鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

文字の大きさ
上 下
67 / 115

受話器の向こうから

しおりを挟む
(よし、これでいいかな……。)
 出来上がった報告書に目を通す。記入漏れや誤字脱字を確認した後、横に座るアックスを見るとまた眠っているようだった。昨日と同じく腕を枕にして目を瞑っている。
 騎士達は訓練や見回りといった体力勝負な仕事が多い。目の前で眠るアックスもきっと日々の業務で疲れているのだろう。
 自分のような身体では、訓練所で見た運動はとてもできそうにない。今は枕となっているアックスの太い腕と自分の細いそれを見比べると、少し悲しくなってきた。
(あ、起こさないと!)
 鍛えられた堅い腕を揺らすと、アックスがんん……、と声を出して顔を上げた。
「ん、また寝てしまったのか。……報告書はできたか?」
「ふふっ……はい。アックスはどこでも寝れるんですね。」
 あくまで寝るつもりはなかったと暗に伝えてくるアックスがおかしく、俺はクスッと笑ってしまった。
「いや、セラの前だと安心して眠くなるだけで……普段の寝つきは、あまり良くない。」
「本当ですか?嘘つかなくていいですよ。」
 続いた言葉にまた笑うと、アックスが俺の顔をじっと見た。
「じゃあ、今度確認してくれ。」
「確認……?」
「家に泊まりに来ないか……と、誘ってるんだが。」
 急なお誘いに、俺は頭をフル回転させる。
 あと2か月と少しすれば、俺はアックスと恋人同士になるだろう。
 イベント④は失敗に終わったため、どうなることかと心配していたが、特に生活に変化はなかった。そしてアックスも変わらず俺に優しく接してくれる。
 あちらでプレイしたゲーム『Love or Dead』では、一度攻略キャラのルートに入ってしまえば、ハッピーエンドかバッドエンドの2択しかない仕様だ。
(となると、友情エンド……は、絶対ありえない。)
 これから起こる小さなイベントに関しても、会話選択を間違えさえしなければ、最後の告白イベントに辿り着くだろう。
 本音を言えば、アックスとは友達としてずっと仲良くしていきたい。しかし俺がこの世界で平和に生きていくためには、恋人になるしか道はないのだ。
(ていうか、アックスって本当に俺の事好きなのかな?そうは見えないんだけど。)
 イベントはゲームの通りに進んでおり、告白までに必要な大型イベントは全て完了している。このことから、彼が自分の事を友達以上に思いつつあるのだと分かる……のだが、乙女ゲームと違って俺は男であり、一緒にいる時の彼はまるで兄であるかのように自分に接してくる。
(いや、待て待て。ゲーム内でも、アックスは主人公に対してハグと手を繋ぐくらいしかしなかったし、付き合うまでは何もしない主義なのかな?)
 とにかく……彼の部屋に行くのは良くない気がする。俺が指針としているゲームの主人公も、アックスの部屋を訪れたことはない。
(ゲームに無いイレギュラーなことにもだいぶ慣れてきたけど、お泊まりは……まだ駄目だろうなぁ。)
 じっと黙る俺を見て、アックスは「セラ?」と控えめに名前を呼ぶ。
「あのッ、父が『成人まではお泊り禁止』って……。だから、まだ無理そうです。」
「ああ、そうだったのか。シシル殿なら、言いそうだな。」
 苦笑するアックスにコクコクと頷く。
(う、嘘ついちゃった……。)
 上司であるシバの部屋には何度も泊まっているのに、未来の恋人となるアックスに嘘をつくのは気が引けたが、気が付いたら口から言葉が出ていた。
「そういえば、セラの誕生日はいつなんだ?」 
 急についた嘘だったが、父が過保護であることは既にバレているため変に思われなかったようだ。アックスは何の疑問も持たずに質問してきた。
「4月20日です。」
「あと2か月少しか……。じゃあ、誕生祝いも兼ねて俺と過ごさないか?」
「えっと、父が良いと言えば。」
「はは、そうだな。家族を優先してくれ。俺は別の日でもいい。」
(また、はぐらかしちゃった。)
 俺は心でアックスに謝りながら、曖昧に笑った。

 あれから報告書をオリアに渡し、約束通りに父のいる武器管理課に寄った。ガンダスは約束通りにお茶と菓子を用意してくれており、そこで仕事終わりの管理課の人達と話をして帰った。

 今は家のリビングでラルクと父とまったり過ごしている。
「えっ!セラさん、オリアと仲良くなったんですか?」
「はい。同い年だし、良い友達になれそうです。」
「へぇ~。あいつ、いつも書類の山に囲まれてて顔も見えないんですよ。でも、セラさんと気が合ったなら良かったです。」
 ラルクはそう言って、俺の頭をわしわしと撫でてくる。父も俺の新たな交友関係が嬉しいようで、いつもよりお酒が進んでいた。

 その時、突然電話の音が鳴った。
 俺は手に持っていたグラスをダンッと置いて立ち上がる。その音にラルクは目を見開いていたが、それに構わず急いで壁に掛けてある電話に走る。
(シバだ!!今日も掛けてくれた!)
 心は祭のように騒がしいが、ふぅ~っ……と一旦息を吐いてから受話器を取った。
「はい、セラ・マニエラです。」
「む、今日は落ち着いてるな。」
 ひと呼吸置いたのが良かったのか、焦って電話を取ったのはバレていないようだ。シバは少し残念そうな声を出している。
 父とラルクの方に視線をちらっと向け様子を見ると、2人は既に酒とグラスを持っており、そそくさと父の部屋へ入っていった。
「セラ、今日はどうだった?」
 視線を2人の背中に向けていたが、低い声が耳に響き、意識を電話に向ける。
「今日も仕事ってよりは見学で……あ、事務室にいるオリアって事務員と友達になったんです。知ってますか?」
「ああ。彼は仕事がとても早い。」
「オリアが今日、友達になろうって言ってくれたんです。」
「彼が……?そうか。」
 シバは意外だったのか、なぜそういう流れになったのか聞いてきた。
 それからは話がどんどん逸れていき、質問したりし返したりが続く。
 時間を忘れて会話を楽しんでいたが、俺がふと時計を見ると、そろそろ寝なければいけない時間だ。
「あ、もうこんな時間なんですね。休まれますか?」
「そうだな。」
 そう返事をしたきりシバが黙る。
(あ、待ってたら何か言うな、これは。)
 経験上、こうやってシバが黙った後はたいてい俺に伝えたい何かがある。俺は静かにそれを待っていた。
(「会いたい」とかだったら、どうしよう。)
 俺は心臓の準備を……と胸元を押さえた。しかしシバの言葉は俺の想像を軽く超えてきた。

「セラ、君とキスがしたい。」
「……へ?」
 俺は間抜けな声が出た。
「シ、シバ?酔ってます?」
「いや、なんでそう思うんだ。」
「え、だ、だって、そんなこと急に言うので……。」
「私はいつもしたいと思っている。今日はそれを口に出して伝えただけだ。」
「あ……。」
 心臓がドクドクとうるさい。お見舞いに来てくれていた期間は毎日キスをしたが、それ以降は全くしてこなかった。
 なので、てっきりシバはキスに飽きたのか、会得したから練習をやめたものだと思っていた。それが今、電話口からは『キスをしたい』とはっきり聞こえてきた。
「あの、無理ですよ。こんなに遠いのに。」
「互いにしたらいい。ここで。」 
「え?ここって、あの……。」
「私はセラを想ってするから、返してくれたらいい。」
(え?ど、どういうこと?!)
 言われた意味を理解できず、ただ顔を熱くして慌てていると、耳元で、ちゅっと音が鳴った。
(え、あ、キスってそういう……ええええ!?)
 それはシバが受話器の向こうで鳴らしたリップ音であり、彼が遠い国から俺にそれを送ってきているのだと思うと、胸が脈打った。
「セラは、返してくれないのか?」
「は、はい……。あの、」
 正直、それを返すのは恥ずかしい。しかし、遠い場所で一人頑張っているシバが、してくれと頼んでいるのだ。ドキドキする胸を抑えつつ、やってあげたい気持ちの方が勝った俺は、おずおずと口を受話器に近づける。
ちゅっ……
 自分の口から聞こえる少し濡れた小さな音に、首まで熱くなってくる。
「しました…。」
 聞こえるか分からないほどに小さい声で呟く。
「セラ、可愛いな。」
「え……か、可愛くないです。」
(これ以上はやめてくれ!心臓がもたない!)
「これからは毎日しよう。よく眠れそうだ。」
(逆に眠れなくなるって!)
 ドキドキして慌てる俺とは反対に、シバは落ち着いた声で少し笑った。
「セラ、おやすみ。また明日。」
「シバ……おやすみなさい。」
 最後に、ちゅっと聞き覚えのある音が聞こえ、それに驚いた俺が「え?!」と声を発したところで、電話が切られる。

「シ、シバ……。」
 俺はしばらくボーッと受話器を見つめる。話し声がしなくなったからとリビングに帰ってきた2人は、俺の元へ駆け寄ってきた。
「セラどうしたの?!」
「セラさん、何かあったんですか?」
「な、……なんでも、ない。」
 フラフラと風呂場に向かう俺を、父もラルクも心配そうに見ていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

今世はメシウマ召喚獣

片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~

兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。 そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。 そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。 あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。 自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。 エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。 お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!? 無自覚両片思いのほっこりBL。 前半~当て馬女の出現 後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話 予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。 サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。 アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。 完結保証! このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。 ※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

処理中です...