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女子と男子とカラフルケーキ

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 シバが出張へ行って2週間が経った。電話をすると言っていたにも関わらず、彼からは何の音沙汰も無い。
(電話するって約束したのに……。)
「きっと、すごく忙しいんだよね。」
 俺は歩きながら呟く。しかし、電話がなかったことなど今はどうでも良い。シバは明日、城へ帰ってくるのだ。その事実に、スキップでもしそうな足取りで街への道を歩いた。
 シバの出張先は、同盟を結んでいる国の1つーーあのアラブ王子ゼルのいる国であり、それを知ってからは、何日か不安な夜を過ごした。それは、文官棟で出張先の国について調べた際、『性に奔放な国柄である』と記してあったからだ。
 ゼルにはすでに13人も妻がおり、一夫多妻が許されている環境だ。そんな中で、シバが変に影響を受けないかと……恋人でもないのに、勝手に心配してしまっていた。

(シュリ、もう待ってるかな。)
 今日は休日であり、シュリに誘われて買い物に行くことになっている。というのも、シバと眼鏡先輩、そしてもう1人の先輩を労おうと、財政班からプレゼントを渡すことになっているからだ。
 眼鏡先輩達にとっては初めての国を越えての出張であり、シュリが、お疲れ様の気持ちを込めて何か贈ろうと言い出したのだ。
(『好きな人に何か贈ろう』だっけ?)
 俺は、今は読むのをストップしている恋愛教本の内容を思い出した。シバと読んでいたあの本は、今も彼の部屋にあり、『アプローチ編』から進んでいない。それにも関わらず、シバはずいぶん成長したと思う。
 最初は、スキンシップとはどうやってやるんだと手を触れるとこから始まったが、今では見違える程だ。
 出張前に執務室で話をした時の事を思い返す。拗ねたシバに膝の上に乗せられ、ぎゅっと抱きしめられてーーその時の事を考えると顔が熱くなる。
(正直、シバに初心者用の本はもう必要ないよね。)
「俺も本読まないとなぁ~。」
 シバが帰ってきたら本を預かろうと決め、俺は待ち合わせ場所へ急いだ。

「シュリ!おまたせ。」
「セラ!」
 今来たところだと言うシュリは、もう回る店を決めているようで、今日の俺は付いて歩くだけの荷物持ちだ。
「アインラス様には茶葉を買って、先輩達にはお菓子にしよう!美味しいとこ見つけたんだ。」
「いいね。」
 俺達は、自分達が気になった物も眺めながら目的の店に向かった。彼女は街の店にずいぶん詳しく、父やシバ、アックスと訪れた時には知らなかった通りや店を教えてくれた。

「セラ、ここだよ!新しいお店で、中にカフェもあるって素敵なの!」
「じゃあ、ちょっと休憩する?」
「うん!」
 落ち着いた黄色の壁が目を引く建物を指差すシュリ。彼女はカフェ利用は初めてのようで、ワクワクとしながら店へ入っていった。

「見て~!可愛い~!」
「本当だね。この濃い紫色、どうやって色を付けてるんだろ。」
「そういうことは考えないの!」
 カラフルなケーキを見て、俺はすぐに原料を考えてしまう。シュリは、可愛くて美味しかったら何でもいいのだと主張した。
「セラ、先輩から連絡あった?」
「全然ないよ。」
(先輩どころか、電話するって約束したシバからも無いし……。)
「他の人達も連絡つかないみたい。ダライン様はずっと外出されてるし、明日ちゃんと帰ってくるよね……?」
「だと思うけど。」
 シュリと俺は少し不安に思いながら、はぁ……と同時にため息をついた。

「ここ、本当に美味しいね。」
 店で食べたケーキは、見た目だけでなく味にもこだわりを感じた。
(でも、シバは好きじゃないかも。)
 可愛らしい雰囲気にカラフルなお菓子。客のほとんどが女性であり、若い俺でさえ少し浮いている。
 そしてシバがここに座っている姿を思うと、フフッと笑いが零れた。
 帰りに併設してある売店でお菓子とお茶を購入する。お茶に関しては俺の方がシバの好みを把握しているため、うまくアドバイスすることができた。

「よーし、これで完璧!あとは私達の買い物しよ!セラはどこか見たい所ある?」
「俺は特に……。シュリがよく行くお店を教えてよ。」
「うん!もし寄りたい所があったら遠慮なく言ってね。」
 シュリはそう言うと、俺が歩いたことのない通りを指差した。

 シュリがやってきたのはこじんまりとした雑貨屋だった。何を入れるんだという小さいケースや敷物の意味を成すのか疑問なレース達は俺にとって新鮮で、じっくりと見てしまう。
 その中で、大きいキャンドルが目に入る。色が沢山あって、それぞれ効果が違うようだ。
「香りも全部違うんだよ。」
「あ、そうなんだ。」
「私も使ってるけど、気分が落ち着くよ。」
 後ろからシュリが話しかけてきた。あちらの世界では、女優さんが寝る前につけているイメージで、大学生の俺にはハードルが高かった。
(シバ疲れてるだろうし、ちょっとでも癒せたら……。)
「これにしようかな。」
「いいね。落ち着いた香りでよく眠れそう。」
 俺はオレンジのキャンドルを手に取ると、レジへ向かった。

 それからシュリと夕食を食べて部屋に帰ってきた俺は、ソファにポスンと寝転がる。
(女の子と2人で買い物なんて初めてだったけど、楽しかった。)
 シュリは父達が知らないような場所を教えてくれ、驚くことばかりだった。そして、日頃お世話になっているシバにプレゼントも買えた。
(喜んでくれるかな……。)
 机に置いてある紙袋をじっと見る。店員に「プレゼントですか?」と聞かれ、頷くとリボンを掛けてくれた。青いリボンはシバの耳に付いているピアスを意識したようで少し恥ずかしい。
「あ~……早く会いたい。」
 口に出すと恥ずかしくなり、俺は顔を両手で覆った。

 俺がソファの上でジタバタしていると、電話が鳴った。
(あ、今父さんいないんだ!俺が出なきゃ。)
 俺は慌ててそれを取りに行く。
「はいっ!マニエラですッ!」
「……セラか?」
 急いで受話器を取ったため、声に勢いがある。相手はラルクと決めつけていたが、声は低く、それが自分が待ち焦がれていた相手のものだと気づいた。
 久しぶりのシバの低い声に、ぶわっと鳥肌が立った。
「はい!セラです!」
「フッ……元気そうで良かった。」
(シバが笑ってる!)
 今日は沢山歩いて疲れているはずなのに、俺は背筋をピンと伸ばして大きな声で返事をしてしまった。
「連絡できなくてすまなかった。……寂しくなかったか?」
「……あの、寂しかったです。」
 自分の心を素直に伝える。
 俺がシバを好きだと認識してから、こんなに長く離れたことは無かった。文官棟全体が忙しかった頃も、同じ棟にいてたまに顔は合わせていた。
「早くシバに会いたいです。」
「セラ……。私もセラの顔が見たい。」
「……ッ!」
(勘違いするな!シバは友人として会いたいって思ってるだけなんだから!)
 俺は自分の腕をギュッとつねりながら、シバに明日はいつ帰るのか尋ねる。
「明日は何時頃、城に着きそうですか?」
「それなんだが……私はまだ帰れそうにない。」
「え……?」
 一日荷物持ちをして疲れていたのか、俺は手に力が入らず、受話器が手からずり落ちた。
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