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想定外の出来事

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(50個って、こんなに多いの?)
 俺達は目的の肉まんを数だけ購入し、分担して持つことにした。とは言っても、俺が持っているのは10個入った紙袋1つ。アックスは残り全てを両手で抱えており、ズッシリとした見た目通り、相当重たいに違いない。
「結構重いな。」
「こんなに大きいとは思いませんでした。」
 想像していたのは、あちらの世界のコンビニ肉まんであり、50個と言っても大したことはないと思っていた。しかし店から出てきたのはその2倍もある巨大なものだった。
 店員によってテキパキと出来立てを箱に詰められたそれらは、持ちやすいようにと紙袋に入っている。
「この店はこの大きさがウリなんだ。はぁ、あいつらが店まで指定したせいで大荷物になったな。」
「そうなんですね。……せっかくの出来立てが冷めちゃうので、急ぎましょう。」
 アックスは既に店の近くに馬車を呼んでいるとのことで、2人でそこへ向かって歩いた。

「良い匂いですね。俺も買えばよかったです。」
 馬車の中、美味しそうな匂いが立ち込め、急にお腹が空いてきた。
「セラも騎士棟に寄っていかないか?一緒に食べよう。」
「いいんですか?えっと、仕事の邪魔じゃないなら。」
「ちょうど上がりの時間だろうし、セラが来たらあいつらも喜ぶだろう。」
 アックスの同僚達は、出会った日から俺にフレンドリーに接してくれる。気さくな彼らと一緒にいるとアックスもリラックスしていろんな顔を見せてくれるし、俺はその時間をいつも楽しいと感じていた。
「ぜひ、ご一緒したいです!」
 嬉しい誘いに、元気に首を縦に振った。

ガタガタ…
 揺れる車内で、俺は今回のエンディングの流れを頭で確認する。
 まず、今回のイベントはしてもしなくてもゲームラストの告白に影響が出ない。しかし、これが無事成功すれば好感度がグッと上がるのだ。
 ダンスパーティー会場では、帰る時間を間違えてしまったが、おおむね成功していると言えるだろう。
(まぁ、そのせいで、寸止めのつもりが口同士がぶつかっちゃったけど……。)
 しかしアックスはさっきの件を気にしていないようで、事故として片付けてくれた。
 あとはこの車内で起こる手つなぎ、ハグさえ終えればこのイベントは終了となる。その後は、今までの経験上、特に会話に関して気を遣う必要もなく、騎士棟で皆で楽しく過ごすだけだ。

ーーと、いきたいところだが、俺は重要な問題が起こっていることに気付いた。
(まずい。アックスが隣に座ってない……。)
 ゲームであれば主人公の隣に座っていたアックスは今、目の前に座っている。
 本当ならアックスは、主人公と進行方向に並んで座る。そして馬車が街を出てすぐに急停車したことで前のめりになった主人公の手をアックスが掴むのだ。
 そしてその後、自分の手を離さないことを不思議に思った主人公がどうしたのか尋ねると、アックスは理由は言わずに「少しこのままでいないか?」と提案してくる。主人公は既に彼に好意を持っており、こくりと頷いて車内には甘酸っぱい空気が流れるのだ。
 そして馬車を降りる前、手を離そうとした主人公に、アックスはハグをするのだ。ポカンとする主人公に、アックスは自分でも無意識のうちにしたようで「すまない。つい……、」と謝る。それに対し主人公は顔を赤くしながらも「いえ、えっと……私は構いません。」と返事をする。
(うーん、青春だ。)
 そこまですれば、お互い好き同士であることはもう分かってるだろうに……。モダモダしてしまう今回のイベントに、俺はプレイしながら「もう告白しろよ!」と強めにツッコんでしまった。しかし、今はあの時じれったく思ったシーンが起こる気配さえしない。
(ど、どうにかしてアックスと隣同士で座らないと。)
 俺の気持ちも知らず、アックスは窓の外を見ている。
「お、珍しい種類の犬がいるぞ。」
 アックスが平和な会話を投げかけ、俺も窓から外を覗いた。目線の先には大きな犬が2匹、主人と思われる男性と散歩している。
「あ、本当ですね。かっこいい。」 
「もし飼うなら、あれくらい大きい方がいいな。セラはどうだ?」
「俺も同じです。……あ、撫でてほしそうにしてますね。」
 大きな白と黒の犬が2匹、一緒に歩いているご主人様を見上げて尻尾をブンブンと振っている。
(って、和んでる場合じゃない!早く隣に……!)
「そっちの席、狭くないですか?」
 アックス側の席には肉まんの入った紙袋が置かれている。席にはまだスペースに余裕があるが、どうにかしてこちらに誘導するしかない。
「いや、大丈夫だ。ありがとう。」
(「ありがとう」じゃなくて……。「そういえば狭いな」って言って!)
「えっと……そちらの席だと酔わないですか?」
 アックスは進行方向とは反対に座っており、俺だったら車酔いしてしまっているだろう。こちらの席へ来てもらう為に言った言葉であるが、本当に彼の体調が心配になった。
「ああ、俺は乗り物で酔ったことはないんだ。心配するな。」
(さ……さすがアックス。全てにおいてパーフェクトだ。)
 完璧な男・黒騎士アックスを思い通りにすることは、俺にはハードルが高すぎた。
 そもそも俺はいつも台本通りにイベントをこなす。そしてシバや父、ラルクと言った邪魔が入ったことは何度もあったが、アックス自身がゲームの流れから外れることはなかった。どんな言葉を言えばアックスがこちらに来てくれるのか分からない。
「あ、そろそろ着くぞ。」
「え?!もうですか?」
「話してたらすぐだな。」
「そう、ですね。」
(どうしよう。せっかくここまで良い流れで来てたのに……。)
 馬車のスピードがどんどん落ちていく。窓から外を見ると見慣れた城壁沿いを走っており、もうすぐ馬車の降下場所だ。
「アックス。」
「ん?」
俺は中腰で立ち上がってアックスの隣に移動した。紙袋を避けて座るとかなり近い距離になり、ぴったりとお互いの足がくっついている。
「……セラ?どうした急に。」
 俺の謎の行動に、アックスは驚いて目を大きく開けている。
(もう着いちゃう。扉が開けられる前に全部終わらせなきゃ!)
 ガシッと隣にある手を上から掴む。そしてそれを両手で持って、ぎゅっと握った。
「……ど、どうしたんだ、本当に。」
 動揺した声がするが関係ない。俺はそのままアックスの大きな身体に横から抱き着いた。
(手も繋いだし、ハグもした!)
 よし!と俺が心で拳を握っていると、上から俺の名前を呼ぶ声がした。
「何なんだ、これは……?」
(やばい、言い訳を考えてなかった。)
 ギュッと目を瞑ってアックスの腕に埋もれていたが、おずおずと顔を上げる。
「……ハ、ハグです。ありがとうの。」
「ありがとう?」
「踊りを教えてくれたから……それで……。」
 俺の言葉に、アックスは黙る。シンとした車内の空気に耐えられず俺が身体を離そうとすると、アックスが声を出して笑った。
「なんだ礼か!なら俺もお返ししよう。今日はセラと踊って楽しかったからな。」
 そう言って抱き着いている俺を包むようにアックスが背中に手を回した。
「よし、力いっぱい感謝してやろう。」
「わ、苦しいです!アックス!!」
「はは、まだ2割くらいしか感謝できてないぞ。」
「も、もう、充分ですから!それ以上したら骨が折れますッ!」
 気まずい雰囲気になるのでは……と一瞬心配したが、アックスはこの状況がおかしかったらしい。
 俺達は兄弟のように車内ではしゃぎ、馬車を引いている男から、早く降りて下さいと注意されてしまった。
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