鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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受話器の向こうから

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(よし、これでいいかな……。)
 出来上がった報告書に目を通す。記入漏れや誤字脱字を確認した後、横に座るアックスを見るとまた眠っているようだった。昨日と同じく腕を枕にして目を瞑っている。
 騎士達は訓練や見回りといった体力勝負な仕事が多い。目の前で眠るアックスもきっと日々の業務で疲れているのだろう。
 自分のような身体では、訓練所で見た運動はとてもできそうにない。今は枕となっているアックスの太い腕と自分の細いそれを見比べると、少し悲しくなってきた。
(あ、起こさないと!)
 鍛えられた堅い腕を揺らすと、アックスがんん……、と声を出して顔を上げた。
「ん、また寝てしまったのか。……報告書はできたか?」
「ふふっ……はい。アックスはどこでも寝れるんですね。」
 あくまで寝るつもりはなかったと暗に伝えてくるアックスがおかしく、俺はクスッと笑ってしまった。
「いや、セラの前だと安心して眠くなるだけで……普段の寝つきは、あまり良くない。」
「本当ですか?嘘つかなくていいですよ。」
 続いた言葉にまた笑うと、アックスが俺の顔をじっと見た。
「じゃあ、今度確認してくれ。」
「確認……?」
「家に泊まりに来ないか……と、誘ってるんだが。」
 急なお誘いに、俺は頭をフル回転させる。
 あと2か月と少しすれば、俺はアックスと恋人同士になるだろう。
 イベント④は失敗に終わったため、どうなることかと心配していたが、特に生活に変化はなかった。そしてアックスも変わらず俺に優しく接してくれる。
 あちらでプレイしたゲーム『Love or Dead』では、一度攻略キャラのルートに入ってしまえば、ハッピーエンドかバッドエンドの2択しかない仕様だ。
(となると、友情エンド……は、絶対ありえない。)
 これから起こる小さなイベントに関しても、会話選択を間違えさえしなければ、最後の告白イベントに辿り着くだろう。
 本音を言えば、アックスとは友達としてずっと仲良くしていきたい。しかし俺がこの世界で平和に生きていくためには、恋人になるしか道はないのだ。
(ていうか、アックスって本当に俺の事好きなのかな?そうは見えないんだけど。)
 イベントはゲームの通りに進んでおり、告白までに必要な大型イベントは全て完了している。このことから、彼が自分の事を友達以上に思いつつあるのだと分かる……のだが、乙女ゲームと違って俺は男であり、一緒にいる時の彼はまるで兄であるかのように自分に接してくる。
(いや、待て待て。ゲーム内でも、アックスは主人公に対してハグと手を繋ぐくらいしかしなかったし、付き合うまでは何もしない主義なのかな?)
 とにかく……彼の部屋に行くのは良くない気がする。俺が指針としているゲームの主人公も、アックスの部屋を訪れたことはない。
(ゲームに無いイレギュラーなことにもだいぶ慣れてきたけど、お泊まりは……まだ駄目だろうなぁ。)
 じっと黙る俺を見て、アックスは「セラ?」と控えめに名前を呼ぶ。
「あのッ、父が『成人まではお泊り禁止』って……。だから、まだ無理そうです。」
「ああ、そうだったのか。シシル殿なら、言いそうだな。」
 苦笑するアックスにコクコクと頷く。
(う、嘘ついちゃった……。)
 上司であるシバの部屋には何度も泊まっているのに、未来の恋人となるアックスに嘘をつくのは気が引けたが、気が付いたら口から言葉が出ていた。
「そういえば、セラの誕生日はいつなんだ?」 
 急についた嘘だったが、父が過保護であることは既にバレているため変に思われなかったようだ。アックスは何の疑問も持たずに質問してきた。
「4月20日です。」
「あと2か月少しか……。じゃあ、誕生祝いも兼ねて俺と過ごさないか?」
「えっと、父が良いと言えば。」
「はは、そうだな。家族を優先してくれ。俺は別の日でもいい。」
(また、はぐらかしちゃった。)
 俺は心でアックスに謝りながら、曖昧に笑った。

 あれから報告書をオリアに渡し、約束通りに父のいる武器管理課に寄った。ガンダスは約束通りにお茶と菓子を用意してくれており、そこで仕事終わりの管理課の人達と話をして帰った。

 今は家のリビングでラルクと父とまったり過ごしている。
「えっ!セラさん、オリアと仲良くなったんですか?」
「はい。同い年だし、良い友達になれそうです。」
「へぇ~。あいつ、いつも書類の山に囲まれてて顔も見えないんですよ。でも、セラさんと気が合ったなら良かったです。」
 ラルクはそう言って、俺の頭をわしわしと撫でてくる。父も俺の新たな交友関係が嬉しいようで、いつもよりお酒が進んでいた。

 その時、突然電話の音が鳴った。
 俺は手に持っていたグラスをダンッと置いて立ち上がる。その音にラルクは目を見開いていたが、それに構わず急いで壁に掛けてある電話に走る。
(シバだ!!今日も掛けてくれた!)
 心は祭のように騒がしいが、ふぅ~っ……と一旦息を吐いてから受話器を取った。
「はい、セラ・マニエラです。」
「む、今日は落ち着いてるな。」
 ひと呼吸置いたのが良かったのか、焦って電話を取ったのはバレていないようだ。シバは少し残念そうな声を出している。
 父とラルクの方に視線をちらっと向け様子を見ると、2人は既に酒とグラスを持っており、そそくさと父の部屋へ入っていった。
「セラ、今日はどうだった?」
 視線を2人の背中に向けていたが、低い声が耳に響き、意識を電話に向ける。
「今日も仕事ってよりは見学で……あ、事務室にいるオリアって事務員と友達になったんです。知ってますか?」
「ああ。彼は仕事がとても早い。」
「オリアが今日、友達になろうって言ってくれたんです。」
「彼が……?そうか。」
 シバは意外だったのか、なぜそういう流れになったのか聞いてきた。
 それからは話がどんどん逸れていき、質問したりし返したりが続く。
 時間を忘れて会話を楽しんでいたが、俺がふと時計を見ると、そろそろ寝なければいけない時間だ。
「あ、もうこんな時間なんですね。休まれますか?」
「そうだな。」
 そう返事をしたきりシバが黙る。
(あ、待ってたら何か言うな、これは。)
 経験上、こうやってシバが黙った後はたいてい俺に伝えたい何かがある。俺は静かにそれを待っていた。
(「会いたい」とかだったら、どうしよう。)
 俺は心臓の準備を……と胸元を押さえた。しかしシバの言葉は俺の想像を軽く超えてきた。

「セラ、君とキスがしたい。」
「……へ?」
 俺は間抜けな声が出た。
「シ、シバ?酔ってます?」
「いや、なんでそう思うんだ。」
「え、だ、だって、そんなこと急に言うので……。」
「私はいつもしたいと思っている。今日はそれを口に出して伝えただけだ。」
「あ……。」
 心臓がドクドクとうるさい。お見舞いに来てくれていた期間は毎日キスをしたが、それ以降は全くしてこなかった。
 なので、てっきりシバはキスに飽きたのか、会得したから練習をやめたものだと思っていた。それが今、電話口からは『キスをしたい』とはっきり聞こえてきた。
「あの、無理ですよ。こんなに遠いのに。」
「互いにしたらいい。ここで。」 
「え?ここって、あの……。」
「私はセラを想ってするから、返してくれたらいい。」
(え?ど、どういうこと?!)
 言われた意味を理解できず、ただ顔を熱くして慌てていると、耳元で、ちゅっと音が鳴った。
(え、あ、キスってそういう……ええええ!?)
 それはシバが受話器の向こうで鳴らしたリップ音であり、彼が遠い国から俺にそれを送ってきているのだと思うと、胸が脈打った。
「セラは、返してくれないのか?」
「は、はい……。あの、」
 正直、それを返すのは恥ずかしい。しかし、遠い場所で一人頑張っているシバが、してくれと頼んでいるのだ。ドキドキする胸を抑えつつ、やってあげたい気持ちの方が勝った俺は、おずおずと口を受話器に近づける。
ちゅっ……
 自分の口から聞こえる少し濡れた小さな音に、首まで熱くなってくる。
「しました…。」
 聞こえるか分からないほどに小さい声で呟く。
「セラ、可愛いな。」
「え……か、可愛くないです。」
(これ以上はやめてくれ!心臓がもたない!)
「これからは毎日しよう。よく眠れそうだ。」
(逆に眠れなくなるって!)
 ドキドキして慌てる俺とは反対に、シバは落ち着いた声で少し笑った。
「セラ、おやすみ。また明日。」
「シバ……おやすみなさい。」
 最後に、ちゅっと聞き覚えのある音が聞こえ、それに驚いた俺が「え?!」と声を発したところで、電話が切られる。

「シ、シバ……。」
 俺はしばらくボーッと受話器を見つめる。話し声がしなくなったからとリビングに帰ってきた2人は、俺の元へ駆け寄ってきた。
「セラどうしたの?!」
「セラさん、何かあったんですか?」
「な、……なんでも、ない。」
 フラフラと風呂場に向かう俺を、父もラルクも心配そうに見ていた。
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