鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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植物園に行こう

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午後3時まであと10分。
俺は部屋やリビングを行ったり来たりして、そわそわと落ち着かない。

(本当に来るのかな…。)

あれからどうやって帰ったのか分からないが、気付いたらベッドに腰掛けていた。父とラルクは出掛けたようで、机に『夕方帰るね。』と置き手紙があった。それを手に取りボーッと見つめながら、頭にはシバの言葉が何度も蘇る。

『毎日セラに告白をする。』

今までの俺なら、また彼が恋愛の練習をしたいだけ…と思っていただろう。しかし、昨日の彼の表情は真剣で、青がかった黒い瞳は、俺を好きだと伝えていた。

「ど、どうしよう…。」

彼の気持ちに気付いてしまったが、アックス攻略まであと数日なのだ。彼とハッピーエンドにならない場合、俺と父は斬首されるのか、島送りか、それとも公開処刑なのか…何かしらの理由で悲しい結末を迎えるはずだ。
うーんと頭をひねらせている間に、玄関のベルが約束の人物が現われたと知らせてきた。

重い足取りで玄関へ向かうと、扉をゆっくりと開ける。

「アインラス様…。」
「セラ。急で悪いが、出かけようと思う。準備をしてもらえるか?」
「はい…。ですが、特に準備は必要ありません。」
「では、今すぐ行こう。」

どこかはりきっているシバを不自然に思いながら、一緒に玄関を出て鍵を閉めた。

「どこへ行くんでしょうか…。」

(今日のシバ、いつもとまた違うな。)

青がかった髪は軽く後ろに撫でつけてあり、普段はチラッと見える程度の青いピアスがしっかりと見える。服もゆったりとした白いシャツに黒のズボンが彼に似合っている。手にはクリーム色の上着を持っているようで、もしかしたら夜遅くまで外にいるのかもしれない。

「今から植物園に向かう。」
「しょ、植物園ですか。」
「ああ、行こう。」

(な、なんで?今から2人で花を見るの?)

不思議ではあったが、なぜ行くのかと聞くのも失礼だろう。俺はシバに付いて宿舎を後にした。



「あ、この子!」

てっきり馬車で行くものだと思っていたが、訪れたのは文官棟の裏だった。そしてそのまま入ったことのない道を進むと馬小屋が見えた。騎士棟近くの小屋しか知らない俺は、初めて見る場所に驚く。そして、そこに居たのは数匹の馬と俺を助けてくれた白い馬だった。

「セラの事を覚えているみたいだな。近寄ってきたぞ。」
「シバの馬なんですか?」
「以前はな。騎士だった頃の愛馬だが、今は文官全員の馬だ。」
「そうなんですね…。」

こんな場所に馬小屋があったことも、この美しい白馬がシバの騎士時代の友だったことも知らなかった。
俺は近寄ってくる白い馬に手を伸ばす。その顔に手を近づけると、すり寄るように頬を手の平に押し付けてきた。

「可愛い。名前は何というんですか?」
「カーズだ。雄で大人しい良い子だ。」
「カーズはおりこうさんなんだね。…あの時はありがとう。」

俺は大人しく撫でられている白い彼に、あの時言えなかったお礼を言う。それを微笑ましく見ていたシバだったが、「そうだ…早くいかなければ。」と言って俺をカーズに乗せた。



「乗り心地は悪くないか?」
「…だ、大丈夫です。」

馬で進むこと5分。街とは反対方向に進んでいるため、いつもと景色が違う。
そして、馬上での俺はシバに片手でお腹辺りをホールドされており、背中は彼に密着している状態だ。

「少し速度を上げようか。少しでも違和感を感じたら言ってくれ。」
「はい。」

俺が返事をすると、シバはカーズの胴をポンと叩き合図を出した。



顔に当たる風が心地いい。前を見るとカーズの耳が少し揺れて可愛らしく思わず笑ってしまう。そして、意識をしないよう努めていた背中は、暖かい温もりに包まれている。

「セラ。」

そして時々俺の名前を呼び、お腹を撫でてくる大きい手。それに緊張しながらも、俺は久々の乗馬を楽しんだ。



10分程度走っただろうか。そんなに遠くない場所には、大きなドームのような建物が建っており、どうやらここが目的地のようだ。シバは俺を馬から降ろすと、近くの小屋に繋ぎ、中へ案内した。

「アインラス様…手が。」
「何か問題か?」
「えっと、エスコートは結構です。」
「俺がしたいんだ。嫌なら手を振り払ってくれ。」

(で、できないよ…そんなこと。)

シバは俺の手をしっかりと握っており、ここへ来た俺達は周りから見たら明らかにカップルだ。シバは振り払おうとせずに赤くなって繋がれた手を見つめている俺に、フッと笑うと何事も無かったかのように入口の門をくぐった。

「お待ちしておりました。アインラス様と、お連れ様ですね。」
「今日はよろしく頼む。」

シバが入口に入ると、茶色いスーツのような制服を着た男が俺達を出迎えた。植物園の中を2人で見て回るものだと思っていた俺は、まさか彼がガイドを雇っていたとは思わず驚く。

(予約したのかな…。まぁ、こっちの世界の植物には興味あるけど。)

俺は少しだけワクワクした気持ちで、シバと共に男に付いて行った。

「セラ、今日は彼に案内をしてもらう。2人でいたいが、私は詳しくないので、専門の者に聞くのが良いだろう。」
「はい。花も、綺麗だなって思うだけで名前は良く知りませんし、楽しみです。」

俺の言葉に、シバの歩みがピタッと止まった。

「セラは花に興味があったのか…?」
「はい…?」

(だってここは植物園だし…。)

俺が明らかに訳が分からないという顔でシバを見ていると、彼は「では、ここは早めに切り上げて、後で一緒に花を見に行こう。」と言った。いよいよ分からず、俺はとりあえず「はい。」と返事をして施設内を進んだ。
「本日は、こちらの区域の説明と採取をご希望と伺いましたが、よろしかったでしょうか。」
「ああ、頼む。」

俺達が訪れたのは、『ハーブ・スパイス』と看板のある場所だった。

(こ、これが全部料理の…?!)

俺は目の前に広がる無数のハーブや木々を見て、目を見開いた。

「お肉料理がお好きと聞きましたので、それに合うものから説明させていただきますね。」

(俺の好みを伝えてくれてたんだ…。)

シバの好物は卵料理であり、彼が俺の好みを中心に案内をお願いしたのだと分かった。

「気になったものは採取して持って帰れる。どれでも好きなだけ採るといい。」
「え、いいんですか…。ありがとうございます。」
「私も興味があるからな。」

お礼を言って、キョロキョロと辺りを見回す。咲いているハーブの中には、あちらの世界で見た事のあるものもあって、その香りを確かめたくなった。シバは俺がそわそわしているのに気づくと、そっと手を離し「行こうか。」と案内の男の元へ向かった。



「こちらは清涼感のある香りが特徴でして、肉はもちろん、魚の匂い消しなどにも重宝しますよ。ソースに入れる方も多いですね。」
「へぇ~。」

(うーん、これがオレガノかなぁ。初めて本物を見た。)

小さくて丸い葉っぱを見て、考えていると、シバが採取して持って帰ろうと提案してきた。俺が遠慮しつつそれを1本摘むと、案内の男は「もっと多くても問題ありませんよ。」と笑った。

その後も、説明を聞きながら気になるものは採取してシバの持つ箱へ入れていく。区切りがしてある箱は、定期的に案内の男が新しい物と入れ替え、どれだけ採ってしまったのか分からない。そして、最初は遠慮して摘んでいたものの、男とシバが「もっと良い」と言うので、だんだん感覚がおかしくなりバサッと箱へハーブを入れた。

男が新しい箱を持ってくると言うので、しばしシバと2人きりになる。

「アインラス様、ありがとうございます。とっても楽しいです!」
「セラが嬉しそうに笑うから、私も楽しい。」
「…た、沢山採ってしまって、帰りは大丈夫でしょうか。」

シバの柔らかい表情にドキッとしてしまい、誤魔化すように違う話題を振る。シバは俺の言葉に「安心しろ。」と言って頭を撫でてきた。

「ここから宿舎宛に送る。」
「何から何までしてもらって…。」
「私がしたいと思ってやってるんだ。気にするな。」

シバはそう言って、頭を撫でていた手をスルッと頬まで滑らせると、親指の腹で軽く撫でてきた。恥ずかしくて、どうしようと固まっていると、その指が俺の上唇に寄せられた。

「あの、…アインラス、様?」

喋りにくいながらも、シバを見上げて抗議する。

「なんだ?」
「当たってま、す。離して下さい。」
「ん?キスした唇にか。」
「なッ…!」

低い声でそう言われ、一気に顔が熱くなる。手はじんわりと汗をかきはじめ、これ以上は羞恥で溶けてしまいそうだ。俺があわあわと1人焦っていると、少し向こうから「お待たせいたしました~!」と案内の男の声がした。

(た、助かった。)

シバの予想外の行動に、俺は心臓がどうにかなりそうだった。



「では、こちらで案内は以上になります。採取なさったものに関しては、ご予定通り送らせていただきますね。」
「そうしてくれ。」
「乾燥させた方が良いものがほとんどですので、こちらで加工した後の発送となります。3週間程度頂けますでしょうか。」
「構わない。」
「私からは以上でございます。アインラス様、お連れ様、またのお越しをお待ちしております。」

「ありがとうございました。」

俺は丁寧に案内をしてくれた男に礼を言って頭を下げた。シバは俺の手を取ると、ハーブ・スパイス区域の出口に向かって歩き出した。
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