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1 多情な魔女

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「おい!ララ後ろ!」

 切迫した声が聞こえてステラは体をびくりと揺らした。いけない、ぼんやりしてしまったと思い、慌てて振り返った時にはすでに遅く、3メートルはある巨大な雄兎の魔獣がステラに向かって突進してきた。
 魔獣はとても興奮した様子でステラに近づくと勢いよく飛びかかり、顎の下あたりから発情香を噴出させる。

 これは避けられないなと諦めて体液を被る範囲を最小限に抑えようとその場に蹲る。

「馬鹿。離れるなっつったろ」

 次の瞬間耳元で声が聞こえて腹に腕が回される。力強く引き寄せられてステラはうめき声を漏らした。

「…っうゃ」

 遠心力で内臓が持っていかれると思いながらもそのまま身を任せると広い胸板に抱きしめられて真っ黒いローブにすっぽり包まれた。

 目を回しながら顔を上げると怒った顔がステラを見ていて誤魔化すためににへらと笑った。

「ごめんなさい。ノクスの動きについていけなくて」

 戦う姿があまりにかっこよくて見惚れてましたなんて、言えるわけもなく適当に謝るとコツンと頭を小突かれた。

「嘘つけ。どうせよそ見してたんだろ。討伐の最中は気を抜くな」

 図星だったが、そうです、なんて答えたらもっと怒られるのは明白だし、そもそもそんな悪いことをしたという意識もなく、あまり反省していなかったステラは口を尖らせて告げた。

「…別に、兎魔獣の発情香くらいかかっても問題ないじゃん」

 ステラにとっては問題なくても青年にとっては大問題だったようで、キッと眉を顰められる。

「問題しかねえだろ。雄の発情香は人間の女には有害だ」
「わああうるさーい」

 大きな声で言われてステラは慌てて耳を塞ぐ。ガミガミ怒られるのは好きじゃない。

「確かに男性よりも女性の方が影響は出やすいけど。別に私が発情したところで困ることないし」
「馬鹿、誰が介抱すると思ってんだよ」

 ステラは何も考えずに答えた。

「ノクス」

 ステラの即答ぶりにノクスはため息をついた。

「お前な…」
「なんで、だめ?ノクスといっぱいえっちするの。ノクスはララとのえっち好きだよね。ララも好きだよ」

 恥ずかしげもなく答えるとノクスはますます呆れた様子で頭を抱える。

「…お前はどうしてそこまで明け透けなんだ」
「どうしてって、そんなの決まってるじゃない」

 ノクスはステラを抱えたまま軽やかに飛び回り雄兎を切り刻んでいく。相変わらず器用な男だと、その剣捌きに見惚れながらステラは続けた。

「だって私は多情な魔女だもん」


 



 古くからこの国では魔法が使えた。
 人の体内には魔力と呼ばれる不思議な力があり、それを練って炎や水を操ったり、植物を育てたり、電撃を打ち出したりすることを魔法と呼んだ。

 魔法を操る人間は魔導士と総称されるが、魔導士の中でも草魔法が得意で魔草の育成や魔法薬の調合が飛び抜けて得意な一族が存在し、その一族の血からはほとんど女性しか生まれないことから、畏れや気味の悪さから彼女達のことを魔女の一族と呼ぶようになった。

 魔女の一族は古くから続く由緒正しい家系だが、みな好奇心旺盛で明け透けな性格をしており、多情で派手で奔放な生活を好む傾向が強いことから一般的な魔導師や貴族とは反りが合わず、敬遠され続け、現代では王族に遣えながらひっそり息を潜めて生活するようになっていた。

 ステラは魔女の一族に生まれた今年17になる公女だ。
 そしてステラも例に漏れず、魔女特有の好奇心旺盛で明け透けな性格をしており、王宮で騎士として勤めているノクスとはよく体を重ねる仲だった。




「昨日も夜遅くまで散々したのにまだ満足してないのか」

 ステラが騒ぐとノクスは呆れたように呟いた。
 その言葉の通りで、休日だった昨日は普段会えない平日5日分の寂しさを埋めるように何度もノクスにおねだりしてしまった。

 でもそうじゃないのだ。それとこれとはまた別問題。

「昨日は昨日。今日は今日。戦うノクスがカッコ良くて見惚れちゃったんだもん」

 素直に告げると、察しのいいノクスはステラの方をジト目で見て告げる。

「さっきポカった原因はそれか」
「あ」

 墓穴を掘ったことに気づいたステラはノクスの怒気を感じて目を泳がせた。

「だって…かっこいいのが悪いよ。私を誘惑するなんて」
「してねえよ」

 ノクスは盛大にため息をついたがそれ以上は何も言わなかった。



 


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