上 下
71 / 115

オシャレをして出かけよう

しおりを挟む
 自室の鏡の前、俺は昨夜準備していた服に袖を通す。しっかりと伸ばしておいた服はパリッとしており背筋も自然と伸びる。
「よし、こんな感じでいいかな?」
 週末の朝、俺はいつもよりオシャレをして出かけようとしている。なぜなら今日はアックスとのイベントの日であり、おめかしして行くことが発生条件なのだ。
 2か月後の告白までに起こるイベントはこれで最後。ラストシーンまでに必要な大きなものは既に終わっているので、今回はあくまで好感度を上げておくためのイベントだ。
 そして、それが今日であると自信を持って言えるのは、父が1人で出掛けるからだ。10か月程前に書いた俺の攻略ノートには、『父が元大工仲間達に会いに行く日が最終イベント!』と大きく書いてあった。そして今朝父は、約束していた友人達の元へと出かけて行ったのだ。
 書き足されているメモによると、大工仲間の中でずっと独り身を貫いていた男が急に結婚するとのことで、皆でその男の家に押し掛けるらしい。独身最後の日を盛り上げるために、父は今夜あちらに泊まる予定だ。
(あ、そろそろ俺も準備して出ないと!)
 俺は用意していた靴下を履きながら、自分の着ている服について考える。
 ゲームの中であれば、毎回お出かけやイベントの際には服を選ぶことができた。そして相手の好む服装であれば好感度も上がるらしい。ゲーム内の店には多様な服が揃い、それを楽しみにプレイする人もいるだろう。
 しかし俺の場合は、とにかく話題のゲームを攻略することが第一であり、トキメキや恋を楽しむといった目的でプレイしたわけではなかった。春夏はTシャツ、そして秋冬はその上にコートという2択のみで攻略を進めた。
(でもこのイベントに関しては、ちょっとおしゃれして行く必要があるんだよなぁ。)
 俺はここで実際に生活をしているため、ゲームのように2着だけを着まわすことは不可能だ。それに父が俺に何着も服を買い与えるため、クローゼットには男にしては結構な数の服があった。

 鏡の前に立つと、ラフな格好をしている普段より大人びて見える……気がした。
 あちらの世界でアックスの攻略動画を見た時には、配信者はシンプルな白いシャツにネイビーのスカート、そしてコートを合わせていた。俺はさすがにスカートは履けないので、白いシャツにネイビーのズボンを合わせる。
(あとはゲーム通り、小さめのカバンっと。)
 部屋にあった黒い斜め掛けのカバンを身に付ける。肩から胸元に固定されており、これなら動いても邪魔にならない。
(今日のイベントは、運動込みだからね。)
 街で歩くことも想定し、履きやすい靴も玄関に並べた。
「よし、行くか。」
 今回の内容は、題して『ダンスで密着♥帰りは肉まんを忘れずに!』だ。
 こんなメモは書いた覚えがないが、おそらく攻略動画のタイトルか何かだろう。俺は会話選択を復唱しつつ、部屋から出て騎士棟へと向かった。

 今日は晴れており絶好のイベント日和だ。風は冷たくなく、コートも薄めにして正解だった。
 騎士棟前に着くと、予想していた通りアックスと同僚の男達が何やらワイワイと話している。男達が「よっしゃ~!」と言って笑い、それとは対象的にアックスは不服そうな顔だ。
(おー、やってるやってる。アックスは今から街へ行く感じかな?)
「アックス!皆さん、お疲れ様です。」
「……セラ?ここで何してるんだ?今日は休みだろう。」
 アックスは騎士棟の前にいる俺を不思議そうに見た。他の騎士達も俺の名前を呼び、気さくに話し掛けてくる。
「街に買い物に行くんですが、早めに出たのでエマに会っていこうと思って。」
(本当はアックスを待ち伏せしに来たんだけど。)
「そうだったのか。俺も本当ならこのまま馬小屋に行きたかったんだが、たった今こいつらに使われることになった。」
 アックスの台詞に騎士達が文句を言う。
「おいおい、ゲームで負けたら全員分の肉まんってルールだったろ?」
「被害者ヅラしやがって!」
 同僚達は言いたい放題でアックスを責める。
「分かったよ。じゃあ、4つでいいのか?」
「週末出勤してるやつにも差し入れするから50はいるな。」
「自分が勝ったからって、好き勝手言い過ぎだろ。」
 アックスは呆れた顔をしているが、同僚達は「よろしく~!」と笑顔で手を振っている。
(よし、ここで俺も……。)
 ゲームの会話選択を思い出しつつ、すかさずアックスに提案をする。
「俺も一緒に行きましょうか?持つの手伝いますよ。」
「セラ、気持ちは嬉しいがせっかくの休みだし、自分の用事を優先していいんだぞ。」
「散歩がてら買い物に行こうと思ってただけなので。一人より、アックスと行った方が楽しそうです。」
「だが、買って帰るだけだしな……。」
 アックスが申し訳なさそうに断るのを見て、1人の男が会話に入ってきた。
「じゃあ夕方でいいからさ。遊んだ後で買って来てくれよ。」
 他の同僚も「ちょうど腹が減る時間だしな。」とその案に賛成した。
「そうか。じゃあ、セラ……一緒に行くか?」
「はい!」
 俺はイベントが無事始まったことが嬉しく、明るい声で返事をした。

 2人で並んで街へ続く道を歩く。街の近くまで馬車で行き、そこからは天気も良いので歩いて行くことにした。
「皆さんは遊んで来て良いって言ってましたけど、お仕事中ですよね?」
「いや、俺はさっきで上がりだ。他の奴らは1日だから、夕方までだな。」
「そうだったんですね。じゃあ、5時までに帰ればいいってことですか?」
「ああ。時間はあるから、もしセラが見たいものがあればゆっくり見れるぞ。」
 アックスは、騎士棟での不服そうな顔とは違い、機嫌よさげに隣を歩いていた。

 街に着くと広場に向かう大きな道に看板があり『ダンスパーティー会場はコチラ』と大きく書かれている。今回のイベントのメインはまさにこれだ。
 今から、俺達は広場へ行きダンスをする。そしてそこでハプニングが起こりアックスと唇が触れそうになるのだ。
 しかしそこは間一髪、寸止めで済むのだが、それ以降少しだけドギマギする主人公はなんと帰りの馬車の中でアックスに手を繋がれ、ハグまでされる。
 揺れる馬車の中であり、それ以上は何も起こらないが、このイベント後の好感度の上がり方は尋常ではなく、エンディング前に好感度が上がっていないプレイヤーにとっては救済イベントとも呼べるだろう。
(車内で密着なんて、ちょっと緊張するな。)
 ゲームの詳細な記憶はほとんどなく、今は完全にメモ頼りの俺は、帰りの馬車内がどのような雰囲気であったか、アックスがどんな表情をしていたのか、すっかり忘れてしまっていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

モフモフになった魔術師はエリート騎士の愛に困惑中

risashy
BL
魔術師団の落ちこぼれ魔術師、ローランド。 任務中にひょんなことからモフモフに変幻し、人間に戻れなくなってしまう。そんなところを騎士団の有望株アルヴィンに拾われ、命拾いしていた。 快適なペット生活を満喫する中、実はアルヴィンが自分を好きだと知る。 アルヴィンから語られる自分への愛に、ローランドは戸惑うものの——? 24000字程度の短編です。 ※BL(ボーイズラブ)作品です。 この作品は小説家になろうさんでも公開します。

処理中です...