鬼畜過ぎる乙女ゲームの世界に転生した俺は完璧なハッピーエンドを切望する

かてきん

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皆で城へ

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「ずいぶん時間が掛かったな。」
「……雪が積もってきたので、走らず戻った。」
 安全の為だと告げるシバに、アックスが溜息をついて怪訝な表情を見せる。しかし、シバの身体で半分隠れている俺を見ると、すぐにホッとした顔へと変わった。
「セラ。急ぎで悪いが、明日の朝にはここを出発して城へ帰ることになった。」
「はい。」
 ここは国が管轄する宿らしく、今夜は俺とシバとアックス、そして数名の騎士達以外客はいない。アックスは身体が冷えているだろうと心配し、共同スペースの暖房の前に俺を案内した。
「寒かっただろう。」
「少しだけ。」
「こんなに冷えて……」
 アックスが俺の頬を指の甲で擦る。温かい指にされるがままになっていると、シバがアックスの手を払いのけた。
「先に風呂に入らせた方がいい。服が雪で濡れている。」
「今、準備しているところだ。」
 シバは、アックスから俺を引き離すと低い声でそう言った。冷たい空気が流れ、俺はおろおろと2人を交互に見る。
(なんでこの2人は会ったらいつも揉めるんだ。)
 どうしたら良いのか分からないでいると、騎士の一人が風呂が沸いたと伝えに来た。俺は立ち上がると、「行ってきます。」と言い、そそくさとその場を離れた。

「はぁ…。」
 ゆっくりと風呂に浸かると、さっきまで冷たかった指先に血が通いじんとした。全身が湯に包まれ、ぽかぽかと温まってくる。
(シバも今、お風呂入ってるかな。)
 シバはずっと足に俺を乗せていた。泣きじゃくる俺を抱いて、自分は雪の積もる地面に膝をついて、さぞかし冷たかっただろう。そう思うと申し訳なくなってくる。
 膝を抱えて湯に浸かっていると、先程までは何ともなかった足が、今さら痛み出す。エルに言われるままに、全力で何分も走り続けたのだ。明日ちゃんと歩けるのかも分からない。
(はぁ、大変な2日間だった。)
 いろんなことが立て続けに起こり、さっきまでは頭がぐちゃぐちゃだった。しかし、今は心が落ち着いているため、今回のイベントを振り返ってみる。
(ゲームと違うことばっかり。)
 最初の誘拐シーンも、助けが来る時間も、助けに来てくれた人物も……。アックスが黒馬で登場する場所では、白馬に乗ったシバが現れた。

 そして、シバとキスをした。
 あの時の感触が蘇り、俺は雑念を取り払おうと顔にバシャッと湯をかける。
 ゲームのシナリオでは、主人公は助けに来たアックスと、早々に宿まで帰るのだ。しかし俺の場合は、助けに来た上司のシバの前で大泣きした挙句、なだめるようにキスをされた。
(本当なら、イベント④は失敗だったって反省しなきゃいけないんだけど……)
 大事なイベントが失敗したことは悲しい。しかし、想いを寄せるシバの腕のぬくもりに包まれて、初めてのキスをして……今は全てどうでもよいと思える。
 肩まで湯に浸かる。ぼんやりと目を瞑ると、思った以上に長湯をしてしまった。

「セラ、なかなか出てこないから心配したぞ。」
「のぼせたらどうするんだ。」
 俺が火照った顔で風呂から出てきたのを、アックスとシバが囲んで叱る。
「すみません。」
 俺がしゅんとなっていると、他の騎士達が「何怖がらせてるんですか。」と俺を庇う。そのまま共同スペースの席に座ると、アックスが曇った表情で俺に問いかけてきた。
「セラ、落ち着いたらでいいから、今回の事件の詳細を教えてくれるか?」
「はい。」
「嫌なら強要はしない。こちらでも動機は把握している。」
「平気です。今からでも構いません。」
 アックスはすまなそうにしていたが、これは仕事であり、俺はそれに答える義務がある。そして、俺の言葉が証拠となり、エルの正しい処分が決まるのだ。
 俺は自分が攫われたところから、何が起こったか細かく教えた。

「セラ、よく無事でいてくれた。」
 全ての話を終えると、アックスとシバはエルに対して怒りを露わにしていた。アックスは、これらをまとめて報告するため、今から他の騎士達と話し合いをするらしい。
 俺とシバは部屋に戻って先に休むよう言われ、それに従った。

 シバが俺を部屋へと案内する。
 小さい部屋の割にベッドは大きく、この宿が城の関係者用のものだったことを思いだす。
(騎士は大きい人が多いし、これくらいでないと狭いのかな。)
 シバは部屋の明かりを消し、俺をベッドに寝かせると、ふんわりと布団を掛けベッドに腰掛ける。
今はベッドの横にあるぼんやりとした光のみで、お互いの表情は近づかなければ見ることができない。
「明日も馬で移動する。早めに休むんだぞ。」
「はい。」
 そう言って俺のおでこを撫でる大きな手。スッと手が離され、急に不安な気持ちになってきた。
 去ろうと立ち上がる服の裾を思わず掴むと、シバが俺の方を向いた。
「どうした?」
「あの……、」
 俺は視線を下に向け、正直な気持ちを伝える。
「アインラス様と寝たいです。……駄目ですか?」
「……一人だと怖いか?」
 シバの言葉に少し考え、コクリと頷く。
 本当は怖くなどない。ただ、今夜はシバの温もりに触れていたかった。
 そんな俺に、シバは黙って俺の布団に入ってきた。風呂に入ったのだろう。全身が温かく、触れると心地良い。
「疲れているのに、すみません。」
「謝らなくていい。」
「でも、狭くなっちゃうので、」
「くっついて寝よう。その方が温かい。」
 シバはこちらにぐいっと近寄ると、俺の身体を抱き寄せた。顔は息がかかるほど近くにある。
暗闇の中にあるシバの青がかった黒い瞳に、心臓がドクドクと鳴った。
「セラ……。」
(あ、また名前を、)
 俺がじっとその瞳を見つめていると、シバの顔が近づいてきた。
 そして、そうすることが当たり前のように、俺は目を閉じて唇を受け入れた。

ちゅ…ちゅ、
 もう何度目だろう。くっついては離れ、またくっつく唇からは、はぁ……と息が漏れる。お互いに止めることができずに、目を開けて、ゆっくり閉じて、ずっとキスをした。
「アインラス様、」
「……シバだ。」
(シバ……?そう呼んでいいの?)
 俺はシバの目の下を親指でなぞる。この男の名前をずっと呼んでみたかった。
「シバ。」
「セラ……」
 俺達は、何度も何度も、お互いを確かめるように唇を合わせた。

「ん、ぅ……、」
「起きたか?」
 その言葉に、俺は目を覚ます。急にバチッと目を開いた俺に、シバは「驚かせたか?」と遠慮がちに聞いた。
「今、何時ですか?」
「まだ朝の6時だ。出発は8時だから、まだ寝てていいぞ。」
 その言葉にホッとする。ゲームのイベントとはいえ、俺のせいで英雄騎士と文官長の次に偉い人物、そして6名の騎士達がここへ泊まっている。城に早く帰らなければならないのに、俺が寝坊したとあっては申し訳ない。
 俺は安心から、ふぅ……と息をついて、布団にもぞもぞと首まで入った。
「私がまた寝そうになったら、起こしてくれませんか?」
「分かった。」
 そう言って、俺の胸辺りをリズム良くトントンとしてくる。
(……寝かせる気だな。)
「あの……私は赤ん坊じゃないので、そんなことされても寝ませんよ。」
「どうかな。」
 俺が、じとーっと横目で見ると、シバが楽しそうに口角を上げた。その意地悪な顔に少しドキッとしてしまった俺は、「寝ません!」と宣言して目を瞑った。

「よく眠っていたな。」
「起こして下さいとお願いしたじゃないですか。」
 シバは俺の後ろから、からかうように声を掛けてきたため、強めに文句を言う。目の前では白馬のピント立った耳が、ふるっと少し揺れた。
 馬を怯えさせたかとその背を少し撫でると、何事もなかったかもようにそのまま歩き続けた。
 あの後、目を瞑っていた俺はいつの間にかシバに眠らされており、出発時間のギリギリに目を覚ました。その横でシバは既に着替えを済ませて荷物をまとめ終わっており、どうやら寝ている俺を見ていたようだった。
(まぁ、たしかに俺は荷物もないし、起きて出ればいいんだけど……寝ぐせくらい直したかった。)
 今は皆で城を目指しているのだが、いかにも寝起きといった自分と違い全員がしっかりと身支度を整えており、少し顔が熱くなった。
「久しぶりに誰かに怒られた。」
「それは、アインラス様が約束を破ったからです。」
 俺は、上司に対して少し失礼だと分かりながらも、約束を違えたシバに対して怒る権利はあると思う。
 寝ぐせがついている頭を自分で撫でつけていると、アックスがシバの馬の横へやってきた。
「次の町で少し休もう。」
「はい。」
 俺が返事をすると、アックスがさらに近寄ってきた。
「セラ、次はこっちに乗ってくれ。」
「はい。」「駄目だ。」
 アックスの言葉に、俺とシバが同時に答える。シバの声は無視され、俺に向けて話が続く。
「エマが寂しがっている。」
「そうなんですか?ははっ、俺もエマに乗りたいです。」
「よし、じゃあ次の町で交代だ。馬が留めれる場所を見てこよう。」
 アックスは笑顔で返事をし、俺達を追い抜いて先に町へ走った。
「私と一緒では嫌なのか。」
「アックスの馬が寂しがっているとおっしゃっていたじゃないですか。」
「それはトロント殿が考えた口実だ。」
「……。」
(なんで拗ねてるんだ。)
 シバは、「次の次の町でまた交代する。」と言い、俺の腰に片腕を回してギュッと引き寄せた。

 約束通り、立ち寄った町で白馬から黒馬に乗り換えると、すぐ後ろから嬉しそうな声でアックスが話しかけてきた。
「セラを乗せるのは久々だな。」
「そうですね。……エマ、寂しかったの?」
 身を少し屈めて尋ねるように話し掛ける。手で首の辺りを撫でると、エマは控えめにブルル……と鳴いた。
「可愛いですね。」
「ああ、可愛いな。」
 アックスは優しい声でそう言いながら、俺の頭を撫でてきた。
「あの……、」
「俺は今エマに届かないからな。代わりにセラを撫でることにしよう。」
 なぜそうなる……と思いつつ前を向く。エマは俺に撫でられたことで、またご機嫌になって歩き出した。
(早くまたブラッシングしてあげよう。)
 可愛い反応を示すエマに、俺の頬が自然と緩んだ。
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