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ネックレスの意味はご存じですか
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「セラ、今日はそのままこっちに手伝いに来て。」
「了解。」
朝、足取り重くシバの執務室に向かっていると、シュリが話しかけてきた。
今日シバは朝から外出らしく、そのままシュリのいる財政班で仕事をすることになった。今日は1日帰って来ないらしく、俺は「そっか……。」と言いながら、内心ホッとした。
(どんな顔して会っていいか分かんなかったから、助かった。)
俺は軽い足取りでシュリの後に付いて行った。
「なぁ、今日飲みにいかないか?あ、セラはもちろんジュースだけどな!」
俺の頬をうりうりとつつきながら先輩が提案する。今日は特にイベントの予定も無い。俺はシュリと共に飲み会に参加することにした。
「さーて、飲みに行くぞ~。」
仕事終わりに先輩2人とシュリを含めた4人で廊下を歩いていると、前からシバが歩いてきた。横には眼鏡先輩がいて、俺達が連れ立って歩いているのにピンときたようだ。
「皆で食事か?」
「アインラス様、お仕事終わられたんですか?」
眼鏡先輩が話し掛けてきたのを華麗にスルーした先輩が、シバに尋ねる。
「ああ。」
「今から飲みに行くんですが、いかがですか?」
「すまないが、今から事務作業がある。」
シバの言葉に、先輩達とシュリが肩を落とす。
「行ってこい。」
シバは眼鏡先輩に、先に上がって良いと伝える。それに嬉しそうな顔で「はい!」と返事をした眼鏡先輩は、そのまま俺達側へ混ざった。
「マニエラは未成年だ。飲ませるな。」
シバは先輩達に念を押すように告げると、自分の執務室の方へ歩いて行った。
(ふぅ~、良かった。今日は2人きりにならなくて済んだ。)
俺は「どこ行く?」と話し合っている先輩達に付いて文官棟を後にした。
「アインラス様って、恋人いらっしゃるのかなぁ?」
「どうなんだろうな。」
飲み始めて1時間。お酒に強い彼らが酔っぱらうことはないが、気分良さそうに口数が増えている。
そしてシュリは先月誕生日を迎え20歳になったため、今夜初めてのお酒に挑戦している。心なしか顔が少し赤い。
「ねぇ、セラは知らないの?ほぼ毎日顔を合わせてるでしょ。」
「し、知らない!」
(本当は知ってるけど、レベッカさんとのことは秘密なのかもしれないし。)
シバと女性が並んでいる姿が頭をよぎる。すると、また意味が分からず胸が痛くなった。
(これについてはあんまり考えたくない。)
俺はこれ以上シバの恋愛について話題を膨らませたくはないが、皆は興味があるようで口々に自分の妄想を話している。
「もし恋人がいるとしたら、すっげー美人だろうなぁ。」
「多分一般人じゃないだろ。どっかのお嬢様で、おしとやかなんだけど、夜は凄、」
「おいッ!」
下世話なことを言おうとした先輩が、眼鏡先輩にバシンと頭を叩かれた。
「そういう話はお前らだけの時にしろ。」
「そうですよ。女の子がいるのに。」
俺は眼鏡先輩の発言に賛成した。
次の日の朝、俺はどんよりとした気持ちで執務室の扉を叩いた。
「マニエラ。」
扉を開け、俺が「おはようございます。」と挨拶をすると、シバがこちらを向いて名前を呼んだ。
(昨日、またシバの事ばかり考えていた。)
ベッドの上、飲み会で話題となったシバの恋人について考えた。
名前はレベッカ・ハウウィン。商家のお嬢様らしく、シバが彼女について説明をしなかったところを見ると、有名人なのだろう。
(そして、シバに告白した人……。)
2人がいつ出会ったのかは知らないが、シバの態度から、彼らの関係はそこまで発展していない。手を繋ぐところから一緒に学んだのだーー間違いないだろう。
そして、シバが彼女の事を好きかどうかはまだ分からない。ネックレスを受け取ったということで、あっちは告白を受けてもらったと思っているだろう。しかし、シバのあの様子から、その意味すら分かっていないようだ。
(だけど、恋愛の練習してるってことは、多少は気があるんだろうなぁ。)
俺は、このまま行けば2人にすれ違いが起き、取り返しのつかないことになるのでは……と不安に思った。
今はアックスの攻略に集中しなければならないが、あの日から、シバのことばかり考えてしまい攻略に身が入らない。このままでは俺の為にも良くないと判断し、俺はシバにネックレスの意味を伝えようと決めた。
(そう決めた……んだけど、言いたくない気持ちもあるし、……どうしたらいいんだ。)
姿も知らないレベッカに仲良しのシバが取られることを不安に思ってるのだろうか。できればシバが彼女と何もなければいいと願ってしまう。
「昨晩は、飲んでいないだろうな。」
「はい。」
「なら良かった。」
シバはそう言って立ち上がる。俺のいるポットの近くまで来ると、「君が飲んでいたらと思って、」と言って茶葉を手に取る。
「念のため酔い覚ましの茶を持ってきていた。」
「あ、ありがとうございます。」
シバは安心した顔をすると、俺の頬を指の甲で撫でた。自然なその動きにドキッとしながらも、レベッカのことが気にかかる。
(これもレベッカって人の為に練習してるのかな。)
そう思うと冷静になり、俺は「今日はいつものお茶にしますね。」と言って、フイッとシバに背を向けた。
「マニエラ、どうした?」
いつもはその手に身を任せるか、顔が赤くなってしまうかどちらかな俺が、わざとらしく背を向けたのだ。俺の態度を怪しんだだろう。
俺は努めて冷静な声を出す。
「何もありません。」
「……そうか。」
シバはそう言うと、自分の席に戻っていった。
仕事が終わり外を見ると、すっかり暗くなっていた。
(この間までは、この時間はまだ明るかったのに。)
俺は次のイベントまでもう少しなのだと実感した。
執務室に入ると、シバが俺の名前を呼んできた。会いたかったと表現されているようで、少し気恥ずかしい。
(そんな嬉しそうにしないでよ。)
そして俺は、シバと仲良くなってから、少しずつ彼の表情や声の変化が分かるようになっていた。今の顔と声は、自惚れでなければ『嬉しい』を表している。
俺は緩みそうになる頬を引き締めて、お茶を淹れた。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
お茶を淹れている最中、シバが「一緒にどうだ?」と誘ってきたため、俺は2つ分のカップを大きいテーブルに置く。いつものように机の角を挟み座ると、シバが「何かあったのか?」と聞いてきた。
(よし、さりげなく聞いてみよう。)
今日、仕事をしながら、俺はシバの部屋にあるネックレスについて考えていた。これが告白の意味を持つと言うべきか……それとも気づかないままで処分させるべきか。
(ちょっと両極端だけど、もしネックレスを捨てたってなったら、彼女の気持ちも冷めるかも……。)
俺は、彼らを応援するのではなく、破局させようとしている自分の過激な思考に驚くが、もしシバに気持ちが無いのであれば、変に期待させるのも良くない。
(今から質問してみて、もしシバが彼女のことを好きじゃないと判断したら、ネックレスを捨てるよう進言してみよう。)
俺は、「あの……」とシバに声を掛けた。
「アインラス様。お部屋にあったハウウィン様のネックレスはどうされたんですか?」
「ネックレス……。ああ、あのまま置いてある。」
シバはその存在を忘れていたようで、それがどうかしたのか?といった表情だ。
「あのネックレスに興味がないんですか?」
「興味……?全く無いな。」
シバの言葉に、俺は自分でも分かる程に顔がパァァアと明るくなる。急に目が輝いた俺を不思議に思っているのか、シバは「それがどうしたんだ?」と聞いてきた。
「では、ハウウィン様のためにも、あれは捨てられた方がいいと思います。」
「捨てる……?」
「はい。」
俺の言葉に、シバはきょとんとしている。カップを手に持ったまま、固まる姿は珍しく、スマホがあれば動画を撮りたいくらいだ。
俺がご機嫌にフフッと笑っていると、シバが口を開いた。
「あれを捨てるわけにはいかない。……大事なものだ。」
俺は頭を鈍器で殴られたように、ガーンと衝撃を受けた。
シバはあのネックレスに興味が無いと言った。あれは、『ネックレスなどという装飾品には興味がない』という意味だったのだろう。しかし、ネックレス自体は大事ーーそれはつまり、彼はネックレスの意味を知っていて、彼女からの贈り物を大切に思っているということだ。
「……そうですか。」
俺はズーンとした気持ちで、小さい声を出す。
今さっきまで笑っていた俺が、今は明らかに落ち込んでいるのを見て、シバはどうしていいか分からないようだ。
久々にシーンとした空気が流れ、俺はお茶を一気に飲み干すと自分の茶器を片付け、「失礼します。」と言って執務室を出た。
「父さん!ラルクさん!俺、頑張るよ!」
俺は自室から飛び出すと、リビングでくつろぐ父とラルクに宣言する。2人とも俺の声の大きさに驚き、え?と顔を見合わせている。
俺はそれだけ告げると、自室の扉をバタンと閉めた。
あの後、文官棟から出た俺はそのまま馬小屋を目指した。さっきのシバの言葉を忘れたくて、ズキズキと肺が痛くなるのも気せず全力で走った。
「セラ?どうしたんだ?!」
馬小屋に汗だくで現れた俺に、アックスはびっくりしていたが、俺が「何でもないです。」と言うと、何も聞かずにいてくれた。
そしてエマを触って癒された俺は、明日またここに来るとアックスに伝え、手を振って別れた。
部屋に帰った俺は、すぐにお風呂に入り部屋に籠った。父とラルクはそんな俺を心配しているようだったが、特に話し掛けることもなく、1人にさせてくれた。
荒れていた心がやっと落ち着き、俺はやっと部屋から顔を覗かせ、父とラルクに大声で『頑張る』宣言をしたのだった。
(今日から俺は、本気でアックスを攻略する!)
俺は久々に自室の机に向かうと、攻略ノートを確認した。
残る大きなイベントは④『黒馬の騎士』のみ。そして、それが上手くいけば最後の告白でハッピーエンドだ。
今までいろんな邪魔が入り、うまく最後まで完走できたものはわずか。これで本当に最後の告白イベントまで行けるのか不安だが、今のところ、アックスの俺への好感度は高いようだ。
(ゲームだと、選択肢を間違えた次の日にはバッドエンドだ。)
次のイベントは俺が攫われてしまう。考えるだけでも恐ろしいが、アックスの好感度をさらに上げ、早く助けに来たくなるようにしないと。
(あとは、俺がアックスに恋愛感情を持つように努力する!)
その為に本で勉強を始めたというのに、最近ではシバばかりが活用し、俺は練習台にされている。
(……って駄目だ!シバのことを考えるな!)
俺は、明日からの作戦を考えるべく、攻略ノートに集中した。
「了解。」
朝、足取り重くシバの執務室に向かっていると、シュリが話しかけてきた。
今日シバは朝から外出らしく、そのままシュリのいる財政班で仕事をすることになった。今日は1日帰って来ないらしく、俺は「そっか……。」と言いながら、内心ホッとした。
(どんな顔して会っていいか分かんなかったから、助かった。)
俺は軽い足取りでシュリの後に付いて行った。
「なぁ、今日飲みにいかないか?あ、セラはもちろんジュースだけどな!」
俺の頬をうりうりとつつきながら先輩が提案する。今日は特にイベントの予定も無い。俺はシュリと共に飲み会に参加することにした。
「さーて、飲みに行くぞ~。」
仕事終わりに先輩2人とシュリを含めた4人で廊下を歩いていると、前からシバが歩いてきた。横には眼鏡先輩がいて、俺達が連れ立って歩いているのにピンときたようだ。
「皆で食事か?」
「アインラス様、お仕事終わられたんですか?」
眼鏡先輩が話し掛けてきたのを華麗にスルーした先輩が、シバに尋ねる。
「ああ。」
「今から飲みに行くんですが、いかがですか?」
「すまないが、今から事務作業がある。」
シバの言葉に、先輩達とシュリが肩を落とす。
「行ってこい。」
シバは眼鏡先輩に、先に上がって良いと伝える。それに嬉しそうな顔で「はい!」と返事をした眼鏡先輩は、そのまま俺達側へ混ざった。
「マニエラは未成年だ。飲ませるな。」
シバは先輩達に念を押すように告げると、自分の執務室の方へ歩いて行った。
(ふぅ~、良かった。今日は2人きりにならなくて済んだ。)
俺は「どこ行く?」と話し合っている先輩達に付いて文官棟を後にした。
「アインラス様って、恋人いらっしゃるのかなぁ?」
「どうなんだろうな。」
飲み始めて1時間。お酒に強い彼らが酔っぱらうことはないが、気分良さそうに口数が増えている。
そしてシュリは先月誕生日を迎え20歳になったため、今夜初めてのお酒に挑戦している。心なしか顔が少し赤い。
「ねぇ、セラは知らないの?ほぼ毎日顔を合わせてるでしょ。」
「し、知らない!」
(本当は知ってるけど、レベッカさんとのことは秘密なのかもしれないし。)
シバと女性が並んでいる姿が頭をよぎる。すると、また意味が分からず胸が痛くなった。
(これについてはあんまり考えたくない。)
俺はこれ以上シバの恋愛について話題を膨らませたくはないが、皆は興味があるようで口々に自分の妄想を話している。
「もし恋人がいるとしたら、すっげー美人だろうなぁ。」
「多分一般人じゃないだろ。どっかのお嬢様で、おしとやかなんだけど、夜は凄、」
「おいッ!」
下世話なことを言おうとした先輩が、眼鏡先輩にバシンと頭を叩かれた。
「そういう話はお前らだけの時にしろ。」
「そうですよ。女の子がいるのに。」
俺は眼鏡先輩の発言に賛成した。
次の日の朝、俺はどんよりとした気持ちで執務室の扉を叩いた。
「マニエラ。」
扉を開け、俺が「おはようございます。」と挨拶をすると、シバがこちらを向いて名前を呼んだ。
(昨日、またシバの事ばかり考えていた。)
ベッドの上、飲み会で話題となったシバの恋人について考えた。
名前はレベッカ・ハウウィン。商家のお嬢様らしく、シバが彼女について説明をしなかったところを見ると、有名人なのだろう。
(そして、シバに告白した人……。)
2人がいつ出会ったのかは知らないが、シバの態度から、彼らの関係はそこまで発展していない。手を繋ぐところから一緒に学んだのだーー間違いないだろう。
そして、シバが彼女の事を好きかどうかはまだ分からない。ネックレスを受け取ったということで、あっちは告白を受けてもらったと思っているだろう。しかし、シバのあの様子から、その意味すら分かっていないようだ。
(だけど、恋愛の練習してるってことは、多少は気があるんだろうなぁ。)
俺は、このまま行けば2人にすれ違いが起き、取り返しのつかないことになるのでは……と不安に思った。
今はアックスの攻略に集中しなければならないが、あの日から、シバのことばかり考えてしまい攻略に身が入らない。このままでは俺の為にも良くないと判断し、俺はシバにネックレスの意味を伝えようと決めた。
(そう決めた……んだけど、言いたくない気持ちもあるし、……どうしたらいいんだ。)
姿も知らないレベッカに仲良しのシバが取られることを不安に思ってるのだろうか。できればシバが彼女と何もなければいいと願ってしまう。
「昨晩は、飲んでいないだろうな。」
「はい。」
「なら良かった。」
シバはそう言って立ち上がる。俺のいるポットの近くまで来ると、「君が飲んでいたらと思って、」と言って茶葉を手に取る。
「念のため酔い覚ましの茶を持ってきていた。」
「あ、ありがとうございます。」
シバは安心した顔をすると、俺の頬を指の甲で撫でた。自然なその動きにドキッとしながらも、レベッカのことが気にかかる。
(これもレベッカって人の為に練習してるのかな。)
そう思うと冷静になり、俺は「今日はいつものお茶にしますね。」と言って、フイッとシバに背を向けた。
「マニエラ、どうした?」
いつもはその手に身を任せるか、顔が赤くなってしまうかどちらかな俺が、わざとらしく背を向けたのだ。俺の態度を怪しんだだろう。
俺は努めて冷静な声を出す。
「何もありません。」
「……そうか。」
シバはそう言うと、自分の席に戻っていった。
仕事が終わり外を見ると、すっかり暗くなっていた。
(この間までは、この時間はまだ明るかったのに。)
俺は次のイベントまでもう少しなのだと実感した。
執務室に入ると、シバが俺の名前を呼んできた。会いたかったと表現されているようで、少し気恥ずかしい。
(そんな嬉しそうにしないでよ。)
そして俺は、シバと仲良くなってから、少しずつ彼の表情や声の変化が分かるようになっていた。今の顔と声は、自惚れでなければ『嬉しい』を表している。
俺は緩みそうになる頬を引き締めて、お茶を淹れた。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
お茶を淹れている最中、シバが「一緒にどうだ?」と誘ってきたため、俺は2つ分のカップを大きいテーブルに置く。いつものように机の角を挟み座ると、シバが「何かあったのか?」と聞いてきた。
(よし、さりげなく聞いてみよう。)
今日、仕事をしながら、俺はシバの部屋にあるネックレスについて考えていた。これが告白の意味を持つと言うべきか……それとも気づかないままで処分させるべきか。
(ちょっと両極端だけど、もしネックレスを捨てたってなったら、彼女の気持ちも冷めるかも……。)
俺は、彼らを応援するのではなく、破局させようとしている自分の過激な思考に驚くが、もしシバに気持ちが無いのであれば、変に期待させるのも良くない。
(今から質問してみて、もしシバが彼女のことを好きじゃないと判断したら、ネックレスを捨てるよう進言してみよう。)
俺は、「あの……」とシバに声を掛けた。
「アインラス様。お部屋にあったハウウィン様のネックレスはどうされたんですか?」
「ネックレス……。ああ、あのまま置いてある。」
シバはその存在を忘れていたようで、それがどうかしたのか?といった表情だ。
「あのネックレスに興味がないんですか?」
「興味……?全く無いな。」
シバの言葉に、俺は自分でも分かる程に顔がパァァアと明るくなる。急に目が輝いた俺を不思議に思っているのか、シバは「それがどうしたんだ?」と聞いてきた。
「では、ハウウィン様のためにも、あれは捨てられた方がいいと思います。」
「捨てる……?」
「はい。」
俺の言葉に、シバはきょとんとしている。カップを手に持ったまま、固まる姿は珍しく、スマホがあれば動画を撮りたいくらいだ。
俺がご機嫌にフフッと笑っていると、シバが口を開いた。
「あれを捨てるわけにはいかない。……大事なものだ。」
俺は頭を鈍器で殴られたように、ガーンと衝撃を受けた。
シバはあのネックレスに興味が無いと言った。あれは、『ネックレスなどという装飾品には興味がない』という意味だったのだろう。しかし、ネックレス自体は大事ーーそれはつまり、彼はネックレスの意味を知っていて、彼女からの贈り物を大切に思っているということだ。
「……そうですか。」
俺はズーンとした気持ちで、小さい声を出す。
今さっきまで笑っていた俺が、今は明らかに落ち込んでいるのを見て、シバはどうしていいか分からないようだ。
久々にシーンとした空気が流れ、俺はお茶を一気に飲み干すと自分の茶器を片付け、「失礼します。」と言って執務室を出た。
「父さん!ラルクさん!俺、頑張るよ!」
俺は自室から飛び出すと、リビングでくつろぐ父とラルクに宣言する。2人とも俺の声の大きさに驚き、え?と顔を見合わせている。
俺はそれだけ告げると、自室の扉をバタンと閉めた。
あの後、文官棟から出た俺はそのまま馬小屋を目指した。さっきのシバの言葉を忘れたくて、ズキズキと肺が痛くなるのも気せず全力で走った。
「セラ?どうしたんだ?!」
馬小屋に汗だくで現れた俺に、アックスはびっくりしていたが、俺が「何でもないです。」と言うと、何も聞かずにいてくれた。
そしてエマを触って癒された俺は、明日またここに来るとアックスに伝え、手を振って別れた。
部屋に帰った俺は、すぐにお風呂に入り部屋に籠った。父とラルクはそんな俺を心配しているようだったが、特に話し掛けることもなく、1人にさせてくれた。
荒れていた心がやっと落ち着き、俺はやっと部屋から顔を覗かせ、父とラルクに大声で『頑張る』宣言をしたのだった。
(今日から俺は、本気でアックスを攻略する!)
俺は久々に自室の机に向かうと、攻略ノートを確認した。
残る大きなイベントは④『黒馬の騎士』のみ。そして、それが上手くいけば最後の告白でハッピーエンドだ。
今までいろんな邪魔が入り、うまく最後まで完走できたものはわずか。これで本当に最後の告白イベントまで行けるのか不安だが、今のところ、アックスの俺への好感度は高いようだ。
(ゲームだと、選択肢を間違えた次の日にはバッドエンドだ。)
次のイベントは俺が攫われてしまう。考えるだけでも恐ろしいが、アックスの好感度をさらに上げ、早く助けに来たくなるようにしないと。
(あとは、俺がアックスに恋愛感情を持つように努力する!)
その為に本で勉強を始めたというのに、最近ではシバばかりが活用し、俺は練習台にされている。
(……って駄目だ!シバのことを考えるな!)
俺は、明日からの作戦を考えるべく、攻略ノートに集中した。
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