上 下
69 / 115

邪魔者達に敗北

しおりを挟む
「ふぁ~、長いこと浸かっちゃいましたね。」
「あいつら、騒ぐだけ騒いで先にさっさと上がってったな。」
 同僚2人は俺達と遊んで気が済んだのか、これから夜の見回りがあるということで、ついさっき浴場を後にした。
 俺とアックスは一応は着替えを済ませたが、髪がまだ濡れている状態だ。アックスはガシガシと自分の髪の毛を拭いた後、「セラも拭かないと。」と言って俺の頭に掛かるタオルに手を伸ばした。
しかしーー…
「セラ!!なんでここに……!」
「あ、オリア!と先輩。」
 脱衣所の入り口には、オリアが驚いた顔でこちらを見ている。横にはオリアの隣席の先輩がおり、どうやら仕事終わりに2人でここへやって来たようだ。
 オリアは俺の髪からしずくが落ちているのを見ると、急いで駆け寄ってきた。
「髪が濡れてるじゃないか!乾かさずに帰るつもりだろう。」
「違うよ!今から拭こうと思ってたの。」
「嘘をつくな。子どもは皆そう言うんだ。」
「だから、俺は大人だから違うって!」
 オリアは俺の頭をタオル越しに撫でるとわしわしと手を動かし始めた。
「ほら、拭いてやる。」
「ちょっと、自分でするよ。」
「次回からは自分でしろ。今日は俺がやってやる。」
「恥ずかしいって……。」
 そう言ってはみるものの、お兄ちゃんモードに入ったオリアが簡単に折れるはずもなく……俺は彼の気が済むまでじっとしていた。

「さ、もういいぞ。」
「……ありがと、オリア。」
 ありがたくはないが、一応お礼は言っておく。オリアは満足そうに笑うと、先輩と共に奥へと歩いて行った。
「アックス、お待たせしました。」
「いや……気にするな。」
 アックスは俺とオリアの関係性がいまいち把握できてないのか、複雑な表情をしていた。
(えっと、彼は俺のことが妹に見える病気なんです。)
 俺は説明するのも難しく、はははと笑って誤魔化した。

 それから、次の仕事までまだ時間があるというアックスは、休憩室へ寄ろうと誘ってきた。
 案内された部屋は、フローリングにカーペットが敷いてあり、皆クッションを枕に思い思いの体勢で休んでいる。側には売店もあり、こうして見ると本当にあちらの世界の温泉施設のようだった。
「セラ、飲み物でも買ってこよう。何がいい、」
「あれ?……セラ君じゃん!」
 アックスの言葉に被せて、誰かの声がした。近づいてくる男3人を見ると、初日の武器管理課で出会った騎士達だった。
「お疲れ様です。」
「セラ君もお疲れ。もしかして、今日はここで職場体験中?」
「いえ、今日はもう終わって、お風呂に入ってきたんです。」
「そうなの?じゃあ喉渇いたでしょ。いつもシシルさんにはお世話になってるし、何か買ってあげ、………トロント様!」
 俺に話し掛けてきた騎士は、後ろで影になっていたアックスに気付くと、ビシッと背筋を伸ばした。他の騎士達も同じポーズだ。
 アックスが「直っていい。」と一言言うと、騎士達は腕を後ろに組んで、あちらの世界の学校でいう『休め』のポーズを取った。
「俺の事は構わなくていい。セラに話があるんだろう。」
「はい!……えっと、何か飲む?」
 騎士のその言葉に、俺はコクリと頷いた。

 売店では、3人が俺にいろいろと買い与えようとし、断るのが大変ではあったが、なんとか数点の品を受け取る。
「「またね~ 。」」
 3人とはそこで別れ、座って待っているアックスの元へ急いで戻った。

「すみません、今日はお待たせしてばかりですね。」
「いや、大丈夫だが……セラは人気者だな。」
「そんなことないです。俺が慣れない場所にいるから、皆さん親切にしてくれるだけです。」
 そう言って隣に座ると、さりげなくクッションを後ろに置かれる。そして湯冷めしてはいけないと、ブランケットも用意してあった。
(さすが人気No.1攻略キャラ!配慮が凄い。)
「ありがとうございます。あの、これ一緒にどうですか?」
 俺は2つのジュースとつまめるお菓子を何個か袋の上に広げた。
「いいのか?」
「俺が買ったわけじゃないんですけどね。……アックスにって勝手に選んだんですが、いいですか?」
「ああ。俺の好みだ。」
 一緒にいる時、彼はコーヒーやお茶はあまり好んで飲まないようだったので、俺は冷えたフルーツジュースを選んだ。
「俺の好きな味をよく知ってるな。」
「料理の好みだって知ってますよ。」
「俺もセラの好きなものなら分かるぞ。」
 アックスが競うようにそう言う。子どものような態度におかしくなって、俺は自然に笑みが溢れた。

 それから2人で寝沿り、他愛もない話で盛り上がっていると、アックスが俺の髪を撫でた。
「アックス?」
「セラ、明日からはここへ来ないんだな。」
「はい。でも、もしかしたら間違えて朝、騎士棟に来ちゃうかもしれないです。」
 朝は寝ぼけていることも多いし、癖で騎士棟の門へと向かってしまいそうだ。
「来たらいい。」
「え?」
「セラさえ良ければ、騎士棟で働か、」
「え!!セラさん?!」
 アックスが話す途中で、また誰かが自分を呼ぶ。この声はほぼ毎日聞いており、誰なのか見なくても分かる。そして、案の定駆け寄ってきたラルクが、隣にいるアックスを見てビシッと背筋を伸ばした。
「えっと……今日は、いろんな人に会いますね。」
 俺がアックスに耳打ちして笑う。
「……そうだな。」
アックスはそう言いながら、溜息をついていた。

 父が終わる時間まで大浴場で過ごす予定だったという彼に、俺も一緒に待とうかと提案したところ、パァアアと顔を明るくして喜んでいた。
 アックスは仕事の時間が始まるようで、俺とラルクに軽く挨拶をして去っていき、残った俺達は、休憩室で寝転がって父の就業時間までの時間を過ごした。

 父の仕事は夜の8時までらしく、時計を見ると良い時間だ。俺とラルクは父を迎えに大浴場のある施設を出た。
「いやー、びっくりしましたよ。なんでトロント様と大浴場にいたんですか?」
「仕事終わりに誘われたんです。」
「へぇ~、トロント様、セラさんのこと相当お気に入りですよね。」
「お気に入りっていうか、うん。そうだね。」
 未来の恋人なのだと言っても、ラルクに不審がられるだろう。俺は黙って廊下を歩いた。
「あ、明かり点いてる。」
 ラルクが少し早足になる。そんな姿を見ていると、父のことが本当に好きなのだと分かって微笑ましい。
 扉の前に立ったラルクが武器管理課のドアをノックし先に入ると、中から「ラルクさん!」と父の嬉しそうな声がした。
(3日ぶりだから、2人とも夕食の時はテンション高いだろうな。)
 ここ最近ラルクは夜勤が続き、父も仕事が立て込んでいたため2人は3日ぶりに会うのだ。俺はリビングで酒を飲んではしゃぐ2人を想像し、笑いながら中に入ろうとするが……「んッ」とラルクの声がした。チラッと覗くと父とラルクの顔が近い。どうやら父がキスをしたようだ。
「ちょ、シシルさん?!」
「ラルクさんが迎えに来てくれて嬉しくて。あの、嫌でした?」
「そんなわけッ!あっ、でも今は、」
「私達3日も会ってないんですよ。」
「あの、えっと、」
 父からキスをされた嬉しさから、俺がいるから帰ろうと言い出せないでいるラルク。これではいつまで経っても帰れそうにない。
 父が目を瞑り、ラルクが父の肩を掴んだ時、申し訳ないと思いつつ扉を開けた。
「……あの、父さん?」
「ッ!!!」
 父はバッと顔を上げ、俺の姿を確認すると目をこれでもかと見開いた。
「えっと、続きは家でしてもらえる?」
「セラ????!!!!」
 父は真っ赤な顔でラルクを突き飛ばし、彼はカウンターに勢いよくぶつかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい

白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。 村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。 攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。

神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。

篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。 

【完結済】聖女として異世界に召喚されてセックスしろとのことなので前の世界でフラれた男と激似の男を指名しました

箱根ハコ
BL
三崎省吾は高校の卒業式の当日に幼馴染の蓮に告白しフラれた。死にたい、と思っていたら白い光に包まれ異世界に召喚されていた。 「これからこの国のために適当に誰か選んでセックスをしてほしいんだ」と、省吾を呼び出した召喚士は言う。誰でもいい、という言葉に省吾はその場にいた騎士の一人で蓮にとても似ている男、ミロを指名した。 最初は蓮に似ている男と一晩を過ごせればいいという程度の気持ちだった。けれど、ミロと過ごすうちに彼のことを好きになってしまい……。 異世界✕召喚✕すれちがいラブなハッピーエンドです。 受け、攻めともに他の人とする描写があります。

冤罪で投獄された異世界で、脱獄からスローライフを手に入れろ!

風早 るう
BL
ある日突然異世界へ転移した25歳の青年学人(マナト)は、無実の罪で投獄されてしまう。 物騒な囚人達に囲まれた監獄生活は、平和な日本でサラリーマンをしていたマナトにとって当然過酷だった。 異世界転移したとはいえ、何の魔力もなく、標準的な日本人男性の体格しかないマナトは、囚人達から揶揄われ、性的な嫌がらせまで受ける始末。 失意のどん底に落ちた時、新しい囚人がやって来る。 その飛び抜けて綺麗な顔をした青年、グレイを見た他の囚人達は色めき立ち、彼をモノにしようとちょっかいをかけにいくが、彼はとんでもなく強かった。 とある罪で投獄されたが、仲間思いで弱い者を守ろうとするグレイに助けられ、マナトは急速に彼に惹かれていく。 しかし監獄の外では魔王が復活してしまい、マナトに隠された神秘の力が必要に…。 脱獄から魔王討伐し、異世界でスローライフを目指すお話です。 *異世界もの初挑戦で、かなりのご都合展開です。 *性描写はライトです。

甥っ子と異世界に召喚された俺、元の世界へ戻るために奮闘してたら何故か王子に捕らわれました?

秋野 なずな
BL
ある日突然、甥っ子の蒼葉と異世界に召喚されてしまった冬斗。 蒼葉は精霊の愛し子であり、精霊を回復できる力があると告げられその力でこの国を助けて欲しいと頼まれる。しかし同時に役目を終えても元の世界には帰すことが出来ないと言われてしまう。 絶対に帰れる方法はあるはずだと協力を断り、せめて蒼葉だけでも元の世界に帰すための方法を探して孤軍奮闘するも、誰が敵で誰が味方かも分からない見知らぬ地で、1人の限界を感じていたときその手は差し出された 「僕と手を組まない?」 その手をとったことがすべての始まり。 気づいた頃にはもう、その手を離すことが出来なくなっていた。 王子×大学生 ――――――――― ※男性も妊娠できる世界となっています

無能の騎士~退職させられたいので典型的な無能で最低最悪な騎士を演じます~

紫鶴
BL
早く退職させられたい!! 俺は労働が嫌いだ。玉の輿で稼ぎの良い婚約者をゲットできたのに、家族に俺には勿体なさ過ぎる!というので騎士団に入団させられて働いている。くそう、ヴィがいるから楽できると思ったのになんでだよ!!でも家族の圧力が怖いから自主退職できない! はっ!そうだ!退職させた方が良いと思わせればいいんだ!! なので俺は無能で最悪最低な悪徳貴族(騎士)を演じることにした。 「ベルちゃん、大好き」 「まっ!準備してないから!!ちょっとヴィ!服脱がせないでよ!!」 でろでろに主人公を溺愛している婚約者と早く退職させられたい主人公のらぶあまな話。 ーーー ムーンライトノベルズでも連載中。

処理中です...