上 下
3 / 20

3.ディランの成長 ※

しおりを挟む


 そんなこんなで時間は瞬く間に過ぎていって、気づけばルシアが25歳、ディランが15歳になった。

 春が誕生日のディランがちょうど15歳を迎えた時、声変わりが始まった。高かったディランの声が落ち着いて徐々に低くなって男らしいものへと変わる。

 それと同時に柔らかく少年らしかった体も急激に成長を始めて、筋肉がついた肩や首筋、指や足の骨が目立つようになったり、天使のように可愛らしかった顔が急に大人びてきて、美しさの中に凛々しさの混じる男性の顔へと変わっていった。

 ルシアより小さかった手がルシアよりも大きくなって、ルシアより低かった背がルシアより高くなって、ルシアよりも小さかった服のサイズがルシアより一回りも二回りも大きくなった。

 植物のようにぐんぐん成長していくディランを見て、男の子はこんなにも急激に男性へと変わるのだと驚いてばかりだった。
 そして、その変化に案の定、ルシアは戸惑った。

 12歳のディランの自慰を見た日からディランのことを異性なのだと認識していたが、ルシアはまだどこかディランのことを男性だけど子供だと思っていた。

 体の機能は男だけど、か弱い存在。守らないといけない存在。自分より弱い生物。

 そんな風に思っていた。

 しかし、ディランの急成長によりその認識がすべてひっくり返った。
 男の子と男の人は違うと理解してしまった。

 15歳のディランの方がルシアよりも力が強くて、体も大きくて、声も大きくて、いざという時には役に立つ。
 か弱いのはディランよりもルシアになって、守られるのもルシアになって弱い生物もルシアになった。

 ルシアが何もできなくなったのではなくて、ディランの方がなんでもできるようになったのだ。

 一緒に生活しているとふとした瞬間にディランに頼ったり、助けてもらうことが多くなって、その事実をまざまざと感じさせられるようになった。

 でも、そのことに悔しいとか、腹立たしいとか悪い感情は一切起きることがなく、ただそれが当たり前だとルシアは素直に受け止めた。

 助けられれば嬉しいし、心配されるのも悪い気はしなかった。
 そうやってルシアが今までしてきたように自分よりか弱いものに触れるように扱われるのが嫌じゃなかった。と言うよりも、むしろそれが当たり前だとルシア自身が言っているような気がした。

 大切にされ、愛でられるたびにルシアの中の女性としての心がひどく満たされて胸が高鳴った。

 25歳の女が15歳の少年に優しくされて喜ぶなんて犯罪じみていると思いながらも、一緒に生活していると距離が近くてどうしても心が揺さぶられる。
 
 そのくらいの時から明確にルシアはディランを男性として認識するようになって、ますます避けるようになった。
 これ以上ディランに近づいたら本当に変な感情を抱いてしまいそうで近寄れなかった。


 
 また、ちょうどその頃からルシアは作った魔草薬で商売を始めた。

 成長期に合わせてディランの食費がとんでもないことになって、魔草研究に割く資金が減ってしまい、何かいい方法がないか考えた末に、どうせ大して使わないのだから作った魔草薬を売ってお金に換金しようと思いついたのだ。
 
 いつものように2人で魔草の本を読んで話している時にそれとなく、今まで作ったものを少しずつ売ってお金にしたいと溢すと、ディランは自分に任せてくれれば街で売ってくると提案してくれた。

 初めは少し心配になったが、家事を任せた時も同じだったと思い出し、ルシアは思い切ってディランに任せてみることにした。

 自信作の回復薬と日常使いできる塗り薬、あとは簡易的な痛み止めを渡すとディランは見事にそれらをすべて街で売り捌いてきた。
 その頃にはディランも魔草に詳しくなっており、魔草薬の原価もだいたい理解していたため売値も全て任せたのだが、とんでもない額を稼いで戻ってきた。

「ディラン、貴方何をしたの」

 そう問えばディランはこともなげに王都の大手ギルド、治療院と売買契約を結んできたと告げた。その前金をもらったため金額が大きいのだと。

 ルシアは近くの街でちょこちょこと売る程度のことしか考えていなかったため驚き心配したが、ディランに自分の食費が嵩む分、より良い契約を結んでそのお金で新しい素材や高価な本など、ルシアの欲しいものをたくさん買って欲しかったのだと言われると、まず物欲に目が眩み、次にディランの気遣いを感じてルシアは受け入れた。

 そうして今まで作ったストックを少しずつ放出すると毎月とんでもない額がルシアの元に入ってくるようになり、ルシアはまた高い薬学書や薬草を買い漁った。

 それを見て無駄遣いだのなんだの咎めたりはもちろんディランはしなかったし、むしろ嬉しそうにしていて、ルシアはまた調子に乗って魔草学にのめり込んだ。
 

 そこまでは良かったのだが。


 そんなある日、活動資金が潤ったおかげで朝方まで新しい魔草薬を作っていたルシアは疲労が溜まりぼんやりして家の階段を踏み外した。

 たまたま踏み外したのが階段の真ん中くらいからだったのと、見ていたディランが落ちるルシアをぎりぎり引き止めてくれたおかげで完全に下まで転がり落ちることはなく、5段踏み外して、尻餅をつくくらいで済んだ。
 だが、踏み外した拍子に足を変な方向に捻ったのと、腰やらお尻やらを階段に強く打ち付けてたのとで、完治するまでは一人で歩けなくなってしまった。

 もともと、ディランのように家事をしたりして部屋を動き回ることはなく、研究室に移動したりお手洗いに行ったりする程度の移動しか日中はしないため、特別困ることはなかったが、驚いたディランがまた転ぶのではないかとアヒルの子のようにルシアについて回るようになって、生活リズムについてはディランが母親のように厳しく口出しして制限するようになった。

 決まった時間に寝て起きないといけません。変な時間に昼寝をしてはいけません。床で寝てはいけません。ソファで寝るのも良くありません。ご飯は3食食べないといけません。

 あれこれ注意されるようになったが、幼い頃からどう生活すればいいのか何も教えてもらえなかったルシアは少し嬉しくてディランに言われたままに過ごすようになった。


 足が完治するまでの間はディランがつきっきりで世話をしてくれた。
 ルシアが歩けないせいでいつもディランに頼ることが多くてとても心臓に悪い日々が続いた。

 移動するときは基本的にディランが抱き上げて、流石にお手洗いだけはディランの目を盗んでは自分でけんけんして行っていたが、研究室に行くときや、食事をする席に着く時、寝室に行くときは必ず抱き抱えて運んでくれた。

 ルシアの体が羽のように軽い、なんてことはないはずなのにディランは筋肉質な腕と足で軽々とルシアを抱えて運んでくれた。
 まだ身長も伸び切っておらず、体も完全には出来上がっていなくて幼さは残るが、がっしりとした体には男性なのだと感じさせられた。

 でも過度に意識しないように自制はしているつもりだった。
 そうやって、ルシアは25歳の大人らしく15歳の少年に対して健全な気持ちで接していたのだが、そんなルシアを否定するような出来事がすぐに起きた。


 その日は足を怪我したすぐ後の熱い真夏の夜だった。
 お風呂から上がって、ご機嫌だったルシアは寝巻きに着替えて研究室で魔草薬を作っていた。今日中に終わらせてしまいたい調合があって、ディランがルシアをベッドに強制的に連れて行く時間まで残りわずかで、ルシアは急いでいた。
 最後は聖水で薬品を希釈するだけだったため特に難しい作業でもなく、気を抜いたのがいけなかった。
 そばに積み重ねていた分厚い本の角に肘をぶつけて、その手で持っていた聖水の入ったボトルをルシアは勢いよく落としてしまった。たまたまボトルのキャップが緩んでいたようで、ぱかりと開いてこぼれ出てだばだばとルシアの寝衣にかかってしまった。

「きゃっ…!」

 一瞬の出来事に驚いてか細い声を漏らすと、バタバタと足音が聞こえて、たまたま近くにいたのか小さなルシアの声を聞きつけたらしいディランが部屋に突入してきてルシアの安否を確認した。

 あたりを見回してすぐに聖水のボトルを落としてぶちまけただけだと理解した様子だったが、ふとルシアの胸元を見て気まずそうに目を逸らした。

 ルシアは15歳の時からこの家に住んでいたが、着る服にはかなり無頓着だった。厚着するのは嫌いだったし、コルセットのようなギュウギュウと体を締め付けるような服も嫌いだった。

 最低限、日中は無地のシンプルなワンピースなどを着ていただが、夜のお風呂上がりなんかは下着はつけず真っ白な夜着に適当なショールを羽織っているだけのことが多かった。

 ただでさえ薄着なのにこの時はショールも調合を行うのに邪魔でそこらへんに投げ飛ばしていて、真っ白い夜着一枚しか身につけていなかった。
 聖水がべっしゃりとかかれば布に水が染み込み肌に張り付く。ルシアの胸元から腹にかけては聖水のせいで体に張り付き、ルシアのありのままの姿が透けて見えてしまっていた。

 真っ白な肌にそれなりに質量のある丸みを帯びた胸部。先端は桃色に色付き、冷たい聖水に触れたせいでツンと立ち上がり、布を押し上げていた。

 ルシアは一瞬で顔を真っ赤に染めて両手で体を隠した。両足を縮めて、背中を丸めて顔を埋め込む。とにかく事故とはいえ体を他人に見られるというのが恥ずかしくて困惑して震える。

 今すぐ走って自室に閉じこもってしまいたかった。でも足を怪我していて歩くことすらままならない。どうしようと途方に暮れているとディランはそばにあったルシアのショールを手に取り肩にかけてくれた。

「今度街に出た時にきちんときた夜着を買ってきます。夏とはいえ薄着をしすぎたら風邪をひきますよ」
「…うん」
「聖水だったので何事もありませんでしたが、危険なので調合をする時はもう少し分厚い服を着てください」
「そうね」
「口出しすることではないと思っていましたが、ルシアは服に無頓着すぎます」
「ごめんなさい」

 グサリと刺さる言葉ばかりでルシアはショールを引っ掴んで顔を覆った。
 どんな顔をしていいかわからなかった。自分のこの気持ちがなんであるのかもいまいちわからなかった。ただ、何となく気まずくて顔を合わせられなくてルシアはそのまま黙り込んでしまった。

 ディランは素肌が見えないようにしっかりとショールを巻きつけると、ルシアの体にゆっくりと触れていつものように抱き上げた。
 そのまま真っ直ぐルシアの寝室に連れて行くとベッドの上に降ろした。意気消沈してショールにくるまっているとディランはルシアのクローゼットを漁り、適当な替えの夜着とタオルを出してくれる。
 
 歩けないルシアの代わりに寝室の朝着ようか迷って出しっぱなしにしていた服や、小腹がすいた時に食べたおやつのゴミや皿を手早く片付けるとサイドテーブルに置いてある最近お気に入りのアロマを焚いてくれた。

 ふんわりと甘い香りが漂ってきて気持ちが落ち着く。
 ディランはルシアのお決まりの寝る準備を全て整えるとルシアのことをどこか心配そうに見ていたが、ディランが部屋から出なくてはルシアが着替えられないためすぐに出て行った。

「着替えたらすぐに寝てください。すみませんでした」

 その言葉を残して。
 ルシアはすぐに疑問に思った。すみませんとはどういう意味だろう。何に対してすまないと思ったのだろう。
 ルシアの体を見てしまったことに対してだろうか。見てはいけないものを見てしまったと思ったのだろうか。

 ルシアはショールを肩から落とすと、夜着に手をかけて脱ぎ捨てた。ディランが出しくれたタオルを手に取って体を拭く。
 濡れた胸元を拭きながらルシアは考えてしまった。

 ディランは今の一連の出来事どう捉えるのだろう。

 ルシアは下を見下ろす。
 とても大きいというわけではないが、まん丸としていて程よく質量のある胸は25歳と言ってもそれなりにハリがあって瑞々しい。

 数年前、12歳のディランはルシアのことを考えながら風呂場でこっそりと自慰をしていた。

 15歳のディランはまだルシアのことを考えながらする事があるのだろうか。

 さっき見てしまったであろうルシアの胸を自慰に使うのだろうか。

 ディランの頭の中のルシアはどんなことをされるのだろう。

 ぼんやりと考えていると不意に下腹部が微かにじんと熱くなりお尻が湿っぽくなった。
 どうしたのだろうと怖くなって、下着の布ごしにルシアはそこを指で触った。ぎゅっと押すとぬるりとして、変な感じがしてお腹がひくりと動く。

 初めての出来事だったが、聡いルシアはそれが何であるかすぐに理解した。ああ、これが女性特有のものなのだと。
 ディランに性的な対象として見られることを想像してそうなってしまったのだと、すぐにわかった。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

忌むべき番

藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」 メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。 彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。 ※ 8/4 誤字修正しました。 ※ なろうにも投稿しています。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

義弟の婚約者が私の婚約者の番でした

五珠 izumi
ファンタジー
「ー…姉さん…ごめん…」 金の髪に碧瞳の美しい私の義弟が、一筋の涙を流しながら言った。 自分も辛いだろうに、この優しい義弟は、こんな時にも私を気遣ってくれているのだ。 視界の先には 私の婚約者と義弟の婚約者が見つめ合っている姿があった。

処理中です...