鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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職場体験

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「聞いた?アインラス様、あと2か月帰って来ないんだって。」
(聞いたよ……。衝撃で受話器落としちゃったし。)
 シュリは大ニュースとばかりに駆け寄り、俺は沈んだ声で「うん。」と返事をした。
 昨晩、俺は電話でシバのみ滞在が延長されることを知った。
 2週間というのは他の文官のみで、出張先であるその国はシバの滞在を2か月にするよう申し入れをしていたらしい。しかし、文官長であるダラインがそれを拒否したことで、ここ最近ずいぶん揉めたらしい。
(最近ダライン様が文官棟にいなかったのは、そういうことか。)
 結局、こちらに都合の良い条件も出たようで、シバのみ2か月の滞在が決定した。

『え…そんな。』
『ダライン様が受け入れてしまったので、仕方ない。』
『お疲れじゃないですか?先輩達からも連絡が一切無くて、皆心配してました。』
『……正直、昨日まではセラに電話もできず腹ただしかったが、今日からは時間が取れる。』
 それから、少しお互いの近況を話して電話を切った。

(これからは電話できるって言ってたけど、2週間全くできなかったってことだよね?そんなに忙しかったのかな。)
 シバの体調が心配になってくる。声色はいつもと変わらなかったが、やはり顔を見るまでは様子が分からない。
(あー、なんでこの世界にはビデオ通話が無いんだ!)
 理不尽な怒りがフツフツと沸き、俺は帰ってきたシバを少しでも楽にしてあげたいと、その怒りを仕事にぶつけることにした。

 怒りが原動力となったのか、仕事のスキルが上がったのか、今日はずいぶんと作業が進んだ。
 帰りにシバの執務室にと歩いている自分に、また寂しさを感じつつ、向きを変えて文官棟を出る。そしてそのまま馬小屋へ向かった。

「急に2か月も延長か……。アインラス殿が気の毒だな。」
「はい。事前に申し入れは断られていたにも関わらず、ですよ!」
 アックスは俺の話を聞きながら、エマの手入れをしていた。
 俺の怒りはとっくに収まってはいるが、話しているとまた熱くなってしまったようだ。落ち着けといった風にエマが俺の顔に擦り寄る。
「文官棟全体としては今は繁忙期ではないし、決定権はダライン様にあるからな。仕方ないだろう。」
「ですね……。」
 俺は溜息をつきながら返事をする。
「こんな大変な時に言うのも気が引けるが……実は話があるんだ。」
「どうしたんですか?」
「前にセラが言ってただろう。騎士棟で仕事を体験するってやつ。」
「ああ!そんな話もしましたね。」
(職場体験みたいで楽しそう!って思ったんだった。)
「団長に何気なく話したら、決定になったんだ。」
「……いつですか?」
「来週からだ。」
 俺は「え!?」と声を出し、近くにいたエマを驚かせてしまった。

 アックスによると、文官は騎士の、騎士は文官の仕事内容を知るのは良いことだと、さっそく試験的にやってみることになったらしい。
(今はお互いの棟も忙しくない時期だし、やるなら今なんだろうけど……。)
 これは俺の何気ない一言から生まれたものであり、ゲームにない展開だ。
 アックスの話によると、期間は1週間らしく、これが今後にどう影響するのか分からない。
(でも、馬小屋以外でアックスと会う機会も増えるし、好感度は絶対上がるよね。)
「明日、ダライン様から連絡があるだろう。」
「はい。」
「勝手に話して悪かったな。雑談のつもりだったが、まさか快諾されるとは思わなかったんだ。」
「いえ!騎士棟で働く体験なんて、今後無いだろうし楽しみにしてます。」
「そう言ってくれてありがとう。来週からセラがいると思うと、俺も楽しみだ。」
 アックスは笑って俺の頭を撫でた。

 その夜、帰ってきた父にアックスが言っていた職場体験の話をしたところ、予想以上に喜んだ。
「え!!セラが1週間騎士棟に……って、一緒に働けるの?!」
「あのさ、父さんのところに配属かどうかはまだ分からないんだよ。あと、遊びじゃないんだから。」
「でも、休憩はあるでしょ?騎士棟の食堂、皆食べるの早くて面白いんだよ!他にもーー」
 父は俺に見せたい場所が沢山あるようで、わくわくしていた。
(だから、遊びに行くんじゃないから!)
 はしゃぐ父を見ながら、俺は夕食の準備を始めた。

 風呂から上がり、父とリビングでまったりしていると電話が鳴った。俺はバッと立ち上がり、走って電話を取る。
「はいっ!マニエラですッ!」
「……はは、電話だといつも元気だな。」
(シバだ~~~。)
「うるさかったですか?」
「いや、面白かった。」
「お仕事お疲れ様でした。」
「セラもな。」
 それからシバにどんな事をしたのか、どんな物を食べているのか質問責めにした俺は、彼が隣国でどう過ごしているのかやっと知ることができた。
(シバ、先生みたいなことしてるんだ。)
 他国の文官の教育を任されたというシバは、毎日文官達に仕事のノウハウを教えているらしい。
「話すのは得意ではないから、少し気が滅入る。」
「アインラス様……。」
「セラ、名前で呼ぶ約束だろう。」
「あ、仕事のお話だったので、つい。」
 俺がわたわたしていると、シバの笑い声がした。
「くく…っ、どんな顔をしているか見たいが、帰ってからにしよう。」
「はい、お待ちしてます。」
「明日も仕事だろう。おやすみ、セラ。」
「シバもおやすみなさい。ゆっくり休んでくださいね。」
 挨拶をして電話を切る。
 そういえばずいぶんと長く話してしまった。俺は父を振り返る。
「ごめんね、長いこと話しちゃっ、……何その顔。」
「別に~。」
 父は腕を枕に伏せ、にやにやした目をこちらに向けている。
「また変な事考えてるでしょ。違うからね、シバは友達!」
「名前で呼ぶようになったんだね。」
「ちが……っ、これは!」
「はいはい、分かってますよ。」
「全然分かってない!」
 俺は父の肩を掴み、一瞬取っ組み合いのようになる。しかし長年大工仕事をしていた父に力で叶うはずもなく、腕を取られ、ぎゅーっと腕ごと抱きしめられてしまった。
「父さん、苦しい~!」
「はは、セラは可愛いね~。」
 父は俺がギブアップするまで、ずっと俺を抱きしめていた。
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