の発情香くらいかかっても問題ないじゃん」
ステラにとっては問題なくても青年にとっては大問題だったようで、キッと眉を顰められる。
「問題しかねえだろ。雄の発情香は人間の女には有害だ」
「わああうるさーい」
大きな声で言われてステラは慌てて耳を塞ぐ。ガミガミ怒られるのは好きじゃない。
「確かに男性よりも女性の方が影響は出やすいけど。別に私が発情したところで困ることないし」
「馬鹿、誰が介抱すると思ってんだよ」
ステラは何も考えずに答えた。
「ノクス」
ステラの即答ぶりにノクスはため息をついた。
「お前な…」
「なんで、だめ?ノクスといっぱいえっちするの。ノクスはララとのえっち好きだよね。ララも好きだよ」
恥ずかしげもなく答えるとノクスはますます呆れた様子で頭を抱える。
「…お前はどうしてそこまで明け透けなんだ」
「どうしてって、そんなの決まってるじゃない」
ノクスはステラを抱えたまま軽やかに飛び回り雄兎を切り刻んでいく。相変わらず器用な男だと、その剣捌きに見惚れながらステラは続けた。
「だって私は多情な魔女だもん」
古くからこの国では魔法が使えた。
人の体内には魔力と呼ばれる不思議な力があり、それを練って炎や水を操ったり、植物を育てたり、電撃を打ち出したりすることを魔法と呼んだ。
魔法を操る人間は魔導士と総称されるが、魔導士の中でも草魔法が得意で魔草の育成や魔法薬の調合が飛び抜けて得意な一族が存在し、その一族の血からはほとんど女性しか生まれないことから、畏れや気味の悪さから彼女達のことを魔女の一族と呼ぶようになった。
魔女の一族は古くから続く由緒正しい家系だが、みな好奇心旺盛で明け透けな性格をしており、多情で派手で奔放な生活を好む傾向が強いことから一般的な魔導師や貴族とは反りが合わず、敬遠され続け、現代では王族に遣えながらひっそり息を潜めて生活するようになっていた。
ステラは魔女の一族に生まれた今年17になる公女だ。
そしてステラも例に漏れず、魔女特有の好奇心旺盛で明け透けな性格をしており、王宮で騎士として勤めているノクスとはよく体を重ねる仲だった。
「昨日も夜遅くまで散々したのにまだ満足してないのか」
ステラが騒ぐとノクスは呆れたように呟いた。
その言葉の通りで、休日だった昨日は普段会えない平日5日分の寂しさを埋めるように何度もノクスにおねだりしてしまった。
でもそうじゃないのだ。それとこれとはまた別問題。
「昨日は昨日。今日は今日。戦うノクスがカッコ良くて見惚れちゃったんだもん」
素直に告げると、察しのいいノクスはステラの方をジト目で見て告げる。
「さっきポカった原因はそれか」
「あ」
墓穴を掘ったことに気づいたステラはノクスの怒気を感じて目を泳がせた。
「だって…かっこいいのが悪いよ。私を誘惑するなんて」
「してねえよ」
ノクスは盛大にため息をついたがそれ以上は何も言わなかった。
21
お気に入りに追加
294
あなたにおすすめの小説
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~
二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。
夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。
気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……?
「こんな本性どこに隠してたんだか」
「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」
さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。
+ムーンライトノベルズにも掲載しております。
嫌われ女騎士は塩対応だった堅物騎士様と蜜愛中! 愚者の花道
Canaan
恋愛
旧題:愚者の花道
周囲からの風当たりは強いが、逞しく生きている平民あがりの女騎士ヘザー。ある時、とんでもない痴態を高慢エリート男ヒューイに目撃されてしまう。しかも、新しい配属先には自分の上官としてそのヒューイがいた……。
女子力低い残念ヒロインが、超感じ悪い堅物男の調子をだんだん狂わせていくお話。
※シリーズ「愚者たちの物語 その2」※
コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!
楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。
(リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……)
遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──!
(かわいい、好きです、愛してます)
(誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?)
二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない!
ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。
(まさか。もしかして、心の声が聞こえている?)
リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる?
二人の恋の結末はどうなっちゃうの?!
心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。
✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。
✳︎小説家になろうにも投稿しています♪
淡泊早漏王子と嫁き遅れ姫
梅乃なごみ
恋愛
小国の姫・リリィは婚約者の王子が超淡泊で早漏であることに悩んでいた。
それは好きでもない自分を義務感から抱いているからだと気付いたリリィは『超強力な精力剤』を王子に飲ませることに。
飲ませることには成功したものの、思っていたより効果がでてしまって……!?
※この作品は『すなもり共通プロット企画』参加作品であり、提供されたプロットで創作した作品です。
★他サイトからの転載てす★
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる