鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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初日は終了

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 訓練場から戻った俺は、あれから事務作業を手伝い、昼を知らせる鐘を合図に食堂へ向かうことにした。
 広い食堂はお昼時であるためか賑わっており、席がほとんど埋まっている。
「うーん、今日はやけに多いなぁ。もしかしたら、最初の方は相席になるかもしれないけど、いい?」
「うん。食べれたらどこでも。」
 父はキョロキョロと辺りを見回す。
 空いている席を探し歩いていると、「セラ!」と自分の名前を呼ぶ声がした。その声に振り向くと、アックスが手を上げている。
「アックス!お疲れ様です。」
「セラもな。管理課はどうだ?」
「勉強になります。皆さんも親切で優しい人ばかりです。」
「そうか。今、昼を誘いに管理課に行ったんだが、食堂だと聞いてな。追いかけたんだ。」
(アックス、俺を迎えに来てくれたんだ。)
「わざわざすみません。でも席が無いみたいで……3人席は難しいかもしれないです。」
「いや、大丈夫だろう。今は多くても、すぐに食べてどこかへ行くはずだ。」
 アックスは心配したそぶりもなく、先に食事を取りに行こう、と言った。

 料理を注文してあっという間にそれを受け取る。立ったまま待つことになるだろうと思いつつ振り向くと、すでに席がぽつぽつと空いていた。
「……本当に、食べるの早いんだね。」
「私も最初はびっくりしたよ。」
 父は驚いて目を開く俺を見て、ふふっと笑った。

「じゃあ、4時に迎えに来るから、一緒に事務室に寄ろう。」
「アックス、ありがとうございます。」
「また後でな。」
 昼休憩終了の鐘が鳴り、アックスは俺の頭にポンと手を置くと、仕事があるとのことで武器管理課の扉を閉めて出て行った。
 騎士棟での仕事は文官棟同様夕方5時で終わる。しかし職場体験期間中は、毎日報告書を書かなければならないとのことで、アックスが1時間早い夕方4時に俺を迎えに来ることになった。

「ーー明日のこの時間は皆が出払っているから、急ぎ必要なら、管理課まで取りに来るよう伝えてくれ。」
「はい、急ぎの貸出を希望される方にはそう伝えます。」
 今、父とガンダス課長は明日の貸出名簿を見ながら予定を立てている。
 他の人達も休憩から戻ってきて、書類作業や武器の手入れなど、早速各自の振り分けに従って作業を始めた。
 父達の話は終わったのか、書類をトントンとまとめながら俺に声を掛けた。
「セラ、午後からは予約の確認をしに棟を歩いて回るから、一緒に付いて来て。」
 父が言うには、何か月か前から武器貸出の予約をしている騎士には、貸出日近くに変更がないか等を確認する必要があるらしい。
 普段ならば電話で済ますということだが、俺が研修として来ているため、いろんな施設を紹介しつつ予約した者に直接確認に行くというのだ。
「セラ、この地図持って。では、ガンダス課長、行ってきます。」
「ああ。この時間はそこまで忙しくないし、ゆっくり見てこい。」
「ありがとうございます。」
 父と俺は、いってらっしゃいと手を挙げるガンダスに見送られ、部屋を後にした。

 並んで廊下を歩いていると、父は大まかな部署が書かれた地図を指差しながら説明をしてくれる。
「まずはここに入ろうか。」
 父の声に立ち止まると、そこは前回俺がアックスの同僚と話した場所だった。
(あの騎士達もいるかな?)
 アックス以外の顔見知りに会えるかもしれないとあって期待する。
「失礼しまーす。」
「し、失礼します。」
 父に続いて中へ入ると、「はーい。」と少し遠くから声がした。
「あ、マニエラさん……と、セラ!」
「お疲れ様です!」
 俺の名前を呼びながら近寄ってきたのは、アックスの同僚であり、俺が影絵祭に行く前に城で会った騎士だった。興味津々に俺と父を見て、納得した風に頷く。
「どうしたんですか?」
「いや、アックスが朝からそわそわしてたから、何かあるのかと思っていたが……セラが来るからか。」
 にやっとした顔で腕を組む騎士から、アックスがこの職場体験を楽しみにしていたことを聞き、嬉しく思った。
(好感度はばっちりみたい。この調子でいけば2か月後の告白イベントは大丈夫そう。)
「そういえば、セラはなんでここにいるんだ?文官棟の遣いか?」
「いえ。5日間、騎士棟で職場体験なんです。今日は武器管理課ですが、明日からいろんな部署を回る…と思います。」
「へぇ。今日は、ってことは、いろんな部署を回るんだな。」
「おそらく。」
 予定を何も聞かされていないため、明日からはどこで働くのか分からない。俺は曖昧ながらもそう答えた。
「そういうことだったのか。あ、すみませんマニエラさん……すっかり話し込んじゃって。」
「いえいえ。では、先に予約の件について話しても? 」
「その件ですが、変更が少しあるので、訂正をお願いしようと思っていたところでした。」

 アックスの同僚の騎士は、変更した箇所を伝え、父は名簿に内容を記していく。
「では、また何かあればお電話下さい。」
「分かりました。セラ、またな。」
 同僚の騎士は手を振りながら、俺を扉の前まで送った。
「じゃあ、次はこっちだよ。」
 明るい父の声に続いて、俺は長い廊下を歩いた。

「お疲れさん。」
 全てを回り終え、管理課へと帰ってきた俺は、武器庫の中を案内されたり、実際に武器に触ってみたりと興味深い時間を過ごした。ガンダスはじめ他の人達も気さくで優しい人ばかり。貸出の際はラーメン屋さながらの雰囲気になるものの、基本的にはゆったりとしているこの課の雰囲気は心地よく、父にも合っていると感じる。
(父さんも楽しそうだし、良い職場で良かった。)
 ゆるゆるふわふわとした父が毎日どう過ごしているのか気になっていた俺は、今日ここへ体験に来ることができて良かったと思った。

 夕方4時。約束の時間ぴったりにアックスが俺を迎えに来た。
「ガンダス課長。彼には事務室で報告書を書かせ、そのまま帰宅させます。」
「分かった。セラ、今日はありがとな!また気軽に来るといい。」
 アックスと話していたガンダスが、俺に笑顔を向ける。
「ご指導ありがとうございました。明日も騎士棟にいるので、ぜひこちらに寄らせて下さい。」
「茶と菓子を用意しておこう。」
「ありがとうございます。」
 規格外に大きくて強面なガンダスだが、おおらかで包み込むような父性を感じる。
(親戚のおじさんとかがいたら、こんな感じなのかな。)
 あちらの世界では、母がおかしかったこともあり、親戚付き合いどころか他人との付き合いはできていなかった。こうやって「また来い。」と言ってくれる優しいガンダスに、俺はすっかり心を溶かしていた。
「では、行こうか。」
「はい。」
 父のにっこりとした笑顔に送られ、俺とアックスは部屋を出て事務室へと向かった。

「この時間は人が少ないんだ。奥の部屋を使おうか。」
「はい。」
 アックスは事務室に並ぶ机の1つから紙を何枚か取ると、それらを持って奥の部屋へと進んだ。
 部屋には大きな机とそれを囲むように椅子が何個かあり、それ以外は何もない。
「会議室だ。予約してあるから誰も来ない。報告書の欄に記入して、俺がチェックしたら帰って大丈夫だ。」
「すぐ書きますね。」
「はは、ゆっくりでいいよ。」
 アックスは笑いながら紙とペンを机に置き、俺の席を引いて座るよう促した。
 席に座ってさっそく紙を見ると、予め項目が何個かあり、それに答えれば良いだけになっている。俺はペンを走らせるが、横に座ったアックスがじっと紙を見ているのが気になって声を掛けた。
「あの、書き終わったら呼びましょうか?」
「あ、すまない。字が綺麗だったからつい見てしまった。俺のことは気にしないでくれ。セラの報告書を確認するまでが俺の仕事だから。」
 アックスは、にこっと笑って頬に手をついた。
「ついでに休めるから、ラッキーなんだ。」
「はは、じゃあ寝ててもいいですよ。終わったら起こします。」
「……眠たくはないが、そうだな。少し目を瞑ろうかな。書き終わった時に寝ていたら、起こしてくれ。」
アックスはそう言って、腕を組むと目を静かに瞑った。

 かりかりかり……
 ペン先が紙を走る音だけが響く。
(これで最後か。)
 俺は最後の項目を記入し、自分のサインをしてペンを報告書の隣に置いた。
 目の前ではアックスが自分の腕を重ね枕にした状態で目を瞑っている。チラッとと視線を向けるが、眠ってしまったのかただ目を瞑っているのか分からない。
(口が薄く開いてる。)
 書き物をしながらでは気付かなかったが、どうやら眠っているようだ。唇の間に間隔があり、そこから時々息が漏れている。
 起こせといわれたが……どうするべきかと時計を見ると、まだ退勤の時間まで20分はある。
(疲れてるのかな?寝かせてあげたいけど、チェックもしないといけないって言ってたし。)
「あ……アックス?」
 控えめに名前を呼んでみるが返事がない。そこで手を伸ばして肩の辺りを軽く触る。
「あの、終わりました。」
 少し声を大きくしてみたが、眠りはかなり深いようだ。俺は肩に置いた手を腕の方へ伸ばしてみる。顔も近く、もしかしたら気配で起きるかもしれない。
「アックス。起きれますか?」
 大きな身体を動かして揺すっていると、机に置かれていたアックスの手が俺の手をふんわりと掴んだ。
「あ、あの……?」
「セラ。」
 アックスは本当に寝ていたようで、ゆっくりと身体を起こした。そして俺の手首を掴んだ手はそのままに目線を合わせる。表情は少し気だるげで、いつもの明るい彼とは違ってどこか大人の色気があってーー
(なんか朝起きた時のシバみたいな……。)
「終わったか?」
「はい!」
「はは。どうしたんだ?」
 アックスは俺の大きな声に笑うと、手首を掴んでいた手を外して起き上がった。
「急に手を掴むから、びっくりしちゃって……。えっと、確認してもらえますか?」
「ああ、もらおうか。寝るつもりはなかったんだがな。」
 手元の紙を手渡すと、アックスは受け取って目を通しだした。

(ああ~、俺はまたシバの事を……。アックスに集中しないといけないのに。)
 結ばれることのないシバの事ばかり考えてしまう自分が嫌になってくる。そんな俺の横から、よし!と声がした。
「充分すぎるくらい書けてるな。これを出したら帰ろうか。」
「はい。」
 やっと1日目が終わる。俺はホッとした気分で、アックスと共に会議室を後にした。
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