上 下
62 / 115

父と働く1日目

しおりを挟む
 週明け最初の出勤日、俺はダライン様に言われて騎士棟の門へ向かっていた。近くまで歩いていくと、門の前に見慣れた黒い髪が見える。
「セラ、おはよう。」
「アックスおはようございます。お待たせしましたか?」
 迎えに来るとは聞いていたが、わざわざ門で待っていたとは思わず申し訳なくなってくる。
「いや、ちょうど見回りが終わったばかりだ。団長は急用で外出されたから、俺が案内するよ。」
「アックスも忙しいんじゃ……、」
「今日の俺の仕事は、セラを案内することだ。」
「えっと、じゃあお願いします。」
 アックスが楽しそうに笑うので、さっきまでの申し訳ない気持ちが少し薄れてくる。
 騎士棟をすいすいと進み、俺は武器管理課と書かれた場所に案内された。
「あれ、ここって父の職場じゃ……、」
「今日はここで研修をしてもらう。」
「そうなんですね!父が喜びそうです。」
「今朝、セラの話は聞いているはずだから、今頃、扉の前で息子を待ってるんじゃないか?」
「……私もそう思います。」
 アックスが扉を開けると、予想していた通り父が笑顔で待っていた。シシルはアックスに挨拶をすると俺の手を引いて中へ招いた。
 引っ張られるままに部屋に入ると、すぐにカウンターがあり、その上には図書館のように『貸出』『返却』と書かれた板が置いてある。
「また後で様子を見に来る。仕事内容はシシル殿に聞いてくれ。」
「ありがとうございます。」
 俺が頭を下げると、アックスは「またな。」と言って去っていった。

「本日こちらでお世話になります、文官の手伝いをしているセラ・マニエラです。」
「おお~、本当にシシルにそっくりだな。俺はガンダスだ。よろしくな。」
 俺はとんでもなくでかい男、ガンダスと握手をする。彼は俺より30センチは高いと思われる。彼を見上げると、顔に影が落ちた。
(シバもアックスも大きいけど、こんな存在感ある人、見たことない。)
「ガンダス課長のおかげで、武器の返却率は100%なんだ!」
 なぜか父が誇らしげに伝える。
(こんなに迫力のある課長なら、俺もすぐに返却するよ。)
 他にも、ここにいる人達は皆ガタイが良く、父がまるで子どものように見えた。

「セラ、ここに座って。」
 他の人達の前でも一通り挨拶をし、俺は父とカウンターに座ることになった。
「セラ、もし騎士の方達が来たら、笑顔で挨拶するんだよ。どの武器を借りるか聞いて、あとは笑顔でお見送り。」
「分かった。」
(とりあえずは父の働きっぷりを見てみよう。)
 父が他にも注意事項を説明していると、扉がガラッと開き、若い騎士達が数名入ってきた。
「あ、来たよ。背筋伸ばして。」
「うん。」
 騎士達は父を見て笑顔で手を挙げるが、横に座っている俺を見て目を丸くした。
「え、弟さんですか?」
「いやいや、この子は私の息子です。」
「え……?!こんなに大きいお子さんがいたんですか?」
(この反応、何回目だろ……。)
 このやりとりは今までに何度も経験している。
「はじめまして。セラと言います。父がいつもお世話になってます。」
「可愛いな~。セラ君って言うんだ。これからここで働くの?」
「いえ、普段は文官のお手伝いをしていて、今日は職場体験でここにいるんです。」
「そうなんだ。ずっといたらいいのに。」
 そう言うと、「なぁ?」と横の男に同意を求める。

「ふふ、どの武器がご入用ですか?」
 父が微笑みながら尋ねると、剣を150弓を100と、とんでもない数を言われた。
「はい。では名前と所属と貸し出し希望時間をお願いします。」
 父の言う通りに男がさらさら名簿に必要事項を書いていく。
「じゃあ、よろしくお願いします。」
騎士の1人が名簿を手渡しそれを確認すると、父が顔を上げてにこりと笑う。
「はい。では、時間にお持ちします。今日もお仕事頑張って下さいね。」
「今日は寒いので、無理をなさらないように。」
 父の言葉に続けて、俺も騎士を労ってみる。男達は、「ぐ……っ」と呻いたかと思うと、心臓を押さえて部屋から出て行った。
「セラ、いい感じだね。あとは武器の手配をお願いして、時間にお届けに行くんだよ。」
 父はさっそく、裏にいる管理課の人達に向けて大きな声を出した。
「長剣白150!弓大100!11時!」
「「あいよ!!」」
(……なんだこれ。)
 父の突然の大声に驚く。まるでラーメン屋の店員のようなやりとりはいつものことなのだろう、誰も気に留めていない。
(さすが騎士棟……。)
 文官棟との違いを早速目の当たりにし、俺は謎に感心した。

「ガンダス課長自ら運んでいただくことになるなんて。」
「いや、最近やけに演習が多いからな。気にするな。」
 ガンダスは笑ってそう言うと、剣をどっさり乗せている車を引いた。
 このところ春の繁忙期に向けて演習が増えているようで、管理課の全員が武器の貸出と回収で出払っていた。

「ここです。」
 父は名簿を見ながら立ち止まる。
「ここって訓練所?」
「うん、そうだよ。今からだと……ラルクさん所属の団が演習だから、いるんじゃないかな。」
 既に何人かの騎士がウォーミングアップをしている。目を凝らして探してみるが、その中に赤い髪の人物は見当たらない。
「ラルクさんいないね。」
「まだ時間じゃないから来てないのかな。あ、先に騎士の方達に武器を取りに来てもらうから、ちょっと待っててね。」
 父は俺とガンダスを置いて、訓練所の真ん中へ走っていく。そして数名の騎士を連れて戻ってきた。

「ありがとうございます。夕方に必ず返却しますので。」
「はい。では後ほど。」
 騎士達は手際よく武器を担ぐと戻って行った。しかし1人の騎士は名簿にサインをしながらシシルに声を掛ける。
「シシルさん、もうすぐラルクが来ますよ。顔を見せたら喜ぶんじゃないですか?」
「え……でも、仕事中ですし。」
 父はチラッとガンダスを見る。
「はは、少し見学していけばいい。今日はセラもいるし、訓練の様子も勉強になるだろう。」
 ガンダスはそう言うと、父と俺の頭にポンッと手を置いた。
「ありがとうございます。」
「ああ、俺は先に戻るから、ゆっくり見てから戻るといい。」
 そう言って戻っていくガンダスに、親子揃ってぺこりと頭を下げた。

「良かったら近くの席で見てってください。」
「すみません。」
 ガンダスと父の会話を聞いていた騎士が、見学の為に席を用意してくれる。俺と父は屋根の付いたベンチに座り、ラルクを待つことにした。
 騎士達が興味津々に俺達親子を見ている中、ラルクと思わしき赤い髪が入口から入って来るのが見えた。
「おーいラルク!嫁さんと息子が会いに来てるぞ!」
 俺達に席を用意してくれた騎士が、よく通る声で冗談っぽくラルクを呼んだ。
 ラルクは「えッ!?」と大きな声を出してこちらに走ってくる。
(わぁ~、やっぱり犬みたいだ。)
「シシルさん、セラさん!」
 ワンコ系といってもやはり立派な騎士であるラルクは、走ってきたにも関わらず全く息を切らしていない。
 さすがだと感心していると、ラルクが驚いた顔で尋ねてきた。
「2人揃って、どうしたんですか?」
「今日はセラが管理課で職場体験だから、武器の貸出ついでに訓練所も見学することになったんです。」
「ああ、初日はシシルさんの部署だったんですね。」
「そうなんですよ。だから朝から楽しくって。」
「いや~、ここへ来たら2人がいるから、びっくりしましたよ。……今日は絶対、皆にからかわれます。」
 ラルクは少し恥ずかしそうに言いながらも、その顔は嬉しそうだ。皆、父とラルクが付き合いだしたことを知っているのか、にやにやとしながらこちらを見ていた。

 俺達はベンチに並んで、実技演習で騎士達の一騎討ちを見学する。ラルクは自分よりも大きい騎士を相手にしており、少しハラハラとしたが、見事な技で相手の剣を叩き落とした。
「わ、父さん見た?!ラルクさんって凄いんだね!」
「うん。」
身内の勝利に思わず興奮する俺を見て、父は嬉しそうに笑う。そして視線に気づいたラルクがこちらに手を振り、俺達親子も手を振りかえした。

「そろそろ戻ろうか。」
「うん。」
 父にそう言われ、邪魔にならないようにそっと訓練所を出る。
 管理課に戻る道すがら、俺達は数名の騎士に話しかけられ、その度に親子であることに驚かれる。これで確信したが、やはり父さんの見た目はかなり若いらしい。
(もしかしたら、俺も将来こうなるんじゃ……。)
 俺の将来の目標は、ダンディーで大人な男になることだった。今はまだ無理だが、いずれ歳を重ねていけば……と期待していたのだが、父の姿を見るに難しそうだ。
「俺の理想の髭……。」
「ん、ひげ?」
 父のつるつるした顎を見ながら俺が溜息をつく。
 父は、突然の謎発言に、どういう意味かと首を傾げていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

【完結】前世は魔王の妻でしたが転生したら人間の王子になったので元旦那と戦います

ほしふり
BL
ーーーーー魔王の妻、常闇の魔女リアーネは死んだ。 それから五百年の時を経てリアーネの魂は転生したものの、生まれた場所は人間の王国であり、第三王子リグレットは忌み子として恐れられていた。 王族とは思えない隠遁生活を送る中、前世の夫である魔王ベルグラに関して不穏な噂を耳にする。 いったいこの五百年の間、元夫に何があったのだろうか…?

ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~

てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」 仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。 フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。 銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。 愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。 それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。 オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。 イラスト:imooo様 【二日に一回0時更新】 手元のデータは完結済みです。 ・・・・・・・・・・・・・・ ※以下、各CPのネタバレあらすじです ①竜人✕社畜   異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――? ②魔人✕学生   日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!? ③王子・魔王✕平凡学生  召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。 ④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――? ⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。

【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい

白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。 村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。 攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

異世界に転移したショタは森でスローライフ中

ミクリ21
BL
異世界に転移した小学生のヤマト。 ヤマトに一目惚れした森の主のハーメルンは、ヤマトを溺愛して求愛しての毎日です。 仲良しの二人のほのぼのストーリーです。

処理中です...